矢島愛美さんとのH23年10月9~10日の「京都での別れ」をメモリアルしました。

 

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『すべては必然!』・・・

 この言葉は、愛美さんと初めて出会ったH20年4月13日のラスト・ポラのとき、愛美さんから頂いた手紙に書いてありました。「『すべては必然!』楽屋にこの題名の本を置いています。そこから一文・・「出会いの形にこだわらなくても出逢ったことに意味があるのです。ご縁があったからこそ出会ったのです」素敵な一日と出会いにありがとう」

 今この言葉を噛みしめてます。出会いが必然なら、別れもまた必然なのでしょうか。

 

 矢島愛美さんとは、H20年4月中の新宿ニューアートで会って、その日から手紙交換が弾んで夢中になりました。最初からこれだけ仲良くなれる方はいませんでしたね。本当に相性が合ったのだと思います。

  手紙好きというのがマッチしましたが、後にも先にも質・量ともにこれだけの手紙力のある方にはお目にかかれないと思います。一体どれだけの文章を交換したのか分からないほどです。恋人以上ですよ(笑)。そうそう、仙台からはるばる福山第一まで応援に行った時、三人の出演者しかおらず、私は他の子に関心がなく一日四回の愛美さんのステージしか観ませんでした。休憩時間も長かった。愛美さんから「退屈しませんか?」と聞かれたけど、「ずっと愛美さんへの手紙を書いているから全然退屈しないよ」と答えたら、愛美さんがにこっと微笑んでくれました。私が書いた文量に負けないくらいの文量が返ってくるし、ステージ以外の時間も楽しかった。

  愛美さんとの手紙のやり取りは、ステージ感想と合わせて、矢島愛美メモリアルに刻銘に記録させてもらっている。毎回、ひとつの公演が終わるたびに10枚近いレポートをまとめて本人に渡していた。そのまま本になるね、と喜んでくれた。正直言って、私がこのまま文筆を続けたら、いつかこのメモリアルを題材に小説を書きたいと本気で考えている。「人は願えば叶う」という大原則を信じているので、いつか実現できると思う。

 愛美さんとは今回の東寺でデビューから通算118日目にあたる。後半は私の事情で一年以上のブランクがあるので実質二年少しでこれだけ通った実績は私のストリップ人生の中で金字塔になるだろう。とくに最初の一年間はすごい出席率でした。仙台ロックでは初めての皆勤もしたし、全体で四割近い出席率になっていた。仙台に単身赴任していたのだからこの打率は奇跡的な数値。愛美さんのお蔭で初めて行った劇場も多かった。京都DX東寺、福山第一、郡山ミュージックは初だったし(福山第一、郡山ミュージックは今や無いから貴重な体験になった)、栗橋大一も二度目だった。踊り子さんの惹きつける力というものは今更ながら凄いものがある。

 

 これだけ応援していたのに、二周年を迎えたばかりの昨年(H22)六月に私の事情で、一年ほど逢えなくなり、今年7月に若松で一年ぶりに再会。それから8月の大和、9月の大阪東洋、そして今回10月の京都DX東寺と続く。嬉しいほどに毎月会える。

 三連休中日の10月9日に、東寺で四回ステージを拝見する。ロック大会でメンバーが良くて、京都にもう一泊した。「帰りたくなくなった~・・って、かわいいです(笑)」

 ストリップ遠征で初めて京都に泊まったことになる。前に東寺に来たときに武藤小雪ファンの方に、京都の駅前に唯一のサウナがあることを聞いて、親切に割引券を頂いた。私はそこに電話して(予約は必要なかった)場所を確認してタクシーで向かった。サウナ「ベルデクラブ」はすぐ見つかった。割引券には京都駅から徒歩30秒と書いてあるがもう少しかかるね。

 細くて古いビル。下には飲食店が入っており、そのわきのエレベーターで5階まで上がる。「先に靴箱に靴を入れてキーを持ってきて下さい」という無愛想なフロント従業員の対応。料金は2615円、割引券で200円引きになり2415円と安いので文句はいえない。

