今回は、JUNさん(西川口所属)について、H30年3月結のライブシアター栗橋公演での四周年週の模様を、「いま最も旬な踊り子⇒ JUN(ジュン)が旬(シュン)」と題して語ります。
H30年3月26日(月)、ライブシアター栗橋に顔を出す。
今週の香盤は次の通り。①秋元みり(蕨ミニ)、②西園寺瞳(ロック)、③鶴見つばさ(ロック)、④JUN(西川口)、⑤せいの彩葉(ロック)〔敬称略〕。
今週はJUNさんの四周年週。
たまたまであるが、私は三週連続でJUNさんとお会いしている。3月頭の晃生、3月中の池袋ミカド、そして今週3月結の栗橋と。JUNさんが驚いていた。しかも、客入りの少ない平日のこともあり、ポラでたくさんお話ができたので記憶に新しい。
私は3月頭の晃生、3月中の池袋ミカドで拝見した演目「アフリカ」が、こうした踊りはストリップで観たことがなかったので印象的に残っていた。今週はJUNさんの周年週なので、記念にレポートしてみたいと思う。
JUNさんファンのTさんと仲良しなので、彼にJUNさんの今週の出し物と最近の演目について教えてもらった。驚いたのが、周年週であるのに四個の作品を用意していて毎日三個出しであること。ふつう周年週は周年作一本が常識なのでこれには驚かされた。さらに驚いたのは、今回用意している四個の作品は全て今年に入ってから発表した作品。えぇーっ!三か月で周年作含めて四個も出してるのー☆
今回の演目四つを整理してみよう。
H30年1月中のシアター上野で発表した演目「かぐや姫」。和物。
H30年2月頭のまさご座で発表した「千本桜」。和物。
H30年2月結のシアター上野で発表した演目「アフリカ」。アフリカの民族舞踊。
H30年3月結のライブシアター栗橋で発表した周年作「ボラーレ」。フラメンコ。
3カ月間で7公演乗り、4個の作品を発表したとは・・・しかも二個の和物と、二個のダンス物。そのダンスとは周年作のフラメンコと、私が気に入ったアフリカの民族舞踊という新しい踊りへの挑戦であることに驚愕。
また、演目「千本桜」について、JUNさんから次のような説明があった。「園田しほり姐さんにまさご座で音を譲り受けました。そして、人生初のアドリブステージをしてみたのです。ものすごーく緊張しました。音に集中して、今までと違うステージをしたような気がします。デビューから、育てていただいているしほり姐さんに感謝です。」とのポラコメ。
作品制作への爆発的なエネルギーを感ずる。彼女のポラコメに次のようにある。「年々、演目にかける想いが強くなってきました。自分らしさを発揮できるステージにしたいです。」踊り子魂が四周年を迎えて熟成してきている。
今や、四周年を迎えたJUNさんこそが最も旬な踊り子である!と断言したい。
本レポートでは、演目「アフリカ」について書きたいところだが、周年レポートなので最初に周年作「ボラーレ」について語ることにする。
内容説明に入る前に、今回の周年作の演目名とフラメンコについて述べます。
まず演目名について。
「『ボラーレ』とはスペイン語で「飛ぶ」「前に進む」などの意味です。5年目、飛躍できるように選曲しました。自分の道を歩み前進するのみです。」とのJUNさんのポラコメ。
今回の周年作の一曲目に採用されている曲「ボラーレ」はキリンビールの「ボーラレー!ウォーウォー!」♪っていうCMでお馴染み。これはフランス出身のバンド、ジプシーキングスのラテンカバー『ボラーレ(Volare)』。この原曲にあたる『青く塗られた青の中で (Nel blu dipinto di blu)』は、1958年にリリースされたイタリア歌曲(カンツォーネ)。作曲はドメニコ・モドゥーニョ(Domenico Modugno/1928-1994)というシンガーソングライターで、作詞はフランコ・ミリアッチ(Franco Migliacci/1930-)。この歌詞では、夢の中で青空高く飛んでいく体験をした主人公の高揚感・爽快感が歌いこまれている。
同曲は、1958年の第8回サンレモ音楽祭で入賞し、アメリカでも大ヒットを記録した。
ちょうど翌年の1959年はアメリカでグラミー賞が創設された年で、『青く塗られた青の中で Nel blu dipinto di blu』は、記念すべき第1回グラミー賞の最優秀レコード賞および最優秀楽曲賞に輝いている。この曲名を演目名にするとは縁起がいいね。
次にフラメンコについて。
「フラメンコは、毎年の周年作です。今年は、バタデコーラの衣装に挑戦!! とにかく難しいけど楽しいです。この半年は(フラメンコの)音楽を色々聴いてます。」
フラメンコは西川口のママさんの希望らしい。フラメンコというのは奥の深いダンスである。前にインターネットで少し調べたことがある。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
「フラメンコは、スペイン南部のアンダルシア地方に伝わる芸能で、歌、踊り、ギターの伴奏が主体となっている。フラメンコの歴史と発展にはヒターノ(スペインジプシー)が重要な役割を果たしている。さらにさかのぼると、ムーア人の影響もみられる。」
フラメンコというと踊りという印象が強いですが、フラメンコはトータル芸能なんだ!
