私のストリップ日記(仙台ロック編)から。
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今更ながら、H19年6月の仙台ロック東洋大会は夢のように幸せな日々だった。
大好きな東洋の踊り子さんが仙台ロックにやってくる。なんというか、恋人が遠くから私の住む街に会いにやってきてくれるような錯覚、無上の喜びを覚えた。夢というのは願えば叶うものなんだなと改めて実感した。
真っ先に考えたのが、6月頭は出張が入らないようにすること。いつもなら喜んで東京出張するところが今回だけは別。
ところがこういうときに限って出張が入ってしまう。あぁ~ん。新任の部長を連れて、山梨に行かなければならない。部長の都合で、6/1(金)か6/4(月)のどちらかにしなければならない。運良くその選択は私に任された。初日から劇場に行かないわけにはいかないので、出張は6/4(月)の方にした。
さて、10日間のドラマが始まった。
初日の金曜日は早く劇場に行きたくて仕事が手につかなかったほど。5時10分の就業の鐘とともに去りぬ。2回目のラストに滑り込む。最初のダンスを踊っていた霞さんと目が合った瞬間、笑顔が返ってきた。
いつもなら、金曜の夜には夜行バスで東京に帰省するのだが、今回は帰るつもりはない。
翌土曜日の朝11時に仙台ロックに到着したら、ひめ隊が四人ほど先に並んでいた。劇場前にたむろしていたら、遠野こころさんと綾瀬夏樹さんが買い物に行くのか劇場から出でくるのにばったり会って挨拶を交わした。12時半頃に開場してもらい中に入る。
今朝、深野くんから電話があり、仙台ロックに向かう旨を聞いていたので、私の隣の席を確保しておいた。ケン君も来仙し、夕食は仲間3人で平禄寿司で寿司を食べた。私がお勧めの牛タン寿司も喜んでもらえた。
その翌日の日曜日は仙台ロックに寄らずに、出張先の山梨に向かった。
偶然だが、今回出演している四ツ葉あおいさんが山梨出身だった。彼女とすぐに仲良くなったので、残念ながら山梨に出張が入ったので日曜日には来れないことを話したら、驚いたことに彼女が山梨出身であることが分かった。彼女から「信玄餅」のお土産を頼まれた。山梨にはこれで3回目の出張だが一度も「信玄餅」を買ったことがなかった。食べてみて、あっ以前お土産として会社で食べたことがあるっと気づいた。たしかに美味しい。あおいさんが大好物というのがよく分かる。約束どおり買ってきたよと渡したら凄く喜んでくれ、翌日「みんなにおすそ分けしたけど、私は三個も食べちゃった」と言ってくれた。職場にも買っていったが好評だった。
6/4(月)の山梨出張は運良く午後二時半頃に仕事が終わり、五時に東京駅で新幹線に乗ることができた。七時前に仙台に着いたので、おかげで仙台ロックの3回目のステージに間に合った。
踊り子さんには事前に「月曜日は来るのが無理かもしれない」と話していたので、予想外の私の登場に踊り子さんが喜んでくれた。
今回、あおいさんに「信玄餅」をお土産に買ってきたわけだが、私はこれまで踊り子さんに手紙は渡すが物をプレゼントしたことがない。それをひとつのポリシー?にしてきた。
これについて、新幹線の中でつらつら考えていた。
今回の東洋大会の香盤では、春乃霞さんが一番先に決まったものの、それ以外がなかなか決まらなかった。最初に名前があがったのが川村あいねさんだった。えぇ~っ、彼女は仙台出身なので仙台ロックにはのらないと言っていたのに~、どうしたのかな。そこで、たまたま5月にあいねさんに会ったので尋ねてみたら、やっぱり出演しないとの返答。併せて、東洋の踊り子さんたちを宜しくね、と重ね重ねお願いされた。
あいねさんの言葉があったからというわけではないが、東洋の踊り子さんに対して、わざわざ大阪東洋から来ていただいた厚意に報いなければならない。私にできることはなにかをつれづれ考えてみた。
仙台ロックは私のホーム・シアター。私はホスト役。であるならば『おもてなしの心』で迎える必要がある― ― ―
もちろん毎日通うのは当然。手紙も書く。もちろんポラも買う。そうそう、私には仙台名物ポラがある。このバリエーションを工夫してみたい。あっ、萩の月のポーズ、かもめの玉子のポーズ、ずんだ餅のポーズといっても、仙台が初めてだと食べたことがないかもしれない。そう気づいてから、毎日「今日のおやつ」と称して日替わりで、萩の月、かもめの玉子、ずんだまんじゅう、伊達絵巻、くるみゆべし、最後は白松がモナカと私がお気に入りの仙台銘菓をポラ時にあげてポーズをとってもらった。好評だった。
どの踊り子さんも皆さんステキで、毎日通うのが楽しくて仕方なかった。
いつも3回目から入場した。踊り子さんも皆さん私の顔を見ると喜んで迎えてくれた。ポラ時には必ず「ただいま~」と挨拶し、「おかえりなさい」と応えてくれた。
さて、改めて今回の東洋大会のメンバーを紹介する。①遠野こころさん、②綾瀬夏樹さん、③篠崎ひめさん、④四ツ葉あおいさん、そしてラストが⑤春乃霞さん、と最高のメンバー。