中はエレベーターも使えず、狭い階段を上り下りするしかない。頭上に注意して下さいと張り紙があるほど、低くて窮屈な階段。お風呂は上の6階で、サウナもあり綺麗。カウンターバーもある休憩室は下の4階。さらに下の3階に休眠室がある。二段パイプ・ベッドがずらりと並んでいる。けっこうの数があるのだが、全てがきれいなシーツでない。誰かが使ったままという感じ。空いてないとそれで我慢しなければならない。しかし、安いし、素泊まりだから十分。「サウナですか~。たしかに疲れますね。愛美も旅人なんで色んな所に泊まってますが・・・サウナは寝心地よくはないっていう(笑) ふつ~のカプセルは寝れるけど喉やられたりして、風邪ひくパターンだったり。」

 

 一日目は、いつものように新作について感想をやり取りした。

前回の東洋から、一カ月ぶり。東洋で次は新作を出すと聞いていたので、新作を拝見するのを楽しみにしていた。

 新作は「Lady」という演目であるのを後で知った。私は初めて新作を拝見した瞬間に「誇り高い女」という題名を付けた。「Lady」に通じていたので私の感想はそう外れてはいなかった。次のような感想を手書きして、すぐに渡した。

 観た直後、随分かっこいい作品だなと思った。同公演で一緒に出演していた凛さんの作品がかっこいい男性版なら、愛美さんのはかっこいい女性版と言えそう。

 衣装に目が行く。一曲目は、シルバーを基調にした華やかなエナメルドレス。黒いブラなど、黒が下地になっている。二曲目は、黒地にゴールドの刺繍がはいった上着、そしてゴールドのエナメルスカートという艶やかなドレス。これまた華麗に決まっている。次のベッドでは黒いシルエット・シュミーズ。すべて黒が基調色になっている。黒はきりっとした色で芯の強さを強調する。それにシルバーとゴールドといった貴金属系の色彩が絡むと貴賓あふれる華やかさを醸す。

 ベッドに入る前に、英語の台詞が続いた。TOIECの弱い私にはよく聞き取れなかったが、「Love is beautiful」と「Love is pride」というフレーズが耳に残った。Prideがキーワードと直感した。

 生きるうえでプライドというの大切! 今回の作品を通じて、踊り子にとってのプライド、そして男のプライドとしての私の反省を少し書かせてもらった。(笑) 「プライドってたしかに時に必要・・。特に男性はもっていてほしいな☆」という愛美さんのポラコメントに苦笑い。私の感想をすごく気に入ってくれた。

「新作感想ありがとうございました♪「誇り高い」って嬉しいですね!! たしかにちょっと上から目線な女っていうか・・(笑)プライドも高く自信満々っていうワザとらしいくらいの女性で始まっています。ダンス(二曲目)も強めな感じではあるんですが、後輩ちゃんが見ると“かわいい”って言われるんですよね~(笑)凛姐さんの男性的でかっこいい美しさも憧れます☆ ちなみに「love is pride」ではなく「love is proud」の方です、あそこ☆ プラウドの意味は誇らしげ、自慢なので、太郎さんの解釈は合っていると思います♪ ありがとう~!!」

 

当日の最後の手紙に「仕事(踊り子)として関西に来るのは最後かなぁ~と思ってます。東洋後一回行きたいけどなー。。」とあって気になった。

翌日の一回目の手紙に「今後もう逢えなくなるかも。。っていう気持ちで、昨日レター書いたんで、また今日も逢えるとは、愛美も嬉しいです。一日がんばれます。」「はっきりといつ、と決めていないし言えないのですが、・・元々今年のお正月から、今年いっぱいかなって決めていたんです。けど、一月はバースディ、四月になれば周年・・・またずるずると辞めれなくなっちゃいそうで・・。今すごくストリップが好きです。けど前に、次に進みたい気持ちが強くて。この、ストリップが大好きなうちに辞めたいなって思っています。」

 まだ、愛美さんが引退することが現実とは思えなかった。だから、次のように、もっともそうな言葉を返した。「私は踊り子・矢島愛美のファンではあるが、人間・矢島愛美も応援したいから、自分が決めて進もうとする道があるならプライドをもって邁進してほしい。気持ちよく引退も受け入れたい。」と書いた。

