今回の題名は「さよなら、仙台ロック(その2)」です。

 

9月中旬に、正式に11月1日付けの転勤を内示されたが、まだ1カ月以上先なので社内の同僚にもまだ話すことができない。

 家族には電話で告げたが、他に話したのは踊り子さんだけ。

 

 この四年間の単身赴任は、まさにストリップ・ライフそのものだった。

 だから、単身赴任の終わりはストリップ三昧のピリオドとなる。覚悟はしていたものの、たまらなく淋しく悲しい想いが押し寄せてくる。 

今の私の気持ちを一番話したく、かつ理解してくれるのは、本当に踊り子さんだけだと思った。

 

 9中の週、たまたま仙台ロックには黒崎優さんと木村彩さんが出演。しかし、それは偶然ではなく、神様が与えてくれた巡り会わせなのかなと思えた。

 優さんは私が単身赴任したH17年10月1日にデビュー。SNAで初対面すると、なんと翌週が仙台ロックということで、それ以来ずっと応援してきました。仙台ロックを中心にして、彼女のステージを、そして成長を見てきた。

その週は感傷的な気分で優さんに手紙を書いたら、優さんから長い返事が返ってきた。「自宅に戻ったら、4年間のブランクを埋めるつもりで家族との時間を大切にしたい。今のようなストリップ三昧は卒業しなければと考えている」と私は話した。それに対して、「本当に、太郎さんがいない仙台、さみしいです(泣) 平日の4回目、太郎さんの顔を見て、あぁー仙台きたぁ~、太郎さんも今日もステキな笑顔で、いつも元気だなぁ~って思ってました。」 そして、私がストリップに行けなくなったら「太郎さん、さみしくて死んじゃうんじゃないかって心配してしまいます」「さみしがらなくても、いつでも踊り子みんな、太郎さんのこと待ってますよ~カモーン。」 優さんの手紙に涙が出てきた。私は幸せ者だと思った。

 彩さんからも「仙台といえば太郎さんだったので関東の方になるのがちょっとさみしいです。」「私の仙台の思い出はいつも太郎さんの笑顔とありました。4年の単身赴任お疲れ様でした。」と言ってもらい、手紙のやりとりでとても救われた。特に「太郎さんは粋なストリップ遊びをしているな、と私は思います。」 この言葉は嬉しかったなぁ~。最近、応援の仕方についていろいろと悩んでいたが、けっして私の応援スタイルは間違ったものではなく、この四年間は素晴らしいものだったと確信できた。

 彩さんも私が単身赴任してから8ヵ月後のH18年6月1日にデビュー。2週目が同6月結に仙台ロックになったのが縁。それからは仙台ロック専属タレント(笑)としてお付き合いさせていただいた。

 彩さんも優さんも、私が仙台に単身赴任している4年間にデビューしたため、私のことを仙台の人というイメージが強いと思う。

 

 他にも仙台ロックがあったお陰で、ファンとしての関係を深めた踊り子さんはたくさんいる。

 というか、私というストリップ・ファンの存在を一番感じていただけるのが仙台ロックなのだと思う。客入りの少ない劇場で、毎日のように通い、毎回ポラを買い、毎回手紙を渡す。ただ観劇するだけでなく、ステージ感想やアドバイス、楽しいコミュニケーションをたくさんさせていただいた。

 ある踊り子さんが「太郎さんは関東の劇場にはなかなか応援に来てくれないけど、仙台ロックに行けば必ず来てくれるので、仙台ロックにのるのがとても楽しみ」と言ってくれた。出張なんかで仙台ロックに顔を出すのが遅くなると「太郎さん、来るの遅いよぉ~。待ってたんだから!」と言って歓迎してくれた。

 また私の仙台ロックにおける応援スタイルも次第に変化していった。私は仙台ロックにのってくれる踊り子さんに対して、自分が仙台ロックのホスト的な存在と強く意識していった。以前は踊り子さんに贈り物は一切しなかったが、一年半を過ぎたころから、「おもてなしの心」をもって「今日のおやつ」を持参するようにもなった。

 

 私の応援スタイルは、けっこう踊り子さんにはインパクトがあると思う。

 とくにデビューしたばかりで、不安の多い新人さんにとっては、私の応援、手紙の励ましは元気の素になってくれたようだ。「太郎さんのお陰で踊り子を続ける元気が出た」なんて言われると望外の喜びだった。

 私もこう見えて(?)今年の8月で50歳となった。上の子も来年春には大学を卒業し就職する。もう完全なる親父である。私は、とくに新人さんに対しては父なる気持ちで接している。せっかく縁あって踊り子になったからには辞めずに立派な踊り子に成長していってほしいと常に願っている。ストリップというのは踊り子の成長を「見守る愛」なのだと私は常々思っている。

 

この4年間は、仙台ロックと切っても切れない関係でした。仙台ロックは、会社よりはるかに思い出深い存在。私の4年間そのものとも言える。

 関東に戻ったら、二度と今の仙台の会社に戻ることはない。おそらく仙台ロックに遠征することもないと思っている。でも、私だけでなく、一部の踊り子さんの心の中に「仙台ロックの太郎さん」が残ってくれると思う。彩さんと優さんに接して、そう確信した。

私は仙台ロックの伝説の人になれたかな(笑)。

 つばささん始め、踊り子さんみんなのお陰です。本当にありがとうございました。

 

平成21年9月                          仙台ロックにて