今回は、ロックの踊り子、聖京香さんのステージを「サムライ・ストリッパー」と題してレポートします。
H26(2014)年3月21日(金、春分の日)、仙台ロックに遠征した。
夜行バスで早朝六時少し前に仙台駅東口に到着すると、一面まだ雪が残っていた。「路面が凍結している可能性がありますから足元に気を付けて下さい」という運転手の声。路面に雪がうっすらと積もっていて、滑らないように気を付けて歩く。雪は昨日から降っているようだ。もうすぐ四月になろうとしている今日この頃、南からはもう桜の開花が聞こえてきているのに北国の春はまだ遠いようだ。
すぐに、いつものように仙台ロックの近くにあるインターネット喫茶に行く。そこで昨日まで通っていた渋谷道劇のレポートを書き上げる。
お昼過ぎに場所取りのために仙台ロックに向かうと、雪が激しく降り出した。雨雪なので地面に積もらず、すぐ溶けてべしょべしょ状態。仙台ロックには従業員の川田さんが開演の準備をしていた。今日は開演するよねと尋ねると「このくらいの雪なら開演するでしょうが、雪が続いて更に風が出てきて電車が止まり出すと二回公演になる可能性もあるね」と川田さんが言う。実は、昨夜のうちに仙台ロックに確認の電話を入れており、社長が出て「明日はやります」ときっぱり答えてくれたので安心してやってきた。
今日が初日なので仙台にやってきた踊り子さんは皆、この雪に、この寒さに驚いていた。
当日、次第に日が照ってきて暖かくなる。途中で公演が中止になる怖れはなくなる。
今週の香盤は次の通り。①聖京香、②白砂ゆの、③友坂麗、④HIRO、⑤加瀬あゆむ〔敬称略〕。全員ロック。
トップは聖京香さん。お正月の大和ミュージックにご挨拶に行ったのを思い出す。それ以来の再会になる。
京香さんは、この三月頭で11周年を迎えたばかり。
今回の出し物は、和物「士(サムライ)」。
最初の出だしが黒田節で始まる。
衣装は白袴。上着は白。袴は縦縞模様。エンジ色の帯の上に、縦縞模様の紐で縛る。黒い腕輪。白足袋。髪は後ろに一本に縛る。
水色模様の扇子を器用に使って、荘厳な踊りが続く。最後に、白い布を羽織る。布には大きく「士」と墨書きされている。よく見ると、厚手の布で、裏にも竜の絵が墨書きされている。この布が後の踊りにもちょくちょく使用される。
次のステージの流れとして、縦縞の袴を脱ぐ。白いパンタロン風のズボンが現れる。エンジ色の帯がくっきり表れる。また、白い上着の右肩を脱ぐと黒い晒(さらし)が見える。最後に、上着を全て脱ぐ。
髪の結びを解き、髪を長く垂らして、「サムライ・ベイビー」の曲にのり軽快に踊る。
最後は、薄い黒色の長襦袢姿で現れる。長い袖が付いている。首周りに黒い襟巻がある。そして、ベッドショーへ移る。この色香は、やっぱ大人の女じゃないと出せないね~♪
忌野清志郎の名曲「雨上がりの夜空に」をバックにしたノリノリ・ベッドは最高だね。
最後の最後に、竜の絵が墨書きされた面を出して布を羽織ったまま照明が落ちる。まるで「私は11周年を迎えたけれど、これからもまだまだ竜のように天高く上るのよ」と言っているようだ。
京香さんのステージは、見応えがある。一言でいうと「玄人受けする味のあるステージ」。
私は、最初に拝見して「これが11周年作品なんだね」と確認した。この作品に込められた京香さんの想いとは何なのだろうか。
次の回のポラ時に「この演目名は何?」と尋ねたら、逆に「何だと思う?」と聞かれた。私はすぐさま「サムライ」だねと答えた。黒田節とも考えたが、全体としては「サムライ」が正しいだろう。なによりも「サムライ・ベイビー」という歌詞が頭に残っていた(笑)またオープン曲も「サムライ・ロックンロール」という歌詞がありますね。それぞれの曲名を教えてくれませんか。
オープンでも、「士」とプリントされたTシャツを着ていたね。
初日に同じ演目が四回観れたのがよかった。観る回数を重ねる毎に、どんどん作品の世界にはまり、いろいろなことが頭の中を駆け巡り始めた。
四回目ポラ時に、「『士』と書いて『サムライ』って読むんだよね」と聞いたら、にこっと微笑む。京香さんは自分の作品に興味をもってくれたのが嬉しかったのか、雄弁に話し出した。・・・
「10周年のときに、11周年には『士』をやろうと考えていたの。士には十一を重ねているのよ。次の12周年には『干支(十二支)』をやるつもり、そして、その次の13周年には『ゴルゴ13』と続くの(笑)。13周年までやれるかしら?」
ジョークと言っていたが、士に11を重ねたことに、言葉遊びの好きな私は大感激した。しかも、その次の12と13まで考えていることに感動した。たまらなく深いよ!
