「思い出のマーニー」がやってくる  

                   ~キャッチコピー「あなたのことが大すき」、

「あの入江で、わたしはあなたを待っている。永久に――。」~

 

 

 

森のストリップ劇場に、映画「思い出のマーニー」の主人公杏奈がやってきました。手にはスケッチブックを持っています。そして友達の彩香も一緒です。

絵の好きなカメさんがうさぎちゃんと一緒に、杏奈たちに声をかけました。杏奈はとても気さくに応じてくれました。スケッチブックも見せてくれ、その中には映画にもあったように「湿っ地(しめっち)屋敷」や「マーニー」の絵がたくさん描かれています。改めて、カメさんは絵に感動しました。映画の中で、杏奈は絵を通して物語を作ります。その物語の主人公がマーニーでした。

 

カメさんは映画「思い出のマーニー」のストーリーを思い出す。・・・

杏奈は、最初、すごく嫌な女の子でした。人と交わるのが嫌いで、親切に声をかけてくれる人に対してまで「おせっかい」と言ったり、友達に「ふとっちょ豚」などという酷い言葉を発したりします。

なぜそんな子になったかというと、ひとつは杏奈には外人の血が混ざっていて瞳が少し青く、それがコンプレックスになっていること。そして一番の原因は、杏奈が貰い子であること。杏奈は幼くして両親を自動車事故で亡くし、一人残された杏奈を引き取った祖母も娘の事故死の心労からか一年後に病死する。身内を亡くし施設に預けられた杏奈は五歳で今の両親に引き取られる。優しい今の両親のもと明るく育ったが、ある時、自分は貰い子で役所から養育費が出ている事実を知る。母親の遠慮した態度はそこから出ていると強く感じた。自分には血の繋がっている人は誰もいないことを痛感し、杏奈は自分から殻に閉じこもっていく。「この世には見えない‘魔法の輪’がある。私はその輪の外側にいる人間だ。無理に内側に入らなくてもいい。」と自分から決めつけるようになる。

 そんな杏奈が、かかりつけの医者の勧めで、喘息の治療にと、空気のいい海のある村で静養することになる。母親の親戚筋にあたる大岩夫婦のもとに杏奈は預けられる。大岩夫婦は杏奈に優しく接するがなかなか馴染めない杏奈。

 そんな杏奈が、広い湿原にある「湿っ地屋敷」を見つけ、不思議な懐かしさを感じる。

夢の中で、杏奈は湿っ地屋敷に住むマーニーという少女に出会う。そして友達になる。マーニーは杏奈に「あなたのことが大好き」「あなたのことをずっと待っていたの」「あなたと友達になりたい」と話す。夢の中で、杏奈はマーニーとの物語を作っていく。しかし、マーニーは途中で杏奈を放ったらかしにするように突然に消えたりする。「どうして私のことを放って消えてしまうの?」とマーニーを問い詰める杏奈。それに対して「許してちょうだい。もう私は遠くにいかなければいけないの。しかし、これからもあなたとはずっと友達でいたいの。」とマーニーは真剣な表情で訴える。そして杏奈はそれを受け入れる。

物語は途中何度も、夢と現実が入り混じる。しかも話が途中でプツンプツンと飛んでしまい、話の流れが見えなくなる。杏奈自身も迷う。映画を観ている方も、どこまでが現実で、どちらが杏奈の夢なのか、だんだん区別がつかなくなり、頭の中が混乱する。

最後に、杏奈は夢の中の少女マーニーが亡くなった祖母である事実を知る。その瞬間にすべての謎が解けていく。祖母が幼い頃の杏奈に語りかけていた話の記憶に基づいて、杏奈が物語を作っていたからだった。だから記憶が薄れてしまったところや杏奈が知らない部分がプツンプツンと物語を飛ばしてしまっていたのだ。

亡くなった祖母が夢の中でマーニーになって杏奈に会いに来たわけだ。「あなたのことが大好き」「あなたのことをずっと待っていたの」などのマーニーの台詞が実感として初めて大きな意味を持ち始める。その瞬間に、孫娘を残して死んでいった祖母の無念さや、今の孫娘の歪んだ心境を救いたい祖母の温かい想いがスクリーン全体をおおう。そう感じたら涙が止まらなくなる。

杏奈は、まさしく「思い出のマーニー」という題名の通り、マーニーを思い出にすることで、人間的に成長する。養ってくれている母親の頼子のことも許せるようになる。「ふとっちょ豚」と呼んでしまった友達の信子にも素直に謝る。そして、何よりも素敵な友達の「彩香さん」ができた。こうして自分で勝手に作っていた魔法の輪を漸く外すことができた。この映画はまさに杏奈の成長物語である。杏奈のように自分を嫌いになり悩んでいる女の子って結構いるんじゃないかな。そういう意味でとても共感を呼ぶステキな映画だと思う。・・・

