黒井ひとみさん(栗橋所属)について、H30年11月結のライブシアター栗橋での公演模様を、6周年作「東京へつれてって」を題材に、「黒井ひとみさんが我々おじさんにウケる理由(わけ)」という題名で語りたい。

 

 

H30年11月29日(木)、ライブシアター栗橋に顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①永瀬ゆら(栗橋)、②JUN(西川口)、③羽多野しずく(ロック)、④黒井ひとみ(栗橋)、⑤高崎美佳(ロック)〔敬称略〕。

 

 今週は黒井ひとみさんの6周年週。そのせいか今週は凄く客入りがいい。

 今週の演目は二個出し。1,3回目に周年作「東京へつれてって」、2,4回目に演目「マッチ売りの少女」。

 

 さて、この周年作を、私なりに観たまま聴いたままで、内容を話す。

 最初に、舞台にピンクのワンピース衣装を着た少女が、大きな茶色のボストンバックを持って登場。

 頭にはピンクと青と水色の花飾り。首にはピンクの細いリボンを巻く。

 上半身は、ピンクの衣装で、V字型の襟元は青く、ピンクの中に青いリボン状の縫付が点在。下半身はピンクのスカートの上に、青・赤・黒・白・黄色といった色とりどりの大きな逆三角形状の花柄刺繍の布がフレンジしている。裾は白く足元近くまで長いが、前が若干上がっているので赤い鼻緒のサンダルが見える。

 音楽は「東京につれていって」。女性ボーカルがカバーしているが、原曲は山本正之さんが作詞作曲して歌っている。

 演目名にもなっているので、歌詞がそのままステージ内容になっているようだ。

♪アタシ 踊れないよ 色気ないよ スカートにあわないよ 胸もないよ

アタシ お金ないよ 手に職ないよ 英語しゃべれないよ 酒呑めないよ

けれどね けれどね アンタといっしょにいたいんだ

いつもね いつもね アンタのそばにいたいんだ

(中略)

東京につれていって 東京につれていって

彼女は大好きな彼を追って東京に向かうつもりで大きなバックを持って準備しているのだろう。

 ところが、小桜というネームプレイトの赤いポストに彼から「小桜エツ子様」宛の白い封筒が届く。東京に来いという知らせかと思い喜び勇んで開封したら、なんと結婚招待状だった。彼のことを信じていたのに、彼は東京で別の女をつくって結婚することになっていたのだ。

 愕然とする彼女。舞台が一瞬静まり返る。

 雨の音が聞こえる。尾崎亜美の曲「Walking In the Rain」が流れる。

彼女は雨の中を赤い傘をもって出る。しかし傘を持ってても雨に濡れる。濡れるのは雨のせいなのか涙のせいなのか・・・

中島みゆきの曲「化粧」が切々と流れ、心に沁みる。彼女の心境そのもの。

衣装を着替える。白いネグリジェを脱いで、ブラとパンティの下着姿に着替える。下着にはピンク色の中に水色の刺繍が入っている。水色は涙色か。髪飾り、首輪はそのまま。そして盆に移動してベッドショーへ。

手鏡を持ち、紅をひく。ここで照明が落ちる。

これで終わりかと思い気や、ラスト曲「ウエディング・ベル」が流れる。歌詞のとおり、新郎新婦への怒りを込めて「くたばっちまえ! アーメン」と舌を出す。そして結婚式の招待状を破き捨てる。彼女は持ってきたブーケを盆の上に置く。そのブーケには「クソヤロー!!幸せになってね」というメッセージが添えてあった。そして幕が下りる。

 

失恋の悲惨なドラマで終わるかと思い気や、最後のメッセージに救われる。

実は一日目に二回ステージを拝見したとき、最後のブーケのメッセージの文字が見えなかった。だから、本演目のストーリーはSugarの曲「ウエディング・ベル」の内容そのもの、つまり<恋人が他の女性と結婚することになり、その式場である教会に招待された女性の心情を綴る>という歌詞の通りだとばかり思っていた。最後はやけくそで終わるものと。

だから、一日目にひとみさんから「ストーリーの解釈がちょっと難しくて分かり辛かったらごめんなさい」というポラコメを頂いたときに、えっ!? 難しいって?と思った。

翌日二日目に、昨日とは別の席でステージを観ていて、目の前に置かれたブーケのメッセージが目に入った。ようやく内容が分かった。

その後、ひとみさんから次の解説が入った。「好きな人のこと、最終的には恨めない女心・・・がやりたかったのです。女の優しさが見せたかったんです。」なるほど!!!!

