H29年2月中のDX歌舞伎における葉月凛さんの演目「思春期」について、「ストリップに背徳の後ろめたさを感ずるか」と題して話します。
今週の香盤は次の通り。①葉月凛(DX歌舞伎)、②多岐川美帆(道劇)、③石原さゆみ(道劇)、④白砂ゆの(ロック)、⑤緒川凜(ロック)、⑥真白希実(ロック) 〔敬称略〕。
今週は、お気に入りの石原さゆみさんの応援で、DX歌舞伎にやってきた。
トップの葉月凛さんとは、お正月のDX歌舞伎、翌週の渋谷道劇、そして今回と、一カ月半の間で早三週目お会いしている。今年は凜さんと縁が強いかもね。
凛さんには、今年のお正月公演で演目「百万回生きたねこ」に感激しレポートを書かせてもらった。私としては題材の童話もすごく気に入ったこともあり会心の観劇レポになったと自負している。レポに合わせて、原作をパロディ風にアレンジしてMYストリップ童話「百万回生きた踊り子」を創作しプレゼントした。その後も、この童話が頭の隅にずっと残っていて、特に‘百万回’という言葉の響きが気に入って、ポエム「百万回のストリップ」を書いてみた。何回か推敲して、今回、凜さんにプレゼントした。その日がたまたま2/17で凜さんの誕生日だったので、丁度いい誕生日プレゼントになった。
何回か推敲したと書いたが、最終的に、「なぜ百万回もストリップを観ても飽きないのか」を書き込みたかった。その答えとして「ストリップは生きている。踊り子さんの体調や心の置き処ひとつで毎回のステージが違う。」とした。凜さんが、この箇所を気に入ってくれて反応し「お手紙の内容深いなー。ステージって生きものだもんね。だから何回でも観れるんだよね。」とポラコメしてくれた。すごく嬉しかった。
そして、すぐに私は、もうひとつ「見ている観客の側の心の置き処でもステージの受け止め方が違ってくる」ことに気づいた。その話を、今回の葉月凛さんの演目を話題に話してみたい。
今週の葉月凛さんは二個出し。二つとも旧作で、1,3回目は着物の出し物「桜」で、2,4回目の出し物「思春期」。
後者の演目「思春期」を紹介しよう。
♪「セーラー服を脱がさないで」のインスト(インストゥルメンタル)が流れる。
セーラー服を着たかわいい少女が授業を受けている場面。三つ編みの髪、白いセーラー・ブラウスに赤いスカーフ、紺色のカーデガン、グレイのスカート。足元は長い黒ソックスと黒い靴。机の上に教科書とノートがある。まじめに勉強しているのかと思い気や、頭の中はエッチなことでいっぱい。その映像がスクリーンに映し出される。男性の性器やら、子供の落書きのような男女の性器の絵、憧れの先生とのSEXシーン等。
女生徒は授業を飛び出して、青春を謳歌する。森高千里の「17才」が流れる中を徐々にセーラー服を脱いでいく。ベッドでは、アニメ曲「神様の言うとおり」と「時をかける少女」が流れる。
青春と性の喜びを明るく爽やかに演じる。
ラストの場面。「おーい、葉月。起きろっ! 授業中だぞ!」「えっ!? 夢だったの」で終わる。
男の子だったら誰もがエッチなことばかり考える時期がある。まさに思春期である。いけないことを考えているよな!と後ろめたさを感じながらも「青春の疼き」は止められない。その頃の自分を思い出すと懐かしくも愛おしくなる。また若き息子を観察しながら、男の子の性に対する純粋さって可愛いよな!と思う。
今回の凜さんの演目は、男の子だけでなく、女の子だって思春期にはエッチなことを妄想するんだよ、と教えてくれる。そのことになんかホッとする。「背徳の後ろめたさ」を吹き飛ばしてくれるんだな。
この世には男と女しかいない。人類繁栄のためには子孫を作っていかなければならない。そのためには男も女もエッチでなければならない。思春期にエッチなことを想像するのは自然なことである。大人たちはそれを優しく認めなければならない。
「青春の疼き」は爽やかなものと受け止めたいが、大人になると男女間の愛憎というのは難しくなる。例えば、不倫、援助交際、異常性癖やら、方向性を誤ると、ますます「背徳の後ろめたさ」に苦しむ。犯罪など度を超すことや人に迷惑をかけることはいけない。
今の私は、ストリップ通いに後ろめたさを覚える。世間一般ではストリップ通いする男はまともと受け取られない。間違っても履歴書の趣味の欄にストリップ観劇なんて書けないもんね(笑)。
しかし、高齢になって、こうしてストリップ通いするのは「青春の疼き」の延長戦ではないか。ストリップというのは男として健全な遊びである。小遣いでエッチなお遊びができるストリップ通いを変な目で見るのは止めてほしい。
本来、性というのは素晴らしいもので、偏見や後ろめたさを感じるべきものではないはず。若年層、壮年層、高齢層ごとに性を楽しめる仕組みづくりがあってしかるべきと考える。その中で、ストリップというのは特に高齢層において最高の娯楽だと思う。
最近は、女性ファンも増え、アートやショーとしてのストリップが認知されてきている。是非ともストリップが市民権を得てほしい。女性都知事である小池百合子さんにも是非そういう認識をしてほしい。2020年の東京オリンピックまでにストリップ劇場がなくなるのではと心配されているが、これ以上ストリップが衰退していくのはどうしても回避したい。
葉月凛さんの演目「思春期」は三年くらい前の作品。だから、何度か拝見しているはず。それなのに今回こうしてレポを書きたいと思ったのには、私の心の置き処がこの作品に反応したからなんだと思う。
平成29年2月19日 DX歌舞伎にて
ポエム『百万回のストリップ』
百万回のステージを見た
百万回キレイだと思った
百万回感動した
百万回のステージを見た
百万回のおっぱい
百万回のおしり
百万回セクシーだと思った
百万回ステージを見た
百万回見ても飽きないんだよなー
不思議だよね どうしてかな?
ステージが生きているから 一度たりとも同じじゃないんだよ
同じ踊り子が同じ演目をやっても そのときの体調 そのときの心の置き処で違う
やっぱりストリップって素晴らしい
もっともっと見たくなる
百万回ステージを見た
きっとポラも百万枚撮っている
それだけのお金があれば車を何台買えたかな?
いや もうお家を何軒も建てられたかも・・
でもそんなことを考えてはいけない
だって百万回もの感動を与えてもらっているもん
この世に その感動以上に価値のあるものなんて無い
百万回のステージを見た
でも 僕が恋をしたのは一回だけ
たった一人の踊り子さんだけ
そう それが君だよ♡
おしまい