カメさんの話は杏奈を喜ばせた。こんなにもしっかり映画を観てくれている方がいて素直に嬉しかったのだ。隣で話を聞いていた彩香も照れるようにはにかんだ。

 

また、カメさんと一緒にいたうさぎちゃんも話に絡んできた。

「私もね、この映画にとても共感したの。というのは、最近、私もステージの上で‘孤独’を感じるの。カメさんがリボンをしてくれたり、他にもたくさんの方が応援してくれているのは分かっているけど、時に、自信をなくして、たまらなく淋しくなったり、悲しくなったりするの。それは、ステージの上では自分ひとりだからかな。誰も助けてはくれない。

 今は、この気持ちをステージで表現したいと思っているの。ところが、これがなかなか思うようにできない。

この映画では、杏奈さんの、独りぼっちで淋しくてたまらないのにみんなの輪に入っていけない葛藤がとてもよく伝わってきたわ。それを解決するために、空想の人物としてマーニーが登場する。マーニーは何の躊躇もなく『あなたのことが大好き』と杏奈さんの全人格を受け入れる。そして杏奈さんも、自分を放ったらかしにしたマーニーを許す。マーニーは杏奈さんの影の存在。杏奈さんはマーニーを許すことで、影の自分を受け入れたんだと思った。

また、マーニーがいつでも自分の中にいることで、自分は愛されているし独りぼっちでないことを知った。こうして孤独から解放された。

この映画では、そうした心の機微がとてもよく表現されていて感心したの。」

カメさんが続けて話をした。

「ボクも絵を描くから分かるんだけど、絵って素晴らしいよね。この映画のポイントは、杏奈さんが描いたスケッチだと感じたんだ。公園や湿っ地屋敷、なによりマーニーの表情や仕草がステキだった。絵があったからこそ、杏奈さんは心の中のモヤモヤを表に出すことができた。

 もうひとりの絵描きの久子さん。彼女が本映画の重要人物だったよね。マーニーと幼馴染で、杏奈さんにマーニーのことを詳しく教えてくれたよね。

 絵がすべてをとりなす縁になっていたと感じたんだ。」

 そして、カメさんはうさぎちゃんの話をフォローする形で付け足した。

「先程うさぎちゃんが話したけど、最近、うさぎちゃんが心の中のことを表現したいって、さかんに言うんだ。特にステージの上で感じる‘孤独’とか。踊り子というのは表現者(アーティスト)だから、自分で表現したい対象ができると、とことん追求したくなるんだね。

 もちろん踊り子だからダンスで表現しようとする。しかし、考えてみたら表現方法はいろいろある。最初からダンスというのではなく、まずは身近なところで、その心の中のもやもやを言葉や文章にして、そして次にそれを絵で表現してみてはどうかな、とボクは思うんだ。うさぎちゃんと話して、その表現したい心の中にあるもやもやを言葉にし、それをボクなりに絵にしてみる。そうしたら、うさぎちゃんは喜んだ。

 うさぎちゃんは、言葉にできたキーワードから、そのテーマに合った選曲を考える。そしてボクの描いた絵からポーズ、振付、場面設定を発想する。そうすると朧げに表現したいものが見えてきたりする。それがすごく楽しい。

 最近は、うさぎちゃん自身が自分からどんどん絵を描き始めた。最初は思うように描けなかったが、これも慣れると次第にうまくなっていく。ボクが褒めるとどんどん描いて見せてくれる。絵を通しての、うさぎちゃんとのやり取りはすごく楽しいし、やっぱり絵の上手な踊り子さんは素敵だなぁ~って思う。

 ボクは最近、踊り子さんにとっての絵の重要性を強く感じている。ステージには絵心が必要なんだ。‘絵になるステージ’になってこそ、初めて踊り子の想いは観客の心に届くのさ。

 杏奈さんも彩香さんも、そしてうさぎちゃんも、カメさんの話に頷いた。

 

 杏奈さんは、森のストリップ劇場をスケッチし、その一部を記念にカメさんとうさぎちゃんにプレゼントしました。

 今でも、森のストリップ劇場の壁には杏奈さんの描いた絵が飾られています。それを見ると、カメさんもうさぎちゃんも杏奈さん達のことを思い出します。その絵はまさしく‘思い出の’一枚です。

 

                                   おしまい