ストリップの一番の楽しみは、自分のお気に入りの踊り子さんと仲良くなることです。

仲良くなるというのはどういうことかというと、常識的な話ですが、私のことを意識してかまってくれるかどうか、言い方を代えれば私とコミュニケーションをとってくれるかどうか、ということ。

コミュニケーションのとり方にもいろいろあります。

まず、目のコミュニケーション。ステージで私の顔を見つけた瞬間に、パッと笑顔を向けてくれる人。この笑顔を見ただけで、あぁ今日は来てよかったなぁと思います。単純だと思われるかもしれませんが、ある意味、これがコミュニケーションの最終形なんです。

会話のコミュニケーション。一般的にコミュニケーションといったら、このことですが、ストリップの場合は、踊り子さんと話せるのはポラタイムくらいしかないので殆ど会話はできません。でも、短い時間ですが、一対一で相手の時間を独占して、表情を含め濃いコミュニケーションができます。踊り子さんが自分のことに関心があるかどうかは瞬時に判断できます。

ひとつの例ですが、私は仙台に転勤する際、口頭でも手紙でも何度も相手に話していますが、仙台から応援に来ても、仙台の「せ」の字も言ってくれない方がいます。私が仙台にいることをおぼえていない、つまり全く私に関心がないということです。

手紙のコミュニケーション。ストリップは長い会話は無理なので、長くコミュニケーションをとりたければ手紙というのが手っ取り早い手段になります。少なくとも、自己紹介、自分の考え、感想、その他雑談を伝えるには手紙ほど便利なものはありません。

ご存知のように私は書くのが趣味なので毎回お手紙を書きます。私は書くことでストレス発散しており、ストリップに関してこんなことを考えたんだよということを踊り子さんに話してみたくなります。返事を期待しているわけではなく、ただ私の話に耳(この場合は目か)を傾けてくれたかどうか。興味がなかったり、活字が嫌いな方は読まないでしょう。これも私に関心がなかったということです。手紙というのもある意味で私自身ですから、読む気がないということは私と仲良くする気がないということです。

手紙に対するコメントがポラに記されてあったり、丁寧にお返事をいただいた時は本当に嬉しいものです。毎回でなくてもいいんです。今日は忙しくて読む暇ないけど帰ってから読むね、とか、お手紙おもしろかったわよ、とポラのときにひとこと言ってもらうだけで救われます。

目のコミュニケーションができるようになった方とは、こうした会話や手紙のコミュニケーションが自然な形でできます。とくに返事が有る無しは関係なくなります。

この段階は心のコミュニケーションと云えるかな。なんとなく気持ちが通じたり、顔を見ているだけで癒されたり。人の心の根っこには「淋しさ」があり、それを充たしてくれるものを求めています。従って、心のコミュニケーションこそがまさに究極のコミュニケーションと云えますね。

 

仲良くなれるかどうかの分岐点はどこにあるのか、私にとっては大きな問題。もう少し話を続けます。

 

初めてステージを拝見して、まずは挨拶代わりにポラを買います。私の場合は、エロポラは撮らないので、目的は「仲良くなれるか」の一点、目的ははっきりしています。

ポラひとつ買うだけで、踊り子さんの人柄がけっこう分かります。ステージの時は緊張もあって怖い顔をしていた方がポラタイムで初めて気さくな性格だというのが分かったりするのもおもしろいものです。

最初に自己紹介のお手紙を添えますが、合わせて踊り子さんのプロフィールや今後のスケジュールを教えて下さいとお願いする。

反応はさまざま。

中には、まったくコメントのない方、ただ「ポラを買ってくれてありがとう」とだけある方、こういう方はポラを買ってもらうことだけを考えてお客には関心がない、もちろん私の手紙なんかには全く興味がなかったと捉えられる。仲良くなれる可能性がない場合には手紙も書けないしポラも買わない。

