H21年2月の仙台ロックで、灘ジュンさんに渡した新作の感想レポートです。

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昨日は、新作を観れてよかったです。仙台ロックで新作を披露して頂けたことを、仙台ロックの常連として深く敬意を表します。本当にありがとうございました。

一度しか観ていないので、まだ感想というものではありませんが、思ったことをつらつらと書いてみました。

 

 

始まった瞬間、「おっ、今回はフラメンコで来たか!」とのインパクト。情熱的な赤と黒が入り混じった模様のドレス、セクシーでもあるがジュンさんらしい上品さが漂う。

最近、ジュンさんの出し物は、ストーリーものが多かったので、本格的なダンスものもいいですね。以前、仙台ロックで演じていたサンバも凄く気に入ってましたよ。

今回のフラメンコも相当練習した跡が見受けられます。すごく良く踊れていますよ。ジュンさんはとてもダンス・センスがいいですね。安心して観ていられます。もちろん今回は踊りの先生に習ったと思いますが、ジュンさんも幼い頃にダンス教室に通っていたりしていたのかな? 私の娘も小さい頃にダンス教室に通ってて、やはり女の子というのはダンスが好きですよね。そして習ったからには人に観てほしい。その延長線が今の仕事につながっているのでしょうね。

 

ステージの出し物は、ストーリー系とダンス系に大きく分かれます。ストーリー系は物語の数だけ無数にありますから奥が深いが、やはり踊り子としてはダンスの上手さで押せるというのが理想。ストーリーには飽きがきますが、ダンスには飽きがきません。

しかも、新人さんのように自分を披露するために単にリズムにのって踊ればいいレベルから、ある程度ベテランになったら、伝統的なダンスをいくつかマスターしたいもの。思いつくだけでも、サンバ、ジルバ、フラメンコ、アラビアン、中国舞踊、日舞、タップ・ダンスなどなど・・これらの修得をひとつひとつ積み重ねることでステージの深みがずいぶん違ってくる。こうした努力を楽しんでやれるのが本物の踊り子なんだと思う。先日のお手紙にも書きましたが、ジュンさんはアーティスト(表現者)であると同時にダンサーでもあると実感しました。

 

フラメンコは一曲目だけでしたが、今回の作品のメインはやはりフラメンコだと思う。

フラメンコをインターネットで調べてみました。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

「フラメンコは、スペイン南部のアンダルシア地方に伝わる芸能で、歌、踊り、ギターの伴奏が主体となっている。フラメンコの歴史と発展にはヒターノ(スペインジプシー)が重要な役割を果たしている。さらにさかのぼると、ムーア人の影響もみられる。」

フラメンコというと踊りという印象が強いですが、フラメンコはトータル芸能なんだ!

まずカンテ (Cante) といわれる歌が重要。そして、バイレ (Baile) という踊り。トケ (Toque) というギター演奏で成り立つ。その他にも、パリージョ (palillos)という 踊り子が両手に持つカスタネット。ハレオ (Jaleo) といわれる掛け声、『オーレ!』(アラー由来?といわれる掛け声)、『ビエン!』(good、いいぞ、の意)などの掛け声が場を盛り上げる。

また、パルマ (Palma) という手拍子。基本的に観客席からは手拍子(パルマ)を打たないほうが良いと言われる。リズムが難しく、曲調によってリズムがさまざまに変化するので、素人が手拍子を打つとかえって音楽の妨げになってしまうというのが、その理由である。逆に掛け声(ハレオ)は歓迎される。・・・なるほどほるほど。。。

「フラメンコという踊りは、つま先やかかとで床を踏み鳴らしてリズムをとる(サパテアード)、また手の動き(ブラッソ)はフラメンコの命である。」

 以前、桜澤まみさんに、今回のタップ・ダンスは良かったよ!と褒めたら、実はフラメンコだったというドジ話があるが(笑)、サパテアードのことだったんだな。その点、今回のジュンさんの出し物はブラッソを強調した踊りになっている。

 

二曲目からは普通のダンスに変わる。今回はポルノグラフィティの曲がメイン。ポルノの代表作、ミリオンヒットの『アゲハ蝶』と『サウダージ』を採用。今回の作品を見た客が「あのポルノの作品は・・」と話していたほど、本作品はポルノのイメージが強い。

