今回は、ロックの鈴木千里さんとのH28年9月中の大阪東洋での再会について語ります。

レポートというより、かなり個人的なお手紙になります。

 

 

H28年9月11日(土)の初日、大阪東洋ショーで、ロックの鈴木千里さんと再会。私のストリップ日記によると、前にお会いしたのがH26年6月30日のDX歌舞伎だから、なんと二年三か月ぶりの再会になる。

あの時に、今度お会いするときには必ず千里さんのことをレポートしようと誓っていた。私は仙台ロックでお世話になった殆どの踊り子さんのレポートを書いている。仙台ロックにいた当時は書いていなくても、東京に戻ってきて再会し、どんどんレポートを蓄積してきた。当時のロックの踊り子さんは私のストリップ歴において大変に貴重なのものなので、私のストリップ日記にしっかり記憶しておきたい。ちょうど二年前くらいで、今までレポートしていなかった踊り子さん、吉沢伊織さん、加瀬あゆむさん、大友輝さん、藤崎茉莉花さん、夏木りりかさん、聖京香さん、空まことさん、清水愛さん等、仙台ロックで再会することの多かった方を中心にレポートを書きあげてきた。最後にどうしても書いておきたいと思った方が鈴木千里さんだった。もしかして私が踊り子図鑑なる本を出したときに鈴木千里さんが入っていないわけにはいかない(笑)。

憶えているかな? 前回のDX歌舞伎のときに、千里さんにMIKAさんのレポートをたくさん読んでもらった。そのとき千里さんが「太郎さんにこんなに想われているMIKAさんが羨ましい」と漏らした。そのとき私は次にお会いしたときに必ず千里さんのこともレポートするよ!と心に決めていたんだ。

そして、今回それが実現した。

なお、いつもなら、演じているステージを事細かく紹介するところだが、今回は私の千里さんに対する想いを中心に書かせていただきます。

 

千里さんの容姿は二年前、いやデビュー当時と全く変わっていない。

千里さんはH21年2月1日に新宿ニューアートでデビューし、私はその初日に仙台から遠征してお会いしている。桜庭彩さんと同時デビューだったね。当時、私は仙台に4年間単身赴任しており、千里さんは私の単身赴任最終年度にデビューしたことになる。その年のGWの目玉として仙台ロックに初出演されて私は大喜びしたのを鮮明に憶えている。

デビュー当時二十歳だったけど、今や早くも八年目になってベテランの域に達してきたね。でも外見は当時と変わらず若々しい。

千里さんの最大の魅力は、かわいいルックスにある。彼女の顔立ちは当時絶大な人気を誇った林泉水さんによく似ていると言われ、いわゆる男好きするタイプ。男を夢中にさせるルックスなのである。(ちなみに林泉水さんはロック経営者と結婚したらしい)

また長身でプロポーションが抜群。3サイズがB84.W59.H83と公式に発表されているが実際には数字以上に見栄えがいい。

そのうえ、ダンスが上手いときた。デビュー当時、ガールズ系のダンスを習っていたと聞いたが、ことダンスについては最初から出来上がっていた。踊っていると惚れ惚れするほどかっこよく様になっている。まさに踊り子になるべくしてなったというタイプ。

さらに性格もいいんだな。ポラのときに接するとフレンドリーに接してくれるので気持ちがいい。すぐに好きになってしまう。

これだけ心技体三拍子すべて揃った完璧な踊り子はいない。

一見、高嶺の花的な存在なのだが、彼女の場合は仲良くなれる高嶺の花なんだな。いずれにせよ、千里さんは私にとってデビューから憧れの君でした。

 

そんな千里さんだからストリップ界におけるスター街道まっしぐら。・・と思いきや、そうでもないかな(? 失礼!)

彼女には、私が私がという出世欲を感じない。H23年3月11日の東日本大震災があった時に、岩手の実家が被災され、踊り子を休業していたと風の噂に聞いていた。いつの間にか復帰されていたが、やはり一時業界から離れたことも影響しているのかな。

それでも、久しぶりに拝見した千里さんのステージは眩しいくらいに輝いていた。やはり現在のロックのトップスターであることは疑いないこと。東洋での宣材ポスターの扱いもそうだね。

 

さて、今回の再会でショッキングなことを話そう。

初日二回目のポラ時。(初日の一回目はポラサインがないので二回目になった)

久しぶりに再会した千里さんの第一声「太郎さん、仙台ロックなくなっちゃったね~!」私の顔を見た瞬間に悲しそうな表情を浮かべて言った。

私のことが仙台ロックに見えたんだな!!!

