今回は、お客はどういう角度から踊り子さんを見ているかを私流に述べてみたいと思います。
人間の見る目というのは凄いなと思う。瞬時にして、初めて会った人のことをかなり見抜ける。無意識のうちにも、その人は自分に関係してくる人かそうでないかを判別する。ただ、やはり相手に興味をもって接すると見る目も変わってくる。そうすると、かなりの部分が見えてくる。
以前、「ストリップは人間観察の場である」という話をしたと思うが、人間というのは相手のことをどういう観点から判断するのかを考えてみたい。
最初に目に入るのは外見である。男性が女性を見る場合は容姿なども気にかかる。女性の場合は生理的に受け付けるかどうか。不潔だったり嫌らしい感じであれば即シャットダウンとなる。むしろ、外見というより最初は相手のもつ雰囲気からいろいろと判別している。自分を受け入れる温かく優しい雰囲気か、あるいは自分を受け入れる隙のない冷たい雰囲気かどうか。この第一印象というのはかなりウエートが大きく、このイメージがあるがゆえ、なかなか相手を受け入れようとしないということがままある。ある意味、第一印象は障害となることもある。
本当に相手のことを知ろうとすれば、どういう観点から見なければならないのだろうか。
私流には三つの観点があると考えている。
ひとつ目は、本当の彼あるいは彼女を知ろうとする、相手の本質を見極める「深い目」。
打算的に近づいてくる人がいる。こういう人は丁寧に接してくれてもなかなか好きになれないもの。たとえば財産目当てで近づいてくる人を結婚相手にはしたくないだろう。
上辺だけの優しさと心からの優しさというのは全く違う。そこを感じ分けることが相手を知ることにつながる。つまるところ、人間として相手を好きか、相手から好かれているかが分かれ目になる。まさに単に上辺だけの付き合いになるか、一歩踏み込んで相手の中身を知ろうとするかの分水嶺となる。
ストリップという世界は「うつせみの世界」でもある。うつせみとは空蝉と書き、まさに蝉(せみ)の抜け殻のことであり、現実の虚しさを比喩した言葉。この世に生きている人間そのものを意味している。
綺麗な女性が惜しげもなくヌードを披露してくれる竜宮城のような場が現実の世界であるはずがない。ストリップ劇場はもてない男性の慰めの場であり、虚しくもあり悲しい「うつせみの世界」といえる。
しかし、そういう中にも人間関係というのは存する。
踊り子さん側からは下心があってプレゼントしてくる客というのはなんとなく感じるだろう。そういう輩をは適当にあしらわなければならない。一方、逆の立場として、私のような常連になるとポラを買ってもらうためだけに接してくる踊り子さんには距離を置きたくなる。私の場合は気持ち的になにか通じるものがなければファンになれないと感じている。その気持ちに触れることが最大の慰め、そして楽しみになっている。私も空蝉であり、悲しくも虚しい1人の男ということか。話が少し逸れてしまった。
ふたつ目は、「広い目」で相手を見ること。
相手の性格は、相手の人間関係の中から見えてくる。家族構成、友人関係など。また、趣味や仕事など、本人の嗜好や環境から見えてくるものがある。そのように、広い角度から相手を見ることで本当の人物が見えてくる。
私的にはあまり好きなことではないが、他人と比較することで相手が見えてくることもある。たとえば、結婚相手を決めるにも、目の前の彼女よりもっと自分に相応しい人がいるかもしれない。
大切なことは、一部の限定した中で物事を見るのでなく、もっと全体観をもって物事を見て判断しなければならないということ。
ことストリップというのは裏の世界である。これを現実と勘違いしてはいけない。踊り子さんに憧れるのは結構なことだが、踊り子さんを結婚相手に考えることはどうかと思う。
客も踊り子さんもお互いが非現実的な世界と割り切って楽しむ世界なのだと思う。
みっつ目は、「長い目」で相手を見ること。
人間というのは長い過去があって、現在の自分がいる。また、将来どういう人間になりたいかによっても人の評価は変わってくる。このように、時間という基軸をもって人間を見ることは極めて大切。
例えがあまり良くないが、若いときに高齢の女性に恋をしたとする。そこまではいいが結婚したいと考え出す。子供はできないかもしれない、彼女の方が早く死ぬかもしれない、でもいま彼女がいればそれでいいと思う。素晴らしい恋ではある。しかし果たして彼の判断は正しかったかどうかは長い年月が経たないと分からない。それは幸せな人生だったのか、はたまた若気の過ちだったのか。
物事を判断するとき、一過性的な感情に左右されないためには時間を置いて考えることが功を奏する。長いスパンで物事を考えられれば失敗は少ない。
ただ気をつけなければいけないのは、時間を置き過ぎてチャンスを逃すこと。いい縁であったのに、タイミングを逸して幸せを逃してしまうことは多々ある。人生とはチャンスとタイミングに左右されるもの。
ストリップというのは、一瞬にして泡のように消え去る「うつせみの世界」。そこで働く踊り子さんもそもそも限られた短い時期しか存在しない。あまりに1人の踊り子さんに入れ込んだがゆえに、突然の引退に空蝉状態になっている客をよく目にする。
たくさんの踊り子さんが登場し、そしてたくさんの踊り子さんが辞めていく。潮が満ちたり干いたりするように。しかし、入れ替わっただけでストリップ劇場そのものはなんら変わっていない。そういうものと割り切ってみることも必要なのかもしれない。
そうした非現実的な龍宮城の世界ではあるが、一時の時間を踊り子さんと時間を共有して楽しめた喜びを感じていたい。
以上、話が脱線しつつも、「深い目」「広い目」「長い目」の三つの目について話をした。実はこの三つの目は私が仕事をするうえで心掛けている視点なのです。仕事である事象にぶつかったとき、①物事の本質はなにか、②全体観から見て正しいか、大所高所から見てどうか、③時間軸からはどうか、を自問自答するようにしている。全ての勉強がこの三つの目を養うためのものと云っても過言ではない。
仕事に限らず、全てのことに通じる。もちろんストリップもそういう目で見ると色んなことが見えてきて面白い。
平成20年8月 仙台ロックにて
