以下の文章は、篠崎ひめさんから、文章を書く上でのポイントを質問され、それに応えたものです。ひめさんから内緒にと言われているので、ここだけの秘密ですが、ひめさんは小説を書こうとしているようです。実は私も密かに同じ願望を持っています。お陰で、お手紙でのコミュニケーションが弾みました。
- こっそり披露いたします。
ひめさんが小説を書いていると聞いて、最初はびっくりしました。でも、ひめさんは身体もくるくる動くけど、頭もくるくる回転するから、ひめさんが小説を書くというイメージがすぐに抱けましたよ。ひめさんは根っからの表現者(アーティスト)なんですね。身体で表現するのも、文章で表現するのも根は同じですから。
ひめさんが書く「思春期の女の子のお話」ってどんなんだろうと考えるだけで私まで楽しくなってきます。
さて、ご質問の「文章を書く上でのポイント」ですが、・・・
前に話したように、私にとっては書くという作業は一種の脳の排泄行為で、一定期間ある程度の知識がインプットされると自動的にアウトプットしたくなります。表現が悪いですが、それは排泄行為というか射精のような快感があるのです。それは自己表現という人間が本来持っている本能的な欲求なのだと思います。その時点では文章が上手い下手というのは関係なく、頭の中のものが文章に落とし込めて、好きなように書ければそれでいいのです。それだけですっきりします。それ自体が癒しなんです。
人に見せるつもりの文章というのは少しスタンスが違うかもしれませんが、書くという行為が自己表現のひとつであるということは所詮は人に見せることでより自分を知ってもらいたいという欲求が内在することになります。
文章を書くというのはかなりのエネルギーを費やします。書き慣れていない方には苦痛になるでしょう。それを克服して、書けるようになったからには、書く行為によって相手に自分を知ってほしくなります。文章は自分自身です。相手に読んでもらうことで自分を理解してもらい、また次に書くことへの励みにするわけです。私は踊り子さんを読者にすることでかなりの文章が書けました。ストリップを題材にすることでかなり自分の中を覗くことができたわけです。
文章を書くことは自分を知る作業でもあります。一番楽しいものはいつも自分の中にあります。それをどれだけ引き出せるかが人生を楽しくするこつです。ストリップそのものはたしかに楽しいですが、私にとってはストリップを通じてこうして自分の中を覗き、真実の自分、何が本当に大切なのかという物事の真実みたいなものを確かめることが楽しくてたまらないのです。それはストリップでなくてもよかったのかもしれませんが、たまたまストリップであったというのも偶然なる必然ということでしょうか。
ずいぶん回りくどくなってしまいましたが、大切なのは、上手に自分と対話することなのでしょうね。そうすれば筆も進みます。
文章を書くには自分をハイ・テンションな状態にする必要があります。知力・体力が充実していないとなかなか書く気がしない。疲れていると全くダメですね。私の場合、文章を書くのは朝です。睡眠をとることにより、身体も疲れがとれ頭もすっきりしているからです。楽しく文章に向かう前段取りがいるんですね。
自分が楽しい状態であれば楽しい文章ができてくるし、落ち込んでいればそういう文章になります。まさに文章は自分の気持ちの反映なのですね。
ただ、文章で表現していくと、必ず自分の心の奥底を覗く作業が伴います。それはけっこうどろどろしたものであり、ひめさんの表現を借りると「くらい」ものになりがちです。でも、それを避けていては本当の気持ちは表現できませんね。こうした自分との対話を繰り返しながら文章は出来上がっていくものだと私は思います。
心構えみたいな前置きが長くなってしまいました。
もっと具体的に私が文章を書く上で気を付けていることを述べてみます。
1. 思いついたことをメモする習慣が大切。頭はいつもいろんなことを思いつき考えています。ところが、それを思い出すことがなかなかできません。そのために、こまめに、思いついた瞬間にメモすること。そして、それを習慣付けることです。私はいつも小さなメモ帳を持っていて、ステージの最中でも取り出してささっとメモしています。もう何冊にもなりますが、私のお手紙のネタは全てそこから出てきます。
2. こだわることが大切。たくさんの事象がいつも目の前を通り過ぎます。たいていの人は漫然と見ているだけです。しかし、こだわることにより何かが見えてきます。そういう感性を養っていきたいと常に思います。
3. 常に新しい知識を吸収すること。自分の中に蓄積してある情報を掬い上げて表現するためには外部から刺激を与える必要があります。古い知識は新しい知識と絡み合うことで新たに光り輝きます。
4. 最も心掛けているのはテーマです。テーマがなければ人に見せる文章は成立しません。このテーマこそがその人の生き方・哲学、まさにその人そのものであり、テーマこそが人を納得させるのです。ですからテーマが文章全体を支配します。
起承転結などストーリーも大切ですが、テーマがあるからこそのストーリーだと考えます。
5. 文章が輝くために「キーワード」がポイントになることもあります。先に「キーワード」ありきで、肉付けすることが私の場合は多い。読後感として、この「キーワード」だけでも残ればこの文章は成功なのです。
以上、思いついたことを列記してみました。あまり参考にならなかったかな。
今の私は、こういうエッセイを書くのがほとんどです。前は、自分の子供を相手にして創作童話を書いた時期もありました。そのときには楽しくてポンポンと童話のネタが出てきましたが、そういう発想力を常に磨いておかないとなかなか出てきませんね。今は童話は書こうという気がないので全くダメですね。
子供との童話エッセイのほかにも、夫婦生活を通してのエッセイ、自分の心をみつめたエッセイ、「クマのプーさん」についてのエッセイなど、その時々の興味ある題材を通して書き続けてきましたが、これまでは誰に見せるでもなく書いてきたので飽きてきたら自然と打ち切っていました。ところが、今回のストリップ・エッセイについては踊り子さんという読者を得たお陰で、かなりの文量が書けています。これをまとめて本にしたら何冊分にもなるでしょう。本にしたらと言ってくれる踊り子さんもいますが、内容が内容なだけに、なかなか難しいですね。それでも、今は、神様が書け書けと言ってくれてるので書き続けているという感じかな。
また、いつか小説も書いてみようかな。。。まだまだ先のことになりそうですが、それが密かな夢です。たとえば「ストリッパーを愛してしまった男性。叶わぬ恋に苦悶しながらも、彼は新しい愛の形を知っていく。現実の生活とストリップという虚構の世界とを行き交いながら、生きる意味を問い続ける。」 こんな内容はどうかな。 ひめさんが言うように、「触れることのできない相手を想う気持ち」というのを描いてみたいな。本当にきれいな恋愛というのはプラトニックなんだと私は思っています。ともあれ、小説は老後の楽しみにでもとっておくつもりです。(笑)
平成19年11月 仙台ロックにて