 

 

ここから話は少し変わる。

今回、この演目について、教えてもらった選曲を調べてみた。そうしたら、どの曲も古く、私の青春時代とマッチするのに驚いた。歌手もほとんど私と同じ世代と云える。

まず、「東京へつれてって」の山本正之さん。 山本 正之(やまもと まさゆき, 1951年7月11日 - 現在67)は日本のシンガーソングライター、ミュージシャン、俳優、声優。愛知県安城市出身。

彼の来歴をみると、・・愛知県立西尾高等学校卒業。1974年駒澤大学経営学部経営学科卒業。 1974年、プロ野球中日ドラゴンズ応援歌『燃えよドラゴンズ!』で作詞・作曲デビュー、同年『ドラゴンズよありがとう』で歌手デビューを果たす。その後、ヒットソング『うぐいすだにミュージックホール』や『ひらけ!チューリップ』などの作詞・作曲を手がけ、テレビアニメ『タイムボカン』の音楽を担当したのが切っ掛けで, 1970年代後半から1980年代前半にかけて、テレビや企画物の曲を数多く世に送り出した。1983年に初のオリジナルライブを行い、以降ライブ活動にも力を入れている。

 次に、尾崎亜美さん。私は彼女の大ファンだった。大学時代に、彼女の歌と美声に痺れまくっていた。尾崎 亜美(おざき あみ、女性、本名:小原 美鈴、1957年3月19日 – 現在61)は、日本のシンガーソングライター。ポスト・ユーミンの最右翼と呼ばれる1978年、南沙織に「春の予感‐I've been mellow‐」(資生堂CM曲、東京音楽祭ゴールデンカナリー賞作詞賞受賞)、杏里に「オリビアを聴きながら」、高橋真梨子に「あなたの空を翔びたい」等をそれぞれ提供した。

今回「Walking In the Rain」という曲を初めて聴いた。この曲は尾崎亜美の通算20作目のレギュラーアルバム『POINTS-3』(ポインツスリー)に収録。リリース1992年3月21日。『POINTS』『POINTS-2』に続く、他アーティストに楽曲提供した曲を集めたセルフカバーアルバムで、ただし1曲目の「Walking in the rain」のみがオリジナルの楽曲である。

 この次の曲「化粧」が中島みゆきさんというのがまた面白い。1978年4月リリースの中島のアルバム『愛していると云ってくれ』に収録。これは、1978年4月10日に発表された、中島みゆきの4作目のオリジナルアルバムである。大ヒットシングル「わかれうた」が収録されたことから、オリコンチャートでも2位を獲得した。さらには、1978年の年間アルバム売上第8位にランクインするなどの大ヒットを記録した。私は中島みゆきさんも大大ファンだったので、このアルバムはたくさん聴いた。

説明するまでもないが、中島 みゆき(なかじま みゆき、本名:中島 美雪(読みは同じ)、1952年2月23日 - 現在66)は、日本のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。北海道札幌市出身。1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビューした。

松任谷由実は、かつて「ライバルは?」と聞かれ「中島みゆきさん」と答え、テレビ・ラジオなどでは「みゆき」と呼ぶ。逆に中島は、『中島みゆき お時間拝借』で「松任谷」と呼んでいた(中島は松任谷より2歳上)。

松任谷由実とライバル視される二人、尾崎亜美と中島みゆきが共に登場するなんて!!!!

 

 また、「ウエディング・ベル」は、1981年11月21日にフォーライフ・レコードよりリリースされた日本の音楽ユニット・Sugarのデビューシングル。レコードが約70万枚を売り上げる大ヒットとなった。Sugarはこの曲で1982年の『第33回NHK紅白歌合戦』に出場した。これが最初で最後の『紅白歌合戦』出場であった。

Sugarのメンバーの三人、ミキ、クミ、モーリとも私の一歳下、現在58だ。

 ついでに、「ウエディング・ベル」を作詞・作曲した古田喜昭さんも調べてみた。古田 喜昭(ふるた よしあき、1949年3月14日 – 現在69)は日本の作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、デザイナー。東京都出身。「FULTA」名義でも活動を行う。1973年、音楽グループ「Time」のメンバーとして第5回ヤマハポピュラーソングコンテストに入賞。1974年4月、デビューを果たす。もともとはイラストレーターになるはずだった。 1981年、作詞、作曲した「ウエディング・ベル」(歌:シュガー)がヒット。翌1982年、第15回日本作詩大賞にて大衆賞を、第2回日本作曲大賞にて金賞、優秀作曲者賞を受賞する。 現在は、主に企業プロデュースやWEBサイト、動画、ポスター、パンフレットの作成など、デザイン関係を中心とした活動を行っている。

 

 なんと、みなさん私に近い年齢層の方々ばかり。

 この演目「東京へつれてって」は我々おじさんのために制作したのかな、と改めて感慨深くなる。ひとみさんが我々おじさんにウケがいい理由のひとつが分かった気がした。

 

平成30年11月                       ライブシアター栗橋にて