ロックの踊り子、長谷川凛さんの観劇レポートを「ストリップは二度泣く」と題して語ります。

 

 

  今年(H25年)のGW後半に、仙台ロックに遠征し、久しぶりに長谷川凛さんと再会した。

 ステージの上から私のことを見つけた瞬間から、心の中で会話は始まっていた。「わー!! お久しぶりだー。こうしてまた仙台で会えるなんて本当に嬉しい限りです!! 」「なんか懐かしくていいね~」 最初から会話が弾む。

 

 今回の仙台ロックでは3個出し。凛さんは昔から、我々ファンを楽しませようと、いつも数個出ししてくれる。ファン・サービス旺盛の姿勢は変わらない。

 私が演目について質問したら、丁寧に答えてくれた。

「今回の演目は、マシンガンがMarry、女教師がGTRです。Marryっていうのは踊ってるあの女の人の名前(笑)、GTRはグレートティーチャーりん、そのまんま(笑)」

「着物のはね、10周年作で『下弦の月』っていうの。下弦の月の日っていうのは人との別れがある日と言われているんだって。そして死んだ人がこの世に戻って来れる日でもあるそうです。とあるマンガをテーマにしたの。」

 全ての作品が凛さんらしくて凄く良かった。特に「下弦の月」はぐっと胸に迫るものがあった。以前、同じ和物で「狐の嫁入り」がお気に入りだったのを思い出した。

 凛さんは、今のストリップ界で一番男装が似合う。にもかかわらず、和物がこれまたいい。出し物の全てがいいのだ。何がいいのか、ステージを観ながらつれづれ考えてみた。

 凛さんはルックスがいい。きりっとした眼差しは、まるで宝塚のよう。しかも、男役も、女役も両方こなせる。顔だけでステージを演じられる貴重な踊り子さんだ。

 長身(164㎝)で、スリムで、スタイルがいい。

 ダンスも上手いし、演技がとてもいい。全てにおいて完璧だわぁ~!!!

これに対して、凛さんがこう返してきた。「スタイルがいいなんて全然ですよー。もっと太りたいって相変わらず思ってる。」 以前、凛さんが整形してバストが大きくなったときは驚き、どう反応していいか分からずにいた私に対して「どんどん突っ込んできていいわよぉ~(笑)」と言ってくれた。

 今回、ステージを観ていて、私がスタイルの良さに感激したのは凛さんのウエストの美しさだった。マシンガンのMarryでは臍出しルックだったから。女性のプロポーションの良さのポイントはウエストのくびれ具合で決まる。これが私の持論である。バストの大小ではなく、ウエストがきゅっとしまっていれば、おのずとバストやヒップがキレイに見える。手紙でそう切り返したら、凛さんから「なるほど! 重要なの、ウエストか!! 私はピラティスも趣味なのでインナーマッスルはけっこう鍛えてるかも! 体幹を鍛えるとバランスがとりやすくなってダンスも安定するんだって!」と返ってきて、話が弾む。

 最近書いたMY童話も読んでもらった。感想がすごく楽しかった。「ウエディングドレス」に対して「うーん・・・私のウェディングドレス・・・はたして着れるのでしょうか? もうかなり諦めの境地です(笑) 仕事が楽しいうちは結婚できないって誰かが言ってたな~(汗)」には苦笑。「王子とサボテン娘」に対しては「潮吹きね!  私、したことないんです。若干の憧れを抱いてますよ(笑)。ちなみにサボテン姫がまたがって水を与えた時、王子は黙って飲むだけだったのか・・・もしくは・・・気になる所です」思わず大笑い。

 最近のストリップで起きた事件や、ロックの他の踊り子さんの観劇レポート等、全てにしっかり反応してくれて、私は毎回毎回のポラが楽しくてたまらなかった。

 凛さんとは昔からのお付き合いだが、本当に相性が合うのだと思う。私のこともよく理解してくれている。今回、童話「しょうちゃんはプレイボート!?」を読んでもらい、「物語の『しょうちゃん』は太郎さんのことみたい。全ての女性が美しさを持ってることを知ってるって太郎さんが私達の良さを見つけてくれることのようです。」との感想を頂き、しっかり本質を掴んでくれているのが窺える。

