MAYAさんとの出会いにひとつのドラマを覚えました。忘れたくない大切な思い出として私のストリップ日記にまとめてみました。ご披露するので一緒にドラマを味わって下さい。私とMAYAさんだけの秘蔵の記録です。
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踊りだけで私を夢中にさせる踊り子が現れた。彼女の名前はMAYA。
彼女はH21年11月16日、浅草ロックでデビュー。私はふだんポラのない浅草には行かないのだが、たまたま一押しで応援している矢島愛美さんが初の浅草出演ということで11月28日に観劇に行っていた。その週は新人二人が初お目見え。華麗なバレエを披露する花村沙知さん、同じくダンスの上手いMAYAさん。MAYAさんもバレエを習っていたと聞いたが、その時は棒を使った演舞を演じていて、新人ながらいい踊りをしているなという印象を受けた。
その公演では、私は花村さんのステージに一番惹かれた。しかし、実際に接してみないとファンになれるかどうか分からない。花村さんにしろ、MAYAさんにしろ、早くポラのある劇場で会いたいと期待した。ところが、なんと二人揃って関東ではなく私の元ホームシアターである仙台ロックに12月出演が決まった。11月に仙台を離れたばかりの私にとっては皮肉な話だった。仙台ロック常連が関東に遠征してきたときに、花村さんが記録的なポラ売上げで仙台ロック社長を喜ばせているという話を聞いた。ポラが全く売れないことで有名な仙台ロックで一日に200枚を売り上げたというのだから驚いた。平日でも100枚以上売れていたらしい。浅草で花村さんを気に入ったファンが大挙して仙台ロックに押しかけた模様。仙台ロックもこうやって人気のある子を関東の劇場より早く持ってくる等うまく興行すればポラが売れることを証明したようなもの。早く花村さんとMAYAさんに会ってみたいと思った。
MAYAさんは仙台ロックの次は翌年1月中の浜劇に出演が決まった。早速、私は会社帰りにMAYAさんのステージを観に行った。
浅草で見た通り、踊りのセンスがいいなというのが第一印象。ただ浜劇は狭いので、踊りの上手い方には不利で、MAYAさんの良さは十分出ているとは言えない。MAYAさんは25歳の成熟した女を感じさせるいい女系。私にとっては容姿や踊りよりも、まずは仲良くしてくれる人柄かどうかがファンとして応援するポイント。
ポラタイムで接したとき、この子はクール・ビューティだと直感した。いい女系特有の雰囲気を持っている・・・プライドが高いのか、一種の壁みたいなものを感じて、すっと溶け込める気がしなかった。初対面だから、すぐに親しくなれるわけではない。ただ彼女には、どこか翳りというか憂いというか、そんな内面性をもっている印象を抱いた。この点は後で詳しく述べる。
さて、仲良くしてもらえるかどうか、手紙でMAYAさんの心のドアをノックしてみる。デビューの浅草公演を観に行ったこと、彼女のダンスが素晴らしかったこと等を手紙に記した。しかし、何度もドアを叩くも、なにも反応がない。私の手紙が面白くないのか、あるいは私そのものに関心がないのか。ポラにはただ「応援よろしく!」とコメントしてある。応援してもらいたいのは当然だろうが、私と仲良くなりたい気持ちは見えない。私にはMAYAさんの心が見えなかった。私は心を感じさせてくれない限り、ファンとしては応援しない。仲良くしてくれる気配を感じないまま二日間通って、私はそれ以上彼女にのめり込まなかった。
次にMAYAさんが関東の劇場にのったのは、浜劇から三ヶ月経った4月後半の新宿ニューアート。その公演では、私はMAYAさん目当てというより、他のお気に入りのお姐さんやデビューの新人さんを応援するつもりで足を運んだ。
私はポラを買うときには必ず手紙を渡すので、手紙をたくさん準備していた。MAYAさんに対しても、三度目の正直みたいな気持ちで、渡す手紙の内容を考えた。そしてダンスについての話題に決め、MAYAさんのことも取り上げた。今回、この手紙で何も反応がなかったらもう彼女を応援するのは諦めようかと思っていた。その週は、今後応援するかどうか、私の中でMAYAさんの位置づけを決める週と考えていた。ただ期待度は低いなと感じていた。
4月19日、会社帰りにSNAに向かう。木更津からだと高速を飛ばしても途中渋滞で一時間半以上かかるので、トップのMAYAさんの三回目ステージには間に合わない。ラスト四回目に、久しぶりにポラを買う。
私の顔を見て「お久しぶりです。浜劇ぶりですね。」と話しかけてきた。私のことをおぼえてくれていた。ポラ対応は好印象。その日はポラを預けて帰った。
二日後の4月21日、同じく会社帰りだったが、信じられないほど渋滞がなく、1時間弱でSNAに到着。18時直前に入場したら、ちょうどMAYAさんのポラタイム。私は満を持して用意していた手紙を渡した。さて、なにか反応があるか。期待せずに待つことにした。
ところがところが、運命的な反応があった!
