私のストリップ日記(仙台単身赴任時代のもの)から、今回は「春眠に誘われて」という話をしたい。

 

 私は、土日は仙台から夜行バスで移動して関東の劇場に遠征する。夜行バスだと朝5時半に東京駅に到着する。そこから目的の劇場に向かう。

仙台は3月下旬まで雪が降っていたのでまだまだ寒かったが、東京はそろそろ桜が咲くほど暖かくなっている。ずいぶん気温差がある。

上演時間前に昼食を食べてお腹もふくれ、更にこの春のぽかぽか陽気に誘われて、一回目のステージで眠気に誘われる。私の場合は夜行バス移動の寝不足も重なる。

 

先日も大好きな踊り子さんに対して大失態をやってしまった。

私は春眠の精に誘われるように己の意識を失っていた。

困ったことに、私は真剣にステージを見ている夢を見ていた。だから安心して寝ていた(笑)。ふと目を覚ましたとき、彼女がニコッと微笑んだ気がした。しかし、私には夢と現実の区別がつきかねた。ポラのときも、何事もなかったごとく対応。ポラの後で、彼女のファンの方から「盆前で堂々と寝てましたね」と鋭く指摘される。そのとき初めて、自分が寝ていた事実を知った(笑)。

 次の回に、手紙でお詫びのコメントを書いた。彼女は優しいので「気持ちよく寝てましたよ。全然気にしないで下さいね。」と返ってきた。しかし、私は申し訳ない気分でいっぱいになった。

 

さて、今回「春眠」という言葉にこだわって、インターネットで調べてみた。

『春眠暁を覚えず』という故事はあまりにも有名。

「冬が明け、春の陽気が漂い、朝もつい暖かいから長く寝てしまい、気がついたら太陽が上まで昇ってきてしまっていた。」という意味。

孟浩然の詩「春暁」です。全文を紹介します。

 

春眠不覚暁       春眠暁を覚えず
処処聞啼鳥       処処啼鳥を聞く
夜来風雨声       夜来風雨の声
花落知多少       花落ちること知る多少

春は朝が来たのも知らずつい寝過ごしてしまう
あちらこちらで鳥のさえずりが聞こえる
昨日の夜は雨風の音がすごかった
花もいくらか散ってしまったことだろう
 

さて、ここまでは、学校で教えるところです。ところが、この「春眠暁を覚えず」という故事には隠されたもう1つの意味があるんです。学校で教えるにはあまりにも可哀想な物語という事で、教科書に載る事がなかったらしい。私はこの物語にじーんときて、今回のエッセイを書く気になった。ご紹介します。


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古代中国、群雄割拠し戦乱の火があちこちで燃え上がった時代で、山の奥でひっそりと戦火を逃れ、平和に暮らしていた春眠とその夫、雲長の物語…。

春眠は絶世の美人で、夫雲長もまた、絶世の美男子で二人の結婚は祝福されたものでした。二人の間に子供はなく、仲むつまじい新婚生活を送っていたのです。運長は農民でしたから朝早くから田んぼへと出て行き、夜は遅くまで働いていました。そんな雲長のために春眠は夜明け前から食事を作っていました。春眠は朝焼けの空に昇る太陽が大好きで、食事を作り終えるのも、太陽が出てくるのと同じぐらいに終え、家を出て朝の太陽を見ていました。

 ある日この山奥の村へも徴兵のおふれがでました。雲長も若いという事から兵士に成らざるをえなかったのです。やがて、雲長が戦場へと向かう日が来ました。春眠は嘆き悲しみましみ、いって欲しくないといったのですが、決められた事には逆らえません。雲長はただ一言、「絶対に戻ってくるから」と言い残し、春眠を慰め、戦場へと向かいました…。

 

 雲長が戦場へと向かってから1ヶ月程経ったある日の事、春眠が住む山奥の村へ突然、殿様がやってきました。美しい春眠の噂を聞きつけて、わざわざ城からやって来たのです。ですが春眠には夫がいます。殿様は春眠に惚れてしまい、強引に自分のものにしようと、春眠をお城へと連れて帰ってしまいました。春眠はこの事態に嘆き悲しみ、お城の塀から飛び降りて自殺しようとしました。
 ですが、春眠は死ぬ事ができなかったのです。そして、両目も失ってしまったのです。不憫に思った殿様は春眠を村へと帰してくれました。

 家に辿り着いた春眠を待っていたのは悲しい知らせでした。夫・雲長が戦死したという悲しい知らせが…。
 春眠はその夜、首を括って死んでしまいました。机の上には、一通の遺書が残されてありました。遺書にはこのような文が書かれてありました。
「私は、雲長を探す旅に出ます。最後にもう一度、あの大好きな朝の太陽が見たかったです。」…と。

 

 

平成21年5月