今回は、東洋の姫乃りおさんについて話させてください。

 

 ストリップ仲間のF君から、「姫乃りおさんの引退」を知らされ強いショックを受けた。

 5月中の大阪東洋ショー劇場に出演予定されていたが急遽キャンセルとなり、大阪まで観に行くことを楽しみにしていたF君もがっかりしていた。

 腰を痛めているのに無理をして興行を続けていたがもう腰をあげれない状態になってしまったという。そういえば、ここのとこ殆ど休み無く出演が続いていた。この後も渋谷道劇、TSミュージックと、関東の劇場にのる予定が入ってて、私も再会を楽しみにしていた。人気者になって良かったと一ファンとして喜んでいたが、まさかこんなことになろうとは夢にも思わなかった。

 そういう本人自身、ずいぶん悔しい思いをしているとF君が話してくれた。確かに、りおさんはストリップが大好きでずっと続けたいと言っていた。先日会ったとき、ずっと出演が続いていたせいか、ぽっちゃり系のりおさんがずいぶんスリムになっていて驚いた。本人は仕事のお陰でちょうどいいプロポーションになったと喜んでいた。なるほど背の高いりおさんがますます見栄えよくすらりとしてきて、とにかくストリッパーとしていい顔になってきたなぁとファンとして感心させられた。

 実際のところは経営側が彼女を酷使したのだろう。東洋の踊り子さんとしてはギャラも高い方ではなかったので他の劇場からも呼ばれやすかったようだ。劇場側としても使いやすい踊り子さんだった。しかし、これでは使い捨てだ。りおさんが無念がる気持ちがよく分かる。

 私は、引退していく踊り子さんは、このまま踊り子を続けるよりも引退した方が幸せになれると判断したからこそ引退を決意している、だから愛する踊り子さんが引退していくのを(残念ではあるが)彼女が幸せになれるのだからと温かく見送ってあげたい、とファンとしていつも考えている。

 だからこそ、りおさんの引退は残念でならない。

 

 

 H18年10月の大阪東洋ショー劇場で姫乃りおさんがデビューしたとき、私はたまたま大阪出張が入っていたため2日間ステージを拝見することができた。そのあと、私が仙台ロックのリクエスト・カードに名前を書いていたらすぐ12月頭に仙台ロックが決まった。毎日のように通い完全に仲良くなった。その後、12月中に浜劇に応援に行き、年を明けて2月に私にとっては初めての池袋ミカドにも応援に行った。実は4月頭に福岡に出張があり、りおさんが博多ロックに出演しているのを知っていたけど、仕事の都合で立ち寄れなかった。そのときは、すぐに関東に出演予定するのを知っていたのでそこで会うつもりだった。今更ながら後悔しても始まらない。結果的にもう合えなくなってしまったわけだが、渋谷道劇とTSミュージックの宣伝ビラにりおさんの名前が載っているのを見ると恨めしくもなる。

 

 りおさんの最大のチャームポイントは人懐っこい天真爛漫な笑顔だった。ステージの上で私のことを見つけると、にこ~っと微笑んでくれた。あの笑顔が忘れられない。あの笑顔がもう見れないかと思うと胸が締め付けられるほどに残念だ。

 でも、これだけは云える。

りおさんはいつまでも僕らファンの心の中で笑顔をふりまいて踊っている!

 

 

平成20年12月