今回は「自分のイメージを残すということ」を真面目に考えました。

 

先日のセナさんの手紙にあったおじいさんの話が印象に残りました。最初は成人式に出まいと考えていたセナさんが、鼻にチューブを入れて先が長くないという祖父を見て、着物を着せたいとお金を出してくれた祖父の気持ちに応えて、成人式で晴れ着姿を披露。家族みんながセナさんの晴れ着姿に感激し涙した。セナさん、いい孝行できたね。そして、変な言い方で申し訳ないけど、いずれ天国へ旅立つ祖父への最高のお土産になったと思ったよ。

 

 孫というのは掛け値なしに可愛いもの。孫が成人式を迎えて、祖父が晴れ着を買ってくれるという話はよく聞く。実際、私の妻も30年近く前に祖父から200万円の着物を買ってもらい、そしてその着物をまた私の長女が今年の成人式で着た。

 祖父は孫に高価な着物を買い与え、その晴れ着姿を目に焼き付けて記憶に残す。また、孫にとっては高価な着物を買ってもらったという形で祖父の存在を再認識し記憶に残す。お互いの記憶データにプリントされ、それがいい思い出として残る。

 

 このことを遺伝子学から考えるとこうなる。

 人間を始め、この世に生を受けている生き物の至上命題は子孫繁栄にある。そのため、自分の遺伝子を残すことが本能として組み込まれている。それが性欲であり、恋愛の源となる。

 祖父は自分の孫を見ることで、その願望を果たしたことに満足する。しかも、孫娘が美しくなることで異性の関心を引き、更に自分の遺伝子が引き継がれやすくなることを望む。そのために、高価な着物を買い与えたくなる。

 

 人間はそもそも‘残すこと’に本能的な執着をもつ。

 自分の名誉を、自分の作品を、後世に残したい。自分が生きた証を残すことが最高の喜び。もちろん子孫を残すこともそのひとつ。歌手は自分の歌をたくさんの人の耳に残したい。画家は自分の絵をたくさんの人の目に残したい。作家は自分の作品をたくさんの人の心に残したい。AV女優は自分の美しい裸体をたくさんの男性の目に残したいと思う。

 踊り子であるセナさんは、自分の美しい裸体を直接男性の目に焼き付け、綺麗なイメージを男性の脳内に残したいと思う。私はそれを全身で感じ、自分の脳細胞にセナさんの美しいイメージをイップットさせた。また私が、こうやって手紙を書いて、セナさんに渡しているのは「私は他の客とはちょっと違うよ。単なるエロ親父ではないよ」とアピールしたいから。そして大好きなセナさんの脳裏に自分の存在を美しくプリントしたいと思うから。

 恋愛という作業の全てが相手の心の中に自分のキレイなイメージをプリントすることに終始する。そして、お互いにキレイなイメージができた時点で恋愛は成就する。恋愛に限らず、全ての人間関係、全ての仕事、まさに日常のひとつひとつが相手の脳内に自分の存在(イメージ)を残す(プリントする)作業なのである

 

  生きるということは、自分のいいイメージを必死で相手の心の中に残そうとする様(さま)と云える。

 物事には最初からこれは絶対だというものはなく、全てイメージとして認識されているにすぎない。例えば、「この人はいい人だ」といっても他の人から見たらいい人に見えないかもしれない。また「この女性はキレイだ」と思っても、全ての人が美しいとは思わないかもしれない。だからこそ、人は自分のいいイメージを与えたくて必死で努力する。

 

 人はイメージの中で生きている。この人はいい人、これは美しい、等等、そうした沢山のイメージの海に人は浮かんでいる。

 いいイメージをたくさん持って、たくさんのいい思い出に昇華できている人は、それだけ心がキレイで、幸せな人生を歩んでいるのだと思う。合わせて、多くの人々の心の中に、自分の美しいイメージを残すことができるように努めたいものだ。

 

 

平成22年3月                               浜劇にて