ストリツプ小説『まぼろしの踊り子、まだ見ぬ君へ』
~稲川なつめさん(ロック所属)に捧げる~
Ⅰ.ある新人の広島デビュー
私は一枚のストリップ興行のチラシを眺めていた。そこには、なつめという新人デビューが掲載されていた。
AV出身で、すごい美人。宣材写真を見て、一目で気に入った。新人好きの食指が動く。
「是非とも観てみたいなぁ~。しかし、よりによって、遠く広島のストリップ劇場でデビューするのかよぉ~。」
私は東京のストリップ劇場をホームにして、毎日のように劇場通いしている。だから、ホームの踊り子さん全員と懇意にしている。また、これまで殆どの踊り子はホームでデビューし、私はデビュー週は必ず皆勤するほどの新人好きだった。
ところが、ホーム劇場の社長が広島の劇場社長に頼まれて、なつめさんのデビューは広島でやることに決まったようだ。広島としても特別興行を企画したいのだろう。
ホーム劇場の従業員たちが「なつめさんのデビューに広島に遠征してくれますよね」と声をかけてくる。新人好きの私のことを知っているので、当然広島まで行くものだろうと思っているようだ。
しかし、東京から広島までは遠いし、お金もかかる。私は、いろいろ考えて、会社に一日お休みをもらい土日と合わせ三連休にした。交通費を節約するために、関西まで深夜バスで行き、そこから新幹線で広島に向かう計画とした。大阪までの深夜バスだと、大阪駅から新大阪駅まで移動するのが手間なので、乗り換えの便利な京都駅までの深夜バスにした。
金曜日の夜23時に東京駅八重洲口から出発し、京都駅に早朝7時に到着。新幹線に乗り換えて広島に9時過ぎに着いた。広島の劇場は場所が分かりづらいので広島駅からタクシーで向かう。10分足らずで劇場に着いた。
Ⅱ.突然の新人欠場
先客が一人並んでいた。見たことのある顔だが名前は知らない。ストリップは狭い世界なのでストリップファンはどこかしかの劇場で会っているもの。軽く挨拶を交わす。踊り子まことさんのファンで、静岡から来たという。昨夜から広島に前泊していて、観劇は今日から三日間いるらしい。自分から大橋と名乗ってくれた。
ふと受付を見ると「本日は、なつめさんが体調不良のため欠場します」と張り紙がある。えぇ~!? 一瞬目が点になった。広島までやってきて、お目当ての子が欠場なんて最悪だぁ~(涙)。大橋さんが気の毒そうな表情(かお)で私を見る。
そこへ、別の顔見知りの客Aさんが顔を出した。挨拶もそこそこにAさんが語り出した。「昨日から休みをとって来たんですよ。ところが、お目当てのなつめさんが昨日から出ていないんですよ。」と気落ちした口調で話す。昨日は割引券をもってなくて正規の入場料金6000円を支払って入ったものの、三番手のなつめさんの出番前に、なつめさんの欠場がアナウンスされたようだ。入る前に教えてくれなきゃ~、これじゃ詐欺だよ!とこぼす。
AさんはなつめさんのAVを見ていて、なつめさんのことをよく知っているようだ。私はAVを観ないのでわからないが、なつめさんはかなり有名なAV嬢のようだ。たしかにポスターがこれだけ綺麗なんだからね。しかも、なつめさんはAさんと同じ滋賀出身ということもあって、是非お会いしたいものだ!と滋賀からやってきたらしい。そういえば彼とは関西の劇場で何度も会っているのを思い出す。ストリップ客は全国を遠征するから関東の人か関西の人かよく分からないからね。彼が話を続ける。
昨日はお目当ての欠場にがっかりしながらも終日観劇し、ホテルに泊まって、今朝またやってきた。今日はなつめさんが出演するかどうかを確認してから入場するつもりと言う。お目当てがいなければ二日も続けて観る気がしないと。気持ちはよく分かる。受付の張り紙は昨日から貼ってあるので、今日は欠場になるかどうかはわからない。なにはともあれ、従業員に確認しようということになった。
11時半過ぎに従業員がやってきて開場準備をやり出した。なつめさんが出演するかどうかを尋ねてみたが現時点では分からないとのこと。他の踊り子さんが来たらはっきりするようだ。一緒に寝泊まりしているのだろう。
12時の開場時点ではなつめさんの出演ははっきりせず、Aさんは入場しようかどうか迷っていた。結局入らずに「次に東京で出演が決まったら遠征するよ」と言い残して帰って行った。結果的に、なつめさんはその日欠場になったのでAさんの選択は正しかった。
私はAさんの愚痴を聞いているうちに、気持ちが落ち着いてきた。がっかりしているのは自分だけじゃない。
