H21年9月頭の仙台ロック、安藤アゲハさんの新作を拝見した。

全体的に異国情緒なイメージを受けた。最初の衣裳は白地に赤い模様が施されていたが、私はスカートの後ろに赤いコサージュが付いているのが気になった。当日は二個出しで、もうひとつの出し物が「チャップリン」、その衣裳にもおしりの所に薔薇のコサージュが付いている。それがアゲハ・ファッションのひとつの特徴なのか、私の印象に残った。

曲は全て洋盤、最後にエルトンジョンの名曲「Your Song」の‘ワンダフル・ライフ’とい歌詞がとても印象的に響いた。

 

 これらを材料にして、ひとつのドラマが浮かび、私はその中に浸った。

 今回は、そのドラマそのものを新作の感想にした。

 

 

 

 

 題名は『紅ホタル』・・・

 

 私は、あるヨーロッパの都市に来ていた。

 100年に一度という大不況の煽りから事業に失敗してしまった。社員10人ほどの小さな会社ではあるが、社員とその家族を路頭に迷わせてしまった責任を感じると、社長として居たたまれない気持ちになる。有り金を全て持って、日本から逃げるようにヨーロッパに来た。

 ここは地球の裏側だ。夜逃げ同然に来たのだから、行く当てがあるわけではない。もしかしたら死に場所を探しに来たのかもしれない。

 

 今年の日本は夏がなかったな。長い梅雨の時期が続き、鬱陶しい気分のまま、もうお盆が過ぎていた。8月下旬というのに、もう秋の気配を感じる。

 暑い夏がないとやはり淋しい。今年は、仕事も天候も熱くなれずに過ぎてしまった。

 

 ここヨーロッパも、もう秋の季節。しかし、日本と違い、からっとした秋空が広がっている。

 私は、ぶらぶらと街の中を散策した。大通りから路地に入ると、レンガ敷きの狭い道があった。両脇の建物も古いレンガ造り。どこか圧迫感はあるものの、今の自分にはこういう空間が似つかわしいと思えた。

 

 道の向こうから、一人の少女が急ぎ足で歩いてくる。赤毛をシャギーカットした、小柄で色白なかわいらしい娘だ。

 狭い道をすれ違ったとき、ニコッと微笑んだような気がした。私は振り返って少女を見た。白地に赤い刺繍の模様が入った洋服。白いスカートのお尻の部分に真っ赤な薔薇のコサージュが付いているのが印象に残った。彼女は後ろを振り返ることもなく、どんどん後姿が小さくなっていった。

 

 どのくらい街の中を歩き回ったか分からないが、日が高くなった頃、ある広場に出た。

 その広場の中央で、一人の少女が踊っていた。

 あっ! あの時の少女だっ!!

  私は近くのベンチに座って、彼女が踊るのを眺めていた。お尻の薔薇が彼女の身体と一緒にくるくる回るのが楽しい。踊りの基本ができているのか、見ていて飽きない。なによりも、明るく一生懸命に踊る姿を見ていて、彼女がとても踊りが好きなんだなぁと伝わってくる。小柄なので大きな劇団には入れないのかなぁなどと勝手な空想をした。

 踊り終わったときに、私は拍手をしながら近づいて、チップを渡した。外国語は苦手なので、にこっと微笑んで握手をした。彼女はペコリと頭を下げ、そのまま立ち去った。

 

 その晩、私はパブにお酒を飲みに出かけた。パブの奥の方では、ストリップ・ダンサーがポール・ショーを演じていた。

 私は近くで見たくなって、ポールの側に寄った。

 あっ! あの少女だっ!!

  白いシュミーズ姿なのに黒いハイヒールを履いている。そのアンバランスさがやけにセクシーさを醸している。そして、あの薔薇のコサージュがお尻のところに飾ってある。

 私の強い視線を感じたのか、少女はすぐに私に気づいた。ウインクをして、そして私の近くまで寄ってきて、妖しく腰を振ってくれた。私は下着にチップをはさんだ。

 彼女が踊り終えてステージから奥に消えたとき、私はウエイターを呼んで、彼女と飲みたいと交渉した。

「ホタルちゃんですね。話してきます」 そう言って、ウエイターは奥に消えた。

 ウエイターが戻ってきて、私の耳元に囁いた。

「ホタルちゃん、OKのようですよ。場所を変えたいと言って、今すぐ店の外で待っているそうです。」

 精算を済ませて店を出たら、彼女が待っていた。

 

 すぐ近くのワンショット・バーに入った。

「今日は朝昼晩と三回会ったね。君とは縁がありそうだと思って誘ったんだ。迷惑じゃなかったかな?」私は話を切り出した。

「ううん。お昼のときも、先ほども、私の踊りを一生懸命に見てくれて、すごく嬉しかったよ。」彼女は答えた。

「どうして、ストリッパーなんかやっているの?」私は尋ねた。

「お母さんが寝たっきりの病気なの。私が働かないとね。でも、踊りが好きだから、全然平気よ。」彼女は片目をつむった。

「ところで、どうしてホタルちゃんって言うの?」私は重ねて尋ねた。

「みんなから紅ホタルって呼ばれているの。いつもお尻のところに真っ赤な薔薇のコサージュを付けているからね。

 私ね、ホタルが大好きなの。ホタルは光を発してキレイでしょ。ただ、光を発するということは目立っちゃうから、鳥や蛙などの爬虫類に狙われやすくなる。危険と隣りあわせで光を放つわけね。でもね、ホタルは大好きな人を呼び寄せるために命がけで光を発するの。そして、好きな人と結ばれたらすぐに死んじゃう。たったひと夏の命を目いっぱい輝かせて死んでいくんだ。そんな生き方もステキだと思う。

 私もね、ホタルのように、どんなに短い間でもいいから輝いていたいの。少なくとも、今の私は、踊っているだけで、とてもワンダフルな気持ちになるの。」

 

彼女の話を聞いているうちに、自分が情けなくなった。こんな若い娘が親の病気のために頑張っているのに、今の自分は命を捨てることばかり考えていた。私も50歳を過ぎてしまったが、まだまだ頑張れる。

生きよう!そして、もう一度、一からやりなおそう!

 バーを出て、彼女にチップを渡した。「君のお陰で、今日は私にとって特別な1日になったよ。付き合ってくれて本当にありがとうね。」

 彼女は私に薔薇のコサージュを差し出した。「記念にあげるね」と言い残して、彼女は立ち去っていった。

‘人生はワンダフルかな’ 私は薔薇のコサージュを握り締め、何度もつぶやいた。

 

                                    おしまい

 

 

平成21年9月                          仙台ロックにて