たいていの方は手紙に対するお礼の一言とプロフィールや今後のスケジュールについてポラにメモしてくれる。こういう方にはもう一度お手紙を書いてみようと思う。二度、三度とお手紙を差し上げて、反応を見てみる。この時点は、ファンになるかどうか迷いながらポラを買っている。正直、最初に外見やステージを気に入ってポラを買っているわけなので、このままファンへの道を突き抜けたいと思って接しているのだが、手紙の反応が全くないと、段々書いているのが虚しくなり、最後はふられたというか、縁がなかった思って諦める。時に、私が急にポラを買ってくれなくなって訝る踊り子さんもいるが、申し訳ないがポラ代も有限なので割り切るしかない。

手紙に対して反応して、喜んでくれて、中には丁寧にお返事までくれる方もいる。私はこういう方には徹底的にファンになります。

こんな言い方は大変失礼かもしれませんが、手紙は踊り子さんが私に関心を示すどうかのリトマス試験紙になっているのです。

 

 前に、私は踊り子さんとの「擬似恋愛」を楽しんでいるということを話しましたが、ポラを買うというのはある種デートに誘っているという意味です。そして手紙によりコミュニケーションを楽しみます。手紙への反応が全くないということは会話が全く弾んでいない状態。いくら魅力的な女性でも会話が弾まず自分に関心を示してくれなければ、これ以上デートに誘うわけにはいかなくなります。

 あくまで擬似恋愛ですが、劇場内で楽しいデートができた満足感は最高です。ベッドインまで想像できますからね(これは言い過ぎ^0^)

 また擬似恋愛とはいいながら、私が一方的に想っているだけでは冷めてきます。やはり、相思相愛の間柄でないと関係が成り立ちません。私の笑顔、手拍手、手紙、エッセイ、何でもいいから私のことを気に入ってもらう、その気持ちが伝わってこないと擬似恋愛といえども成り立ちません。私が相手の踊り子さんのファンであると同時に、踊り子さんが太郎ワールドのファンであるという関係が存するかどうか。

やはり最後は、「人とは気持ちの動物だ」と思うんです。ストリップによって癒されるというのは、単にヌードだけではなく、踊り子さんの気持ちによって癒される部分が大きいと思います。特に私のような常連さんはそうです。

 難しく考えることではなく、せっかく観に来てくれたお客さんに、今日は精一杯楽しんでもらおうという気持ちです。それが伝わるかどうかなんです。長くファンであっても、それが伝わらなくなるとファンも離れていきます。

 

 ストリップに通い始めた頃、私はポラを全く買いませんでした。いつも今のように盆前に座りニコニコ笑顔でステージを観ているだけでした。しばらくすると、そんな私に関心を示してくれる踊り子さんが出てきました。その一人、篠崎ひめさんはステージの上からたびたび「おはよう」と声をかけてくれました。なんか凄く嬉しかったのをおぼえています。そして、私も彼女により関心を抱き彼女目当てで劇場に足を運ぶようになりました。ひめさんは「ポラを買ってくれる人だけじゃなく、劇場に来てくれた人、喜んで観てくれる人、手拍子・拍手してくれる人、みんなに感謝している」と言ってくれます。彼女の人気の秘密はここにあります。今ではポラ時に手紙を添えますが、ひめさんからはいつも長い返事が返ってきます。あれだけポラサインを頼まれて忙しいのに、しっかり私の手紙を読んで自分の考えをもった内容の返事をくれます。信じられないほどの驚きです。ひめさんはとても頭のいい女性です。なによりも彼女の私に対する気持ちがひしひしと伝わってきます。必ず応援せざるをえない気分になります。これがひめさんの最大の魅力なのです。

 

 ストリップを観に来て、最後にこう云えた日は最高です。

「今日は一緒に遊んでくれてありがとう」

 単にステージを楽しんだだけでなく、踊り子さんと楽しいデートができた気分。

 仙台ロックで日夜通ったときなんかは、次のように云いたくなります。

「10日間の恋の物語をありがとう」

 

 

  今回はかなり自分の気持ちをストレートに書いてしまったので、お気に障ることがあったかもしれません。たしかに単に1人のファンの思い上がった戯言かもしれませんね。でも、固定ファンを得たいと思う方には、参考になることがあるかもと思い書きまとめてみました。

 

平成19年