私の頭は瞑想を始めた。
日本人は、士(サムライ)の心を忘れてはいないかなと自問してみる。
ふと、ルース・ベネディクトの名著『菊と刀』を思い出した。これは戦時中、相手国の日本文化を研究するためにまとめられた文化人類学上の研究書。恩や義理など日本文化固有の価値を分析している。有名なのは、欧米人は聖書に代表されるように内的な良心に対して罪を感じる『罪の文化』であるのに対して、日本人は「恥を知れ!」など外部の目や批判を意識する『恥の文化』であると定義している点。若い頃に読んで感銘したのを思い出す。
日本人には、儒教文化圏としての礼節・礼儀作法が浸透している。また、特筆すべきは日本独特の美意識がある。わび・さびもそのひとつで、質素を重んじる風土が根付いている。居住や家具類など、また生き方そのものにも影響している。それが「士(サムライ)の心」なのだろう。
翻って、今の日本を見れば、質素を重んじるどころか、金銀・ブランド物に目がくらみ、恥を忘れた行動に走るニュースが連日後を絶たない。「士(サムライ)の心」なんて当に忘れ去られている。
「士(サムライ)の心」と書いて「志(こころざし)」と読む。志をもった生き方をしたいものだ。
ストリップというのは日本文化のひとつと思いたい。女性の裸に、最高の美を感じ、人間の本能である性を楽しむ。踊り子は喜んでエロスを提供し、男性客がそれを享受する。女性にエロスの提供を強制するのは問題だがそこは商売として成立している。生活の糧として楽しむ、ささやかな庶民の遊び。ショーとして楽しめるので、踊り子と客が一緒になって時空を共有できる。そこには貧富や年齢の差はない自遊空間。
私は、京香さんのステージ「士(サムライ)」を観ながら、そんなことを感じ始めた。なんて奥が深いんだろうと感動してきた。
京香さんの作品は、内容が和洋ともに多彩だし、観ていて唸らされることが多い。さすが11周年を迎えたベテランの域である。
11年間、第一線で活躍しているのがうなずける。彼女はステージが良いだけではなく、性格が良いので、ファンがたくさん付いている。彼女を慕うお姐さんも多い。もう引退してしまったが姉妹のように仲良しの早坂裕希さんは「京香ちゃんは年下だけど頼りがいがあるお姉さんタイプ」と言っていたなぁ。
京香さんと昨年は七回お会いしている。
10周年作品も素晴らしかったが、昨年の暑い夏に今はなき若松劇場で拝見した花火の出し物がとても気に入っていた。三日間通ったほどで、京香さんの浴衣姿に惚れ直した(笑)。ちょうど10周年だし、このときにレポートを書きたかったが間に合わなかった。そのとき「観劇レポも書いているんですね。いつか私のも読んでみたいなー。」と言われた。
ずっと気になっていたので、今回の仙台ロックで初の京香レポートに挑戦してみようと決意して遠征してきた。これだけたくさん会っているのに11年間でまだレポートを書いてないというのも失礼なことでした。(まだ書いていない人はたくさんいますが(笑))
聖京香さんはH15(2003)年3月1日新宿ニューアートでデビュー。私は最初に川崎ロックで三回程お逢いしたがそれから二三年会わず、再会したのはH18年に入って仙台ロックで。あの時「もう辞めちゃったのかと思っていたので再会できてすごく嬉しい。もしかして京香さんは地方劇場専門なのかな~」とまじめに考えたほど(笑)。当時、私は仙台に単身赴任したばかりで、仙台ロックで頻繁にお会いするようになる。
それから数多くの劇場でお逢いしている。H21年4月後半に浅草ロックに入場した瞬間、着物姿の踊り子さんが演技していた。「あれっ!? こんな綺麗な方が出演していたかな?」と思ったら聖京香さんだったという笑える(?)思い出がある。関西では京都DX東寺でも会っているね。
実は京香さんと会うのが今日で93日目にあたる。もうすぐ100日目。私は100日目を越えた踊り子さんは私のストリップ殿堂入りと称している。つい最近、ロックの吉沢伊織さん(いおりん)が私のストリップ殿堂入りして喜んでくれた。京香さんもカウントダウンだよ。
ロックには太郎チルドレンがたくさんいる。私からの手紙をエサにして成長してくれた踊り子さんのことを私が勝手に命名している。彼女たちに会うといつでも笑顔で迎えてくれるのですごく楽しいし、彼女たちこそ私の大切な財産なんだ。そして、ストリップ殿堂入りした踊り子は完璧なる太郎チルドレンになる。京香さんもレポートを書いたからには太郎チルドレンを否定しちゃダメだよ~(笑)。
平成26年3月 仙台ロックにて
『龍になったサムライ –龍馬伝-』
~聖京香さんの11周年作「サムライ」を記念して~
古来、日本人の心には、義理・人情を重んずる風土を反映して、無意識のうちに「士(サムライ)の心」が培っていった。
それを歴史上、はっきりと発現した一人が坂本龍馬であった。
龍馬には「今の日本を変えなければならない」という強い信念があった。「士の心」は「志」に通じる。
龍馬は脱藩して、あえて士(サムライ)という地位を捨てた。藩という拘束から自由の身となった龍馬は、東奔西走し、自分の志を説き、そして同じ志を持つ仲間を集めた。
しかし、現行の幕藩体制を守ろうとする勢力の反発を買い、彼は道半ばにして暗殺されてしまう。
しかし、彼の魂は龍になって大空を舞い上がった。彼の志は周りの空気を結集し雨風となり地上に降り注いだ。そして彼の気は激しい雷になって地上を打った。
龍馬を失った同志たちは、空の上から龍馬が応援してくれるのを感じた。
龍となった龍馬は、多くの同志の心に入り、鼓舞した。同志たちは命をかけて戦った。
そうやって成し遂げられたのが明治維新であった。
志は諦めなければ必ず成し遂げられることを龍馬は証明した。
おしまい