私が渡す毎日の「今日のおやつ」に一番嬉しい表情をしてくれたのはトップの遠野こころさんかな。こころさんは一度引退し、東洋限定で復帰していたが、今回仙台ロックにのることが決まって驚いた。関東方面からも彼女のファンが来ていた。二年前の9月以来の仙台ロック、1年9カ月ぶりになる。私自身もこころさんに会うのは昨年2月の新宿ニューアートぶりだったのでとても懐かしかった。回数を重ねてステージを見る度に彼女の魅力にはまっていく自分がわかった。また心のこもったお手紙を3回頂けてとても感激した。
今回のメンバーで一番大人っぽかったのは二番手の綾瀬夏樹さん。こけしを使った艶めかしいベッド・ショーに魅せられた。
三番手の篠崎ひめさんのステージは見る度に元気が出る。そのうえ、彼女とは毎回内容の濃いお手紙交換ができた。彼女は本当に賢い子だ。知的に刺激され新しいネタをいつも頂く。
四番手の四ツ葉あおいさんは先月の中に大阪東洋でデビューしたばかりで、ここ仙台ロックが2週目となっていた。新人離れしたステージでの艶技もそうだが、なによりも私の手紙に対する反応の良さに感激してしまった。またまた新たに追っかける踊り子さんが1人増えてしまった。ははは
楽日前日くらいから彼女は右の肩を痛めていたようで、私としてもあまり無理しないようにと心配していた。なんとか最後まで立派にステージを努めてくれて私としてもホッとした。
あおいさんと霞さんは仲がいいようだ。
霞さんのポラ・コメントに「四ツ葉あおいちゃんと楽屋で『太郎さんがいると何人もいるように感じるよね~』と話してました。毎日3回目が待ち遠しいです」とあり毎日通っている甲斐があったと感激させられる。
霞さんは私の仕草をよく観察してくれる。オープンのときに私の手拍子をまねて私に対して何度かお手つきをしてくれた。なにげに私が唇をなめる仕草をしたら真似してくれた。ベッドでのラスト曲ミスチルの「しるし」が気に入って口ずさんでいたらポラのコメントに「四曲目のベッドの時は、太郎さんがミスチルの曲を口ずさんでいるので、お気に入りのようでとっても嬉しい霞です」とあった。
踊り子さんだけでない。そのファンの方との交流も楽しかった。
6月8日(金)の夜は、深野くん、相場さんと3人で飲みに行き、深夜3時半まで語り合った。タクシーでアパートに帰りついたときにはうっすら夜が明けていた。
翌日6月9日(土)の夜は、深野くん、霞ファンの大阪のポコちゃん、夏樹さんのリボンさんの四人で居酒屋に行った。
仲良しの深野くんは、前半の土日6月2,3日の2日間そして後半の6月7,8,9,10日の四日間と計6日間も仙台ロックに通ったことになる。彼にとっては予定通りの行動だった。7日木曜日の夜、仕事が終わって千葉から新幹線で仙台に駆けつけ、四回目のステージに滑り込んだ。金曜日は有休をとり、金土日と丸々3日間朝から晩まで応援した。充実した日々だったと彼は言っていた。10日日曜日の深夜11時35分頃、霞さんのラスト・ステージが終わって、彼を深夜バスの営業所まで車で送っていった。翌朝そのまま出勤すると言っていた。「大変だけど、太郎さんの場合は毎週これを繰り返しているんだから、頭が下がりますよ」と彼に言われた。確かにストリップが好きでなければこんなことは続かないよな~と思ってしまう。しかし今ではそうしないとむしろストレスが溜まってしまう。
仲良しの深野くんにとっては初めての仙台ロックで、けっこう気に入ったみたいだ。私から「まったりした雰囲気」を聞いていたが、今回は客入りが多く、平日の金曜日でもいつものまったり感はなかった。だから、再びそのまったり感を味わいに来たいものだと言っていた。
あらためて今回の東洋大会は大盛況だった。私も山梨出張の一日を除いて皆勤したが、他にも毎日のように通っていた方がいた。土日は遠征隊もいたし、一見客もたくさん入っていた。
正直なところ、まったりした中で、あわよくば踊り子さんとマンツーマンにならないかなぁなんて思ったがそんな感じではなかった。まさに大盛況で、劇場経営者も喜んでいた。東洋大会を希望した張本人として、私としても顔が立つ。これに味をしめて、これからも東洋大会を定期的に実行してほしいものだ。
楽日ラスト、春乃霞さんのベッド・ショー。彼女の目から感激の涙がこぼれた。私自身も、じーんと胸に込み上げるものがあった。10日間の東洋大会が幕を下ろした。最後に霞さんが「仙台の皆さん、大好きです!」と叫んでくれ、またまた感激してしまった。
正直、最後の土日2日間はけっこう疲れた。しかし、疲れ以上に幸せな実感が大きい。夢のような日々が終わってしまった。疲れからか、翌週からの仕事になかなかエンジンがかからなかった。三日目くらいからようやく正常に戻ったかな。
東洋大会の最終日に、劇場の従業員Kさんから「太郎さん、毎日通って頂いてありがとうございます。明日からもいつもどおり通って下さいね」と釘を刺された。翌日、疲れを引きずりながら初日に顔を出したら案の定、閑古鳥が鳴いていた。そこは、いつものまったりした仙台ロックに戻っていた。
あらためて、この10日間をこうやって書き記し、私としてひとつのドラマがあったように思えてならない。
平成19年6月 仙台ロックにて