たまたま私が手紙の準備をするために一人でラウンジにいる時に、楽屋から出てきたMAYAさんが私のことを見つけて、笑顔で話しかけてきた。私の手紙がとても面白かったし、自分のことを書いてくれて凄く嬉しかったと言う。そして、自分のダンス観を話してくれた。少しの間だけだったけど、私は心底嬉しかった。しかも、その後、受付で彼女からのサインポラを受け取ったらポラ裏にびっしりコメントが入っていた。彼女がようやく私に心のドアを開いてくれたのを感じた。
その次のステージから、私は嬉しくて満面の笑顔で彼女の踊りを見ていた。盆周りに座って真剣に見ている私に対して、彼女も微笑みながらアイコンタクトをくれるようになった。ダンスと笑顔と手紙がスパイラルに絡み合い、私と彼女は踊り子とファンとしてとてもいい感じになってきた。お陰で、ダンスだけでなく、ヌードも含め彼女の全てが輝いて見えた。
次の4月29日に応援に行った時、その実感はますます高まった。
私はふと気づいた。彼女のステージがとても明るくなっている。正直言って、彼女は明るいタイプではなく、どこか翳を感じさせるタイプ。私が思うに、その翳は次の点から醸しているのではないか。ひとつには女性特有の警戒心。女性なら誰だって知らない男性には用心するし、何回か通って顔見知りになって初めて相手をしてくれるもの。もうひとつはダンスに対する熱い芯。客対応より、まずは踊り第一。だからこそ、ダンスのことを理解してくれた私に対して心を開いてくれたわけだ。「ダンス中に太郎さんの笑顔を見て癒されてます。」「太郎さんが応援してくれると、なんか元気になるよ。」 私の顔を見ると自然に明るくなるようだ。私の応援が励みになるなんて、ファンとしてこれほど嬉しいことはない。
私は完全にMAYAさんの魅力にはまった。私はラウンジでMAYAさんに長い手紙を書いた。私は夢中になればなるほど勢いで手紙を書き出し、文量が増していく。手紙の内容はこのエッセイで書いたことがメイン。‘翳がある’という表現がいいのか悪いのか、万一性格が暗いというふうに捉えられて気に障ったらまずいなと気になったが、結局そのまま書いて渡した。いろんな意味で、彼女の関心をひけるかどうかの勝負手紙となった。
翌日4月30日、楽日。GW中につき仕事が早くひけたこともあり、MAYAさんの三回目のステージに余裕で間に合った。ポラ時「昨日頂いた手紙、すごく嬉しかったです」と言ってくれたMAYAさん。気に障ってないことが分かりホッとする私。その後、受付で昨日のサインポラを受け取ったら、私の手紙に対するMAYAさんの返事がコメントされてあった。
「‘翳のある’っておもしろい表現だね。でもよくミステリアスと言われるよ。たぶん、私、在日韓国人だからかな? 色々な経験があったり、けっこう日本を外側から見てる所があるからかなと思ったりします。そういうのが、私自身を作ってる気がする。何か表現したいという思いが強いと思います! 」
私はこれを読んだ瞬間、MAYAさんが私に対して完全に心を開いてくれたと実感した。心が触れ合えた感激に胸が詰まりそうになった。私はMAYAさんのファンに完全に落ちた!!
今回の公演では、MAYAさんは後半に新作を出した。ラテン系?、フラメンコぽくもある、素晴らしいダンスを披露してくれた。彼女の踊りの真骨頂を感じた。私は目を奪われるほど感動した。ダンスの感想については、もう少しMAYAさんから解説してもらって別途まとめたいと考えている。
私は今回、MAYAさんに魅かれていく過程の中で、MAYAさんのステージがどんどん明るく輝いていくのを肌で感じた。私の応援が励みになったというなら、私と同じようにMAYAさんのステージを理解してくれるファンを何人か掴んだら、いつも明るく輝くステージができることになる。
私は彼女に次のように手紙で話した。
「私がステージを見ているだけで凄く気持ちよく踊れる、と言ってくれて嬉しかったよ。実際、ステージを見ていて凄く良くなってきたよ。それなら、私のようなファンを何人かつかまえたらいいね。そうしたら、ずっと気持ちよく踊れるもんね。」
楽日にMAYAさんのステージを見ていたら、すでに沢山の熱烈なファンがついていることが分かった。ステージ後に「MAYAさん、最高!」と叫ぶファンもいた。私のアドバイスはまったく杞憂のようだ。
本当のファンというのは、お気に入りの踊り子さんがステージの上で輝くのを心から願うものです。私もその一人になりたい。
平成22年4月 SNAにて