 もっともっと、・・ずーっと話していたい踊り子さんである。

 

 凛さんは2003年1月16日にデビュー。10周年を迎えている。

 凛さんはH21(1999)年に6周年を迎えた時点で一度引退している。

H21年年明けの1月中に新宿ニューアートで、ポラ時に本人から突然、3月いっぱいで引退することを告げられた。私は次のステージを盆周りで観ていたのだが、急に涙が出てきて止まらなくなった。凛さんは、ステージの上で私の涙に驚いていた。

私はその翌週、また仙台から遠征してきて凛さんに手紙を渡した。それに対して、凛さんから丁寧な返事が返ってきた。「お手紙ありがとう。本当に本当に嬉しかったです。正直けっこう前は『踊り子はいっぱい居るし、自分が辞めたところで変わることなんて何もない』って思ったこともありました。でも太郎さんの涙を見て自分のことを少しでも心に刻んでくれてる人も居るんだって思いました。 私もすごく弱い人間です。この仕事をしてきて本当に辛かったり苦しかったりいろんなことがありました。でも自分を支え、励ましてくれるのもやはりこの仕事を通して出会った人。その全ての人に感謝します。残り2ヵ月、少しでも誰かの心に残るステージができたらと思います。太郎さんの涙、一生忘れません。ありがとう。」

私はこれまでも引退する踊り子さんに対して、何度も涙を流した。しかし、誰彼構わずに涙するわけではない。当然ながら涙する踊り子さんには特別の感情が伴う。それは何か!?

涙するかどうかは、愛の重さで決まると思っている。数々の思い出が愛を重くする。

涙する対象は、私のことを愛してくれた踊り子さんだけ。愛してくれたかどうかは極めて抽象的な表現であるが、これまでの数々の思い出がしっかり愛に重さをつけている。例えば、ポラでの文通など丁寧に接して頂いた方に対して、その優しさに感謝し、私や私の文章に対する愛情をしっかり感じている。私のことを好きじゃなければ返事なんか書けないと実感している。私はせっせと劇場に通い、何度も何度も手紙を通じた心の触れ合いをさせて頂く。心はしっかり相手のことを捉えている。

踊り子さんも同じ感情だと思う。たくさんの踊り子がいて、別に私のヌードでなくてもストリップは楽しめるはず。なのに、私のことを気に入って、足繁く劇場に通い、時に遠征までして、そして毎回ポラを買ってくれる。そのひとつひとつが愛を重ねていく。心は確実に愛を感じる。

だから、あの時も、凛さんのステージを眺めていたら、目の奥の方から、優しくして頂いた楽しい懐かしい思い出が津波のように押し寄せ、眼に涙が溢れ、そして流れ出した。あの感覚は親しくして頂いた踊り子さんしか抱けない。凛さんはまさに涙に相応しい踊り子さんだった。

 

 凛さんがH21年3月に引退し、私がH22年6月に凛さんが復帰したことは知っていたが、会う術はなかった。

 そして、H23年10月頭の京都DX東寺で、約二年半ぶりの衝撃的な再会を果たす。この時のことは前にも話したが、凛さんは京都で再会したことに大感激してくれた。

今回の私の仙台ロック復帰を心から喜んでくれた。

 

凛さんのプロフィールによると、1983年1月3日(やぎ座)生まれなので、それなりの年齢にはなってきたが(失礼!)、凛さんは昔からお顔はほとんど変わらない。今が一番年相応のお顔として輝いている気がしている。凛さんくらいの存在になれば、ファンも一緒に年を重ねているから、若くないからとファンを離れていくことはない。新人好きの私が言うのだから間違いないよ。(笑)

凛さんは、踊りのうまい中堅どころとして、これからのロックを牽引する立場にある。一度引退して復帰したからには、今度は簡単に辞められない。まだまだ頑張ってもらわないといけない。

でも、いつかは引退の日がやってくるだろう。そのときには、私はもう一度泣くと思う。

踊り子と一ファンとして、凛さんとはそういう仲なんだと感じている。

 

 

平成25年5月                           仙台ロックにて