長くストリップ通いしていればこういうこともある。急なキャンセルはこれまでも経験がある。ただ東京からはるばる広島まで遠征してきての欠場はさすがにショックが大きい。東京のようにお目当てがいなくなったら別の劇場へ、というわけにはいかないし・・。
三日間いるつもりでホテルも予約しているし。まずは今日一日観劇してから明日のことは考えよう。
当日の公演が午後13時から始まった。
出演している踊り子さんは全て知っている方ばかり。「あらっ!太郎さん、広島で会うなんて奇遇ね。」と驚く。すぐに新人さん目当てと分かって「今日は4人香盤になってしまい残念ね。せっかく広島まで来たのに・・・お気持ち察します。」と慰めてくれる。みなさん、私が新人好きなのはお見通し。
私は馴染みの踊り子さんとのやりとりに気持ちが和んだ。せっかく広島まで来たのだから、彼女たちのステージを楽しもうと気持ちを切り替えた。関東の劇場では見れないチームショーやオークションなどのイベントもあって、それなりに楽しかった。
広島は地方劇場なので、もともと五人香盤と踊り子数が少ないうえに、当日は四人香盤になったため時間がかなり余った。なつめさんデビューという特別公演であったので30人ほどの客入り。地方劇場にしてはまずまずの盛況ぶり。ポラ撮影をだらだらやっていたが、それでも1ステージが終わる毎に一時間近く休憩がはいった。
私は劇場のラウンジで休憩することが多かった。劇場のポスターに「ニュースター誕生。期待の大型新人」となつめさんのことを紹介してある。
私はポスターに見入った。ポスターの中のなつめさんの目が見つめ返してくる。
「なんてキレイな瞳だろう!」私はため息が出る。
きれいな顔立ちをしている。濃い眉毛、切れ長の瞳。知的で、涼しい眼差しをしている。まるで西洋のお姫様みたいだ。
「すごく会いたかったんだよ」と私の心はなつめさんに向かって叫んでいた。でも、なつめさんの瞳は黙って私を見返すだけだった。
深夜22時に終演となる。
地方劇場だと終わるのが早い。寝るにはまだ早いな、と思っていたら、大橋さんが声をかけてきた。「よろしければ軽く飲みませんか?」
二つ返事で快諾。二人で広島の夜を楽しむことにし、劇場から歓楽街に向かった。
大橋さんとは今日会ったばかりだが、すごく感じのいい方。30代前半くらいかな。日中、ラウンジでも少し話をさせてもらった。
「せっかくの広島ですから、広島焼きはどうですか?」と言われ、大橋さんが知っている店「越田」に行った。そこは劇場から近く、美味しいと評判の店で、踊り子さんもよく行くらしい。案の定、中に入ったらトップの踊り子さんが馴染みの客と一緒に来ていた。目が合って挨拶を交わす。すごく客が多く、どうにか二人分の席をとれた。
店長お奨めの広島焼きにした。焼き上げるまで軽くおつまみとして「がんす」を出しましょう!と店長が言う。魚のかまぼこを天ぷらにしたものだったが絶品だった。そばの入った広島焼きも美味しかった。他にも野菜炒めをもらったがどの料理も全て美味しかった。私は完全に広島焼きのファンになった。
「今日は、なつめさんが休場になって残念でしたね」と大橋さんが言う。
「しかたないさ。長くストリップ通いしていたら、こういうこともあるさ。」実際に、突然のキャンセルにあった昔話をする。特に新人のドタキャンはしょっちゅう。だから、新人デビュー時はできるだけ初日に観に行くことにしている。初日の出演ショックで二日目から出てこなくなるケースは多いからね。
そんなこんなのストリップ四方山(よもやま)話に盛り上がる。趣味を同じにしていると話題は尽きない。
店を出て、ホテルに帰る途中、鍋焼らうめんと看板が出ている「ひさし」というラーメン屋があった。「ここの煮込みラーメンは、踊り子さんに人気があるんですよ。鍋で出てくるんで一見こってりしているかと思いきや、とてもあっさりした味なんですよ。」と大橋さんが教えてくれた。今日はもうお腹いっぱい。
ホテルについて、なつめさんのことを考えながらうとうと寝入った。
翌朝、七時頃から劇場前に並んだ。なつめさんが出演するかどうか分からないが、いい席をとりたいので、いつものように場所取りをした。
大橋さんがやってきて雑談しているうちに時間が過ぎた。私はチラシを忘れたが、彼がたくさん持っていたお蔭で一日目も二日目も1000円割引で入場できた。11時半頃になって従業員がやってきた。「今日はなつめさんは出演しますか」と尋ねたが、まだ連絡が来ていないので分からないとの返答。
結局、入場するまではっきりせず、一旦入場料5000円(割引後)を支払い、一番見やすい正面センター席を押さえた。
しかし、結果的に二日目も、なつめさんは出演しなかった。