 三回目のステージを観ながら、私の目に自然と涙がたまり、ぽたんぽたんと零れた。なにかを感じつつありながら、それを受け入れたくない気持ちが交錯していた。

 三回目のポラのときに頂いた手紙は衝撃的だった。「ありがとうございます。前に進んでいくことを気持ちよく見送ってもらえることは、とても嬉しいです。思えばこの三年半、太郎さんにたくさんのことを学び、そして助けて頂きました。それこそ何度も辞めようとしていたくらい悩んでいた時も救って頂いて・・。心から感謝しています!! 今のところ、10結仙台、11頭浜劇・・と決まっていて、コース切りに引退をまだ伝えていないので早ければ浜で引退もあり得ます。」(中略)「もしも浜でラストになるのであれば、今日で太郎さんとは最後のやりとりになりますよね。けど今日この手紙でさようなら・・と書くのも嫌だし、淋しいし、愛美もなんとも言えずな気持ちで書いています。ただ、これまでの「ありがとう」をここに込めさせて下さい。愛美も、太郎さんの人生が今後も素敵な日々であることを願っています。どうかお身体を大事にして、太郎さんらしくいて下さい。」 読んでいてじわじわと泣けてきた。

 

 この一年半近くの間に、愛美さんにもいろいろな変化があったようだ。最近では、あいみ応援のくるくる隊もあまり揃わなくなったと聞き心配していた。また三人のリボンさんがそれぞれの事情もあり離れていった。とくに、あれだけ親密だった京都のPさんが離れたのは私自身もショックだった。詳しい事情は知らないし、また聞きたいとは思わない。たまたま当日10/10にPさんが東寺に来ていた。Pさんは他の踊り子さんにリボンを投げていて、愛美さんのステージは観ていなかった。私はラウンジでPさんに愛美さんからの手紙のことを伝え、今日が会えるのが最後になるかもしれないよと話した。Pさんは、「それを知っていたら花束を買ってきたのに」と呟きながら、「よしっ! リボンを投げよう」と言ってくれた。最後に、照れながらツーショット・ポラも撮っていた。愛美さんがはしゃいで喜んでいたのが無性に嬉しかった。

 

 私にとってのラスト・ステージ。これまでの思い出が走馬灯のように流れ出した。途中から、私は涙が止まらなくなった。滝のように流れ出した。これが私のさよならの言葉になっていた。もちろん愛美さんは気づいたと思う。人気稼業なので、応援する人は入れ替わるだろう。でも私はデビューからずっと応援してきて今を迎えることができた。変わらずに愛してこれたことを誇りに思う。

 愛美さんからのラスト・レターは心に沁みた。

「ここでまた再会できたことは何か意味があったかのように感じています。いつものように笑顔の太郎さんに会えてほんと嬉しかったです。デビューから支え続けてくれてありがとうございます。矢島愛美を愛してくれて、ありがとう・・・幸せになります。お元気で。」

 

 

 ふと、一周年のときのことを思い出した。デビューした新宿ニューアートに再び戻ってきたときに、ステージ上の愛美さんを見ながら、心の底から次の言葉が自然と浮かび上がってきた。

これまでもずっとそばにいたし、これからもずっとそばにいるよ

 手紙の最後に、この言葉を添えた。愛美さんから心のこもったお返事を頂いた。

「デビューから三日目の4/13に出逢って、早1年以上が経つんですね。たくさんの悩みを聞いてもらい、たくさんの喜びを共にしてくれました。涙が出るほど感激する言葉も頂いて、お陰で今日があります。元々手紙が好きだった愛美も、こんなにもやりとりするのは久しぶりでした。今も変わらず楽しいです。こちらこそ1年間ありがとうございました。2009年、ロック座2年生もどうか見届けて下さいね☆

メモリアルも楽しみですが、やっぱり手書きの文章が1番好きです。いつも時間を作ってくれてありがとう。最後の言葉、愛を感じましたよ。(中略) たくさんの愛情を受けて、ステージでの笑顔があり、感動があり・・・毎日、踊る作品が同じでも、全く違うステージを作り出しています。

今日は太郎さんを中心に、とても暖かいです。とても踊りやすいし、気持ちが入りやすい。やっぱり太郎さんが居てくれると違いますね☆」

 いつもそばにいると約束しておきながら、私の事情で、そばにいれなくなり本当に申し訳なく思っています。でも、ずっと大切で大切で大好きな踊り子さんでした。

 

 このエッセイを書きながら涙がこみ上げてきます。

 今週は浜で引退週を迎えていることでしょう。スト仲間のアイバさんに、浜で愛美さんに会うことがあったらよろしく伝えてねとお願いしました。引退週に応援に行けないファンをお許し下さい。

 愛美さんに出会えたのは必然でした。それを、愛美さんに、そしてストリップの神様に心から感謝したいです。

 

平成23年11月