今回で「さよなら、仙台ロック(その12)」になった。もう、このシリーズを打ち止めにしようと思いつつも、踊り子さんと仙台ロックの話をする度に思うものがあって、また書き始めてしまう。一体いつまで続くんだぁ~(笑)。

今回は‘仙台ロックを愛するとは’という話をしてみたい。

 

 

12月頭に新宿ニューアートに行き、桃瀬れなさんに関東に戻ってきた挨拶をした。私が仙台を離れたことを手紙に書いたら、れなさんは先月仙台ロックにのったときに知ったようだ。「仙台に先週のったから実は聞いてたのよねー」

当日、れなさんは新作「ドラゴンボール」を披露していた。これは引退した桜澤まみさんの作品で、私としても記憶にある懐かしい作品。れなさんの方が小柄で動きがいいので、まみさんより似合っていると感じた。れなさんは、この作品を大好きな仙台ロックで初披露できたと喜んで話してくれた。

れなさんとのやり取りから、彼女が本当に仙台ロックを愛してくれているのがよく分かる。

私の『さよなら、仙台ロック』シリーズを読んでくれたれなさんからの次の言葉が強く残った。「仙台ロックの想い出読みました。でもなんか、れなは卒業ではない気が・・・だってあの大好きな場所がなくならない限り太郎さんはまだ卒業できないよ。次は遠征で踊り子を喜ばせてあげてみては??」

私はもう仙台ロックに行くことは考えていない。今後、仙台の会社に戻ることもない。自宅に戻ったら、遠征する理由をつけるのが大変。また、お目当ての踊り子さんには仙台に行かなくても必ず関東で会える。仙台には仙台ロックしか劇場がなかったわけだが、関東にはたくさんの劇場があり、応援している踊り子さんがたくさんいる中、関東の劇場だけでも回りきれない思いをするだろう。時間やお金を考えたら、無理して仙台ロックに行くことは考えられない。そのことは前に関東に住んでいたときも思っていたこと。

しかし、れなさんにそう言われると、頑なに「仙台ロックには二度と行かない」「仙台ロックは卒業した」と決めつける必要はないなぁと思い始めた。仮に私が仙台に遠征したら、踊り子さんを始め、仙台ロックの常連さん、劇場スタッフの方々がどんなに喜んでくれるだろうかと頭を過ぎった。

 

あらためて、私は次のことを自問自答し始めた。

「もう仙台ロックに行くことはないだろうなぁ~と思っている私は仙台ロックを愛していないのだろうか? そもそも仙台ロックを愛するとはどういうことなんだろうか? 」

私はストリップが大好きで、踊り子さんを心から愛してきた。そのことは誰にも負けない自負がある。関東に戻ってきて、いままでより回数が減ると思っていたものの、仕事が早く終わったりしたら、つい劇場に足が向いてしまう。お気に入りの踊り子さんに会いたくなって心が疼いてくる。

このことを冷静にみると、仙台ロックでなくてもかまわないということになる。ストリップと踊り子さんが愛する対象であり、劇場はどこでもかまわない。

そう考えると、れなさんが仙台ロックを大好きという感覚と、私の仙台ロックを想う感覚とはずいぶん違うことに気づく。

 

ふと、仙台ロックLAST週に雪見ほのかさんと交わした文通を思い出す。

「お引越しの準備とか忙しいのに、最後まで仙台ロックを気にしていてくれてありがとう。私は、本当に仙台ロックが大好きで、仙台ロックを守ってくれようとしているお客さんが大好きです!! その代表というべき太郎さんがいなくなるのは本当につらい。」

ほのかさんは仙台ロックを愛している代表格の踊り子さんだが、ほのかさんのように私のことを仙台ロックの護り神みたく思ってくれている方がいる。昨年H20年6月に仙台ロック休館騒ぎのときも、杏野るりさんから「太郎さんは仙台ロックの護り神なんだからね」と言われたことがあった。当時、仙台ロックを再開させたいと熱く念じて書いた、私の長い文章が残っている。

私にとって、仙台ロックは仙台でストリップを楽しめる唯一の場所。そこで、たくさんの踊り子さんと楽しい時間を共有した。さらに、毎日会う劇場スタッフ、そして仲よくしてくれた常連のみんな。

すべては縁であった。私が仙台に来ることで、出会えた人々。毎日のように通う仙台ロックで縁はどんどん深まっていった。その縁は一緒の時間を共に体験することで素晴らしい思い出に変わった。

 

「最近の太郎たんの手紙を読んでいると、どうしても仙台初のりのことを思い出します。ほのはけっこう遅めの仙台デビューで、しかもバースデー週、本当は浅草だったはずが・・・仙台に飛ばされることに。でもこの変更こそが、仙台との深い関係の始まりだった・・・初めて行ったとき、なぜか太郎さんがいて(笑) ちょうど同時期だったんですね、太郎さんがこっちに来たのと、ほのの初のりが。 

そのとき初めてのトリでした。初めて一人ぼっちで地方に行ったこと、トリの四回目に仙台の平日の寂しさを知ったこと、その分、応援してくれる人たちの暖かさがすぐに分かったこと。ほのも四年間、太郎さんと一緒にここでたくさん思い出を作ってきたな~・・・」

ほのかさんは心で話してくれる大切な踊り子さんの一人。だから、いい思い出をたくさん作ることができた。仙台ロックの最後に頂いたお手紙は心に沁みた。       

「ついに・・・ついに・・・太郎さんがいなくなってしまうときが来てしまいました・・・一緒に過ごしてきた四年間、本当に宝物です!! ほのが仙台を一番大好きになれたのも、太郎さんがいたからかもしれないです!!」

「太郎さん! 仙台をありがとう!! これからはほのに任せて!!」「これからは所属のほのが、太郎さんの代わりに仙台ロックを守っていきます!!」

「・・・お別れではないけど、お別れなんだね・・・」「・・・また関東で会いましょう!! 本当にありがとう!!」

 仙台ロックを愛するほのかさんの気持ちが痛いほど伝わってくる。 

 

ほのかさんのように、私との関わりをいい思い出に昇華してくれた踊り子さんがいるだけで、私は本当に幸せだと思う。

仙台ロックというのは、こうした沢山の縁を深め、すてきな思い出を作る象徴的な存在。仙台ロックを愛するということはこうした縁や思い出を大切に思う心なんだ!

今後仙台ロックに決して行かないなんて言わない。4年間の縁や思い出を懐かしく感じたときに、また足を伸ばしたい。今はそんな気持ちになっている。

 

 

平成21年12月