なつめさんはインフルエンザに罹ったようだ。発熱で本人も大変だし、他の踊り子さんにうつしたら大変なので楽日まで完全にアウトになった。
私は、がっかりしながら、二日目の一回目ステージを観た後、広島から新幹線で東京に帰った。
Ⅲ.新人のホーム・デビュー
東京に戻った私は、いつものようにホーム劇場に顔を出した。従業員さんが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。「太郎さん、聞きましたよ。なつめさん、インフルエンザで欠場したようですね。せっかく広島まで行ってもらったのにすみませんでしたね。機嫌を直して下さい。なつめさん、来月早々にホーム・デビューの予定なので応援してあげて下さいね。」なつめさん欠場の情報は既にホームに連絡されていた。私は苦笑いして笑顔を返す。毎日のように通ってくる私のことだから、こんなことがあっても新人のなつめさんを必ず応援してくれるものと思っているようだった。
なつめさんホーム・デビューの初日に、さっそく私は会社から車でやってきた。なつめさんは期待の大型新人なのでトリを務めていた。有名AVということで場内は客で溢れかえる。私は場内後方に立ち、なつめさんが登場するのを胸をときめかせながら待っていた。
ついに神秘のベールがおりる・・・
待ちに待った新人のなつめさんがステージに登場。照明が点く前に長身の姿が闇に浮かびあがり、スタイルの良さが窺えた。照明がついた瞬間、初めてお顔を拝見。
「おやっ!? なんかイメージが違うな!」と最初に違和感を覚えた。
彼女は紛れもなくAVで有名ななつめさんだった。しかし、私の中ではなぜか納得していなかった。「違う!」と心の中で何度も反芻していた。
171㎝と背が高く、ロングヘアな典型的な美少女。目がぱっちり、眉毛が濃く、とても目鼻立ちがきりっとしている。背が高いことも含め、NHK朝の連続TV小説「ゲゲゲの女房」に出演していた松下奈緒さんに似ている気がした。
まだダンスは慣れていないし、初日でかなり緊張しているだろうから、かなりぎこちない動きだった。それでも一生懸命に踊る彼女に健気さを感じた。場内は客の熱気と激しい拍手の嵐で盛り上がる。
ダンス衣装がかなり凝っていた。濃い緑色のジャングルのような模様。ポイントは衣装の正面に緑色の孔雀の刺繍があり、孔雀の派手な尾も縫い付けている豪華な衣装。スカートのフリルが緑の濃淡で交互に重なり合う。髪飾りは、蝶のような形をした大きな二枚の葉をもつ緑の花。
女ターザンっぽく裸足で舞い踊る。手足が長く細いので線の美しさが映える。
そして、次の場面に移る。花柄が刺繍された透け透けのワイシャツ一枚で登場。ピンクの薔薇の花を一輪持ち、椅子に座り、しっとりと演ずる。髪飾りをはずし、長い黒髪を垂らす。そして、ベッドショーへ。
T171cm B84(D) W58 H88というナイス・プロポーションとヌードの美しさ。バストは数字以上にふくよかに感じる形のいい美乳。きゅっと引き締まったウエストに、セクシーな大きいヒップ。身体が大きい分、ボリューム感がある。すてきなヌードだ。
身体をそらしてポーズを決める。更に足を水平にしてポーズを決める。長身で手足が長い分、迫力もあり見応えのあるベッドショーだった。
ポラタイムになると沢山のファンが行列をつくった。私は並ばなかった。いつもなら我先にとポラを買うところだが、なぜか買う気になれなかった。投光室にいる従業員が私の方を見て不思議そうな顔をしている。馴染みのポラ仲間が声をかけてきた。「いつもなら一番にポラを撮る太郎さんが今日はどうしたのかな。新人好きの太郎さんにとって、彼女なら間違いなく好みのタイプだよね。」 私は笑って受け流した。
Ⅳ.まぼろしの踊り子を追い求めて
次の日も、その次の日も、劇場に顔を出すが彼女のポラは撮らなかった。
毎日のように通ってくるし、四回目ラストまで残ってくれているので、なつめさんが私の存在を気にするようになる。いつもニコニコ笑顔でステージを観てくれているのに、ポラは買ってくれない。もちろん、そういう客は多いので気にすることはない。ただ、私の場合はちょっと違った。他の踊り子さんのポラは毎回買っていた。しかも、私は毎回ポラを撮るときに手紙を渡した。私の手紙は個人的にステージ感想などを書くこともあったが、毎回ステージ感想は書けないので、ふだん感じているストリップについてのエッセイだったり、他の踊り子さんや劇場の観劇レポートだったり。特異なのは、ステージをネタにして童話やポエムにすること。これは踊り子さんの間でかなり好評だった。自分のステージを童話にしてもらえるなんて最高に嬉しいと、たくさんの踊り子さんからお願いされた。