実際、私のことを仙台ロックそのものと思ってくれる踊り子さんが多い。雪見ほのかさん、黒崎優さん、杏野るりさん、瀬能優さんなど沢山いる。彼女たちは皆「私のストリップの戦友」みたいに感じている。

今回、千里さんも私のストリップの戦友の一人なんだとしみじみ思ったよ。

 

私が仙台にいた10年前から、経営難の仙台ロックは閉鎖の憂き目に何度も遭う。しかし、踊り子のコース確保から経営を続ける方針になっていた。その方針が今回ロックの経営層の変動で変わったらしい。なんとか継続できないものかと期待していたが、仙台ロック社長が交渉するも8月で閉鎖が確定。

8月結に、久しぶりにロックのスト仲間と大阪東洋で会ったときに、お盆に仙台に帰郷してきた彼から仙台ロックの状況を聞いた。スマホの写真から、劇場内部が解体され、劇場の看板も降ろされているのが分かった。電源が完全にシャットアウトされているらしい。再開は絶望だ。

 

この閉鎖になる6月結の仙台ロック最終興行に鈴木千里さんが出演されていた。「仙台ラストにのってましたよ~。無くなるのなんて全然知らなくてビックリしました(汗)」との千里さんのコメントに驚く。このときのショックが私への第一声につながったのだろう。

思い返せば7年前、H21年10月末で4年間いた仙台を離れるときに、私は「さよなら仙台ロック」というレポートを13編にわたって書き綴った。かなり思い入れの強いレポートになっている。今後は関東のロック館を中心に回るので仙台に来ることはもうないだろうと考えていた。ところがH24年12月から3年ぶりに仙台ロックに遠征するようになった。このときも「3年ぶりの仙台ロック」シリーズとして11編にわたって書いている(笑)。とにかく私にとって仙台ロックは思い出深い劇場。いずれ必ず本にしたいものだと密かに考えている。そのときには千里さんに贈呈するね。

 

話は変わるが、私事。この6月末で34年間勤めた会社を辞めた。只今、ストリップ浪人中というところ(笑)。

実は、自分から進んで会社を辞めたわけではなく実質は首を切られた。ネットで誹謗中傷に遭い、会社名をばらされて、心無い人から会社にストリップ通いを通報されてしまった。ネット社会は恐ろしい。最悪の犠牲者になってしまった。内部統制に厳しい会社のため、ストリップ通いを止めなければ懲戒解雇にすると脅かされ、結局は退職金をもらうために自己退職に追い込まれた。

いずれ再就職しなければならないが、今は失業ショックもあり、立ち直れないでいる。しばらくはストリップ浪人しようと、今回もこうして大阪に来ている。

本当は、仙台ロックがあったら、喜んで仙台に遠征したいところ。それなのに丁度タイミング悪く仙台ロックが閉鎖してしまった。辛くてたまらない。それでも仙台ロックの従業員さんや常連さん達の気持ちを考えたら、まだ私の方がいいのだろう。関東にはたくさん劇場があるし、大阪にもこうして遠征できる。ちなみに、田島社長は引退し、従業員のブッチャーは丁度60歳になり実家に帰り、また従業員の川田さんは建設会社に再就職し土方をしているらしい。失業したばかりの私にはいたたまれない気持ちになる。

若松劇場等どんどん劇場が少なくなり、今年も仙台ロックを始め閉鎖が続き、広島第一とTSミュージックは来年1月に閉鎖する。4年後の東京オリンピックまでにストリップは維持できるだろうかと不安がるファンや踊り子は多い。気持ちがどんどんシュリンクしていく。

今回、千里さんと会い、改めて仙台ロックがなくなった事実を思わずにいられなかった。「さよなら仙台ロック」と叫びたくなる。

 

 

最後になるが、今回の東洋公演について触れておきたい。

香盤は次の通り。①坂上友香(東洋)、②清水愛(ロック)、③榎本らん(東洋)、④鈴木千里(ロック)、⑤高崎美佳(ロック)〔敬称略〕。

ロックの清水愛さんとも昨年8月結の仙台ロック以来、1年ぶりの再会。ロックの新人・高崎美佳さんとは初顔合わせ。ロックはどんどん新人さんが出るねー。仙台ロック始め、乗る劇場が少なくなってロックの踊り子さんも大変だと思う。

 

今回の大阪東洋では、鈴木千里さんは2個出し。

ひとつは、黒い背広でバシッと決める男装もの。相変わらずダンスがかっこいい。

もうひとつは、和物。猫のお面をかぶり、楽しく観れた。

いつ観ても、千里さんはストリップの女神のようだ。

でも、オープンショーではボールを持ってきて観客とフレンドリーに遊んでくれる。

デビューの頃と何も変わらない。

 

 

平成28年9月15日                    大阪東洋ショー劇場にて