立ち上がり曲の『サウダージ』は、私も以前よくカラオケで歌っていた。この曲は最高にノリがいいので、歌うとすごく盛り上がる。ただ、早口のため、途中で歌詞を忘れると曲についていけなくなるという難あり。たまに歌うとボロボロになるので、事前に練習しないとなかなかうまく歌えないレパートリー曲である。今回、この曲を聴きながらベッド・ショーを観ていたら、思わず口ずさんでいた。ポラ・タイムでジュンさんから「太郎さんが歌ってくれているのを見て、すごく嬉しかった」と言われたときには「あらっ、聴こえてたのか」と小恥ずかしくもあったがジュンさんに言われるとやはり嬉しかった。

そういえば、私もそうであるが、ステージやベッドで知っている曲が流れると一緒に歌っている方も多い。踊り子さんの世界に浸かるのはいいが、自分の世界に浸かって歌われるのは他人の迷惑になることも多い。特に下手な場合は(笑)。歌っている方をこずいて止めさせるファンもいて、それを見て、客は気持ちよく歌っているのになぁ、と思うこともあり、・・・これもなかなか難しい話ですなぁ(苦笑い)。

 

 

さて今回の公演では、ジュンさんに三作品の観劇レポートを提出したことになる。まるで、ストリップ解説者or評論家になったような気分です(笑)。

 

 

平成21年2月                           仙台ロックにて

 

 

【閑話休題】

余談ながら、ポルノグラフィティもインターネットで検索してみた。

 

「ポルノグラフィティ (Porno Graffitti) は、岡野昭仁新藤晴一の2人からなる日本のロックバンド。所属事務所アミューズ、所属レコード会社はエスエムイーレコーズ音楽プロデューサー本間昭光(ak.homma)と田村充義。1999年のデビュー当時はTamaを含めた 3人組であった。

略称は「ポルノ」「PG」「ポルグラ」など。また、かつては岡野昭仁は「アキヒト」、新藤晴一は「ハルイチ」、Tamaは「シラタマ」の名で活動していた。

なお、"ポルノグラフィティ"という名前は大阪時代、周りのバンドに負けないインパクトのある名前にするために、エクストリームの二作目のアルバム名から取ったものである。グラフィティの正しいつづりは graffiti であるが、元のアルバムの名称に従ってバンド名も graffitti になっている。」

 

「全員広島県因島市(現・尾道市)出身。

バンドの原点は、新藤が中心となって因島高校で結成したNO SCOREというバンド。バンド名は当時のドラマーが「わしはスコア見なくても叩けるで!」と言ったことから由来している。結成時は新藤と新藤の従兄弟からなるバンドで、ここに新藤に誘われた岡野、白玉(Tama)が加わっていく。当初は新藤がヴォーカルパートを担当していたが、岡野をコーラスとしてスカウトしたところ、岡野の方が歌が上手かったのでヴォーカルパートを岡野に譲り、自身はギターパート担当となった。なお、このNO SCOREは後々のポルノグラフィティの原点となった。

1994年頃から「ポルノグラフィティ」として、大阪でライブを中心に活動を開始。1997年のSDオーディションで合格したのち上京。1999年、アキヒト・ハルイチ・シラタマの3人で『アポロ』をリリースしてメジャーデビュー。それぞれの長所を発揮しヒットを重ね確実にファンを増やしてきたが、デビュー5周年を迎える直前の2004年6月にTamaがソロ活動を開始するため脱退を表明。直後に発売されたベストアルバムが3人体制のラストアルバムとなり、その後現在の2ピースバンド形態となった。

Tamaが抜けて2人体制でリスタートした際に「新たな“ポルノグラフィティ”の確立」を目標とし(実際、2005年ライブツアー終了後に「もう『2人での〜』という言葉は使わない」と公言している)、また2006年のキーワードを「再生」とするなど、現在では既存またはそれまでのポルノグラフィティに留まらず常に進化し続けようと活動している。

主に作詞はメンバー2人が手がけ、作曲編曲はメンバーにプロデューサーの本間を加えた3人(Tama在籍時は4人)が手がけている。」

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)