まずカンテ (Cante) といわれる歌が重要。そして、バイレ (Baile) という踊り。トケ (Toque) というギター演奏で成り立つ。その他にも、パリージョ (palillos)という踊り子が両手に持つカスタネット。ハレオ (Jaleo) といわれる掛け声、『オーレ!』(アラー由来?といわれる掛け声)、『ビエン!』(good、いいぞ、の意)などの掛け声が場を盛り上げる。
また、パルマ (Palma) という手拍子。基本的に観客席からは手拍子(パルマ)を打たないほうが良いと言われる。リズムが難しく、曲調によってリズムがさまざまに変化するので、素人が手拍子を打つとかえって音楽の妨げになってしまうというのが、その理由である。逆に掛け声(ハレオ)は歓迎される。・・・なるほどほるほど。。。
「フラメンコという踊りは、つま先やかかとで床を踏み鳴らしてリズムをとる(サパテアード)、また手の動き(ブラッソ)はフラメンコの命である。」
JUNさんに確認したところ、フラメンコ用のシューズだと硬くて床を傷付けてしまうので、今回はダンスシューズにしているとのこと。そのため、フラメンコの特徴的な足のリズムは外し、手の動きと独特な衣装の振りが今回の見どころになっている。
前置きはこのくらいにして、周年作の内容を紹介する。
フラメンコらしく長い袖と、手で掴めるように裾の長い衣装で登場。「今年は、バタデコーラの衣装に挑戦!!」シルクのような光沢を放つ白い色。肩に大きな赤い布を掛けて、その布の両端を胸元で結んでいる。その肩掛けには鮮やかな花柄の刺繍が施され、たくさんのフレンジを垂らしている。首には二つの白い花を付けた首輪。髪は後ろにひとつ結びし、黒い土台の上に白い花飾りを置く。後部頭にも白いティアラが置かれ貴賓を高める。
一曲目の激しい楽曲「ボラーレ」に続き、二曲目はBertin Osborneの渋めの曲「En soledad」がゆったりと流れる。ここがフラメンコ踊りの見せ場になっている。
赤い肩掛けを取る。そして音楽に合わせ、スカートの裾を手で持って激しく振る。「とにかく難しいけど楽しいです。この半年は音楽を色々聴いてます。」
上のドレスを脱ぎ、白い下着姿に。トップレスのブラジャーで、ガラスの肩紐がネックレスのように付いている。白いパンティには、白いガータ、白いストッキング。そして白い蔓状のポイ(ベールポイ)を持って身体に巻き付ける。
そのままベッドショーへ。
楽曲がジプシー・キングスの「Moorea」に変わる。ノリノリのインスト曲♪
白いシューズを履いたままのベッドショー。JUNさんが盆の縁にいるため、すごく近くに感じ、セクシーさ迫力満点。
近くでアクセサリーを目で追う。小さいながらもピアスがキラリと光る。最初に述べた白い花二つの首輪。ガラスの肩紐。左手首には純金のブレスレットが二本重なる。右足首にも純金のブレスレットが白いストッキング越しに透けて見える。マニキュアは特になし。
立上りは、有名な「マイウェイ」という曲のスペイン語バージョンで、ジプシーキングスの歌っている「 a mi manera 」(アミマネーラ)という曲。
さて、演目「アフリカ」については詳しく調べて、次回お話します。
平成30年3月 ライブシアター栗橋にて
【JUNさんからのお返事】
プレゼントありがとうございます。とてもとても素敵なお手紙レポートでした。
まだまだ未完成の「ボラーレ」を熱く書いて下さり、とても嬉しく思ってます。頭の先から足の先まで全てがレポートで表現されていて、本当に凄い。踊り子になれて幸せと思う内容でした。宝物にします。
アフリカも今から楽しみにしてます。ありがとう。