私は特定の踊り子さんを応援するのではなく全ての踊り子さんを応援していた。だから「みんなの太郎さん」と呼ばれた。特に新人には力を入れて応援していた。デビュー週に皆勤すれば間違いなく印象に残る。手紙でさりげなくアドバイスする。私自身、自分のことを‘ストリップの父’と自認していたし、たくさんの踊り子さんがデビュー時から私の手紙をストリップの教科書として受け入れてくれた。彼女たちは太郎チルドレンだった。だから顔を見せれば、楽屋で「太郎さんが来たわよ」と他の踊り子さんに伝わる。
なつめさんは私のことを楽屋で耳にはさむ。というか、楽屋で他のお姐さんたちが夢中で私の手紙を読んでいるので「それ、なあに?」と聞いた。「あれっ? なつめちゃん、太郎さんから手紙をもらってないの?」と言われ、「私、太郎さんからポラ撮ってもらってないの」と答えた。他のお姐さん達が驚いた。新人を必ず応援するはずの太郎さんが・・・しかもこんなに可愛いなつめさんを何故に応援しないのかしら・・・みんな不思議そうな顔をした。
「よかったら、太郎さんの童話を読ませてもらえませんか」となつめさんはお姐さんに頼んだ。お姐さんが自分のステージを童話にしてもらった!と大きな声で喜んでいたのを横で聞いていて、すごく興味を引かれた。
読んで驚いた。今週出したばかりのお姐さんの新作をものの見事に童話に仕上げていた。きれいなファンタジーの世界にデコレーションされている。これなら女の子なら誰でも喜ぶ。しかも、とても内容が深い。読み終えて、心に響いてくるものがあった。
本好きななつめさんは、太郎さんという客に興味を持った。そして、なぜ私のことを応援してくれないのかと思う。そういえば、広島でデビューしたときに、わざわざ東京から遠征してくれたと聞いた。急に欠場してしまったことをお詫びしていなかったな。きっとまだ怒っているのね。
そう思った彼女は、次のステージのときに太郎さんを見つけて声をかけた。「そんなこと、もう気にしてないよ」と太郎さんは笑顔で返してくれた。それでも、ポラは撮ってくれなかった。
彼女は諦めなかった。太郎さんは毎日劇場に来てくれて、かぶりでニコニコと楽しそうにステージを観てくれる。太郎さんの顔を見つけると気になって気になって仕方ない。ストリップを楽しむ彼の目は他の客とちょっと違う。他の人は単にエロを楽しんでいるが太郎さんの目は違う次元にいる。彼の書く童話がそれを物語っている。本好きの彼女は「太郎さんは夢の世界に住んでいるんだわ」と直感した。それはそれで素晴らしいことだけど、私との関係は夢の世界から彼を連れ出さないと修復できないものと考えた。
彼女は自分から太郎さんに手紙を書くことにした。しかも童話にして渡そうと。
題名は『迷宮の王子様』・・・
王子は夢の中で美しいお姫様と出会い恋に落ちる。いつも夢をみるのを楽しみにしていた。ところがお姫様は急に夢に現れなくなる。王子は現実の世界でお姫様を探す。世界中を探したが見当たらない。王子は夢と現実の区別がつかないまま、迷い続けるのだった。以上のストーリー。
オープンショーで、舞台の上から、突然なつめさんに手紙を差し出された私は動顛した。しかも、彼女は「私が夢の扉を開いてあげる」と囁いて、私の目の前で、大きくあそこを指で開いた。
私はその中に吸い込まれた。生暖かい空気に包まれて、幸せな気分で目が覚めた。
目の前に、あのポスターのなつめさんが笑顔で立っていた。私の手をとって、抱きしめ、そして優しくキスをしてくれた。
「ずっと会いたかったんだよ」私がつぶやく。
「なにを言っているの!? 毎日会っているじゃないの。」
「いや、違うんだ。ステージの上のなつめさんは本物の君じゃない!」と私は口をとがらす。
「そんなことはないわ。ポスターの私もステージの上の私も、同じなつめよ。だから現実の世界に戻ったら応援してあげてね。ステージの上のなつめさん、あなたのことを愛しているわよ。きっと仲良しになれるわ。だから応援してあげてね。」
なつめさんはウインクをしたかと思うとふっと消えた。
気づいたら、私の目の前に、ステージのなつめさんがいて、優しく微笑んでくれた。
私は初めてポラを買い、言葉を交わした。今度、なつめさんの観劇レポートと童話を書いてあげるね!と約束した。
劇場を出るときは深夜24時を過ぎていた。外は雪がちらついていた。
「寒いはずだ」と言いながらも、私の心はストーブのように暖かだった。
おしまい