久しぶりに、小森ななさんのレポートを書いてみますね。
H25年10月中は小森ななweekにするつもりで池袋ミカド劇場に平日五日間ずっと通った。池袋は会社から遠いうえに途中よく渋滞するので三時間ほどかかる日もあり、三回目ラストのななさんのポラに滑り込む感じ。台風のため雨の日が多かった。
中日10/16(水)は台風26号の影響で交通機関がストップしたため、前夜からの予定通り会社に休暇届を出した。お蔭で終日観劇でき十分に小森ワールドを堪能できたのはラッキーだった☆
今週のメンバーを紹介しておく。①北川れん(道劇)、②神野瑞希(TS) 、③有馬美里(道劇)、④さくら(TS) 、⑤KAERA(TS)、⑥小森なな(TS)〔敬称略〕。私的にお気に入りのメンバーが多くて楽しい週となった。
今週のななさんの演目を少し詳しく書いてみる。
1,3回目は、二周年作の「和」。なお二周年作は和と洋があり、今回は和の方。
最初に、浴衣姿で爽やかに登場。花柄模様の紫色の着物で、赤い帯で締め、とても素敵な着こなし。髪にも紫の花飾り。ななさんの浴衣姿、一緒に花火見物にでも出かけたいと思えるほど素敵な出で立ちです♡ 雰囲気はしっとりしているが、踊りの振付けは結構コミカルでもある。
次は、祭りの格好。青色のはっぴ姿、黒いズボン、白いさらし風のブラ。髪はポニーテールにし、二本の太鼓の鉢を軽快に捌く。
最後に、紫の花飾りをもう一度髪に付け、透け透けの花柄模様の上着を羽織り、ベッドへ移動。ななちゃん、ますます艶っぽくなったなぁ~♡
2,4回目の演目は「リズムレッド」。周年作の一つ前の出し物で、まだ今回で二回目の披露らしく、ミカド初出しとなる。
最初は、和服姿で登場。左側のみ花柄模様の長い袖がある斬新なデザインの着物。軽快に舞う。
次は、軽装な洋物衣装。赤いブラジャーの上に、フード付きの黄色のベストを羽織る。スカートは下地が黄色で上地が赤、それをハートマークの付いた赤いベルトで締める。さらに赤い腕輪を付ける。まさに、演目名「リズムレッド」の通り、赤尽くめ。
髪を後ろにひとつ結び、飛んだり跳ねたりしながら、リズミカルに踊る。
黄色の衣装を徐々に脱いで、全て赤尽くめになってベッドへ。
最近のななさんの作品全般に共通して云えるが、ななさんはヌードの魅せ方がとても上手くかつ大胆になってきた。オープンでも、指で秘部を開いて、これでもかこれでもかとサービスしてくる。今更の話だが、デビュー当時は恥じらいが強く、遠慮がち控えめな露出をしていたなぁ~。ストリップ大好きな私としては物足りなくもあったが、ななさんのそんなところが初々しくもあり好きだった。しかし、ストリップというのは「見せてなんぼ」の世界。次第に、度胸がつき、お客さんが喜んでくれることに快感を覚えてきたんだろう。
たしかに、ななさんは三年目を迎え踊り子として成長してきている。最近ではトリを務めることも多くなった。今やTSで一番の人気を誇る。
ここ一二年でTSはメンバーが様変わりした。というか、トリを張れるベテランの姐さんが次々と辞めてしまった。H23年暮れの徳永心さんの引退を皮切りに、昨年は莉奈さん、桜井ななみさん、早瀬みなさん、そして今年に入って、希海さん、美月星美さん、咲さんが引退したと思ったら、咲さんの仲良しの愛さんも消え、そしてTS看板級の水咲カレンさんと盃島楓さんまで今年いっぱいで引退すると云う。メンバーの半分も辞めるのに殆ど新人が補充されていない。一年半ほど前にデビューした時咲さくらさん以降、新人が全く定着せず、減る一方である。たまたま今はTSミュージックが休館中なので人数的に問題ないのかもしれないが、TSの人気・実力はガタ落ちである。TSをホームにしている私としては悲しい限り。
そうした中、TSメンバーの中でななさんの存在価値は相対的に大きくなった。今やTSのエース格である。
しかし、ななさんをエースにすると、本人はプレッシャーに耐えられず辞めちゃうかもしれない。そんなことは冗談でもあってはならない。
ななさんの可愛さは、今のTSにとって非常に貴重なもの。ななさんは確実に客を呼べる踊り子に成長した。
今回の作品を観て感ずるのは、たしかに成長は窺えるが、ななさんの作品の基調はデビュー以来変わらない「かわいさ」にある。この稀有の可愛さを活かすべき。であるならば、エースは別の人に任せ、ななさんには伸び伸びとやれる位置づけをしてほしい。TSとしてはその方がベターだ。
もちろん、ななさん自身も三年目に入り、新しい自分を見つけていく時期でもある。いい意味でファンの期待を裏切るような演目にチャレンジするのもいいだろう。
ともあれ、新人さんの発掘を始め、これからのTSメンバーの再構築が必要になろう。
来年1月からのTS再稼働に向け、新しいTS新体制がスタートできるようになってほしいとTSファンとして心から願う。
さてさて、話を変える。
ななさんに童話を書いてあげようと思案していたら、今週、大きなニュースが飛び込んできた。
人気TVアニメ『アンパンマン』の作者やなせたかし氏が2013年10月13日(日)に亡くなられた。満94歳だった。
アンパンマンは私の子供たちも大好きだったので一緒にTVでたくさん拝見している。アンパンマンを始め、カレーパンマン、ショクパンマン、バイキンマンなど・・たくさんのユニークなキャラクターが登場する。私はなぜかバイキンマンが好きで、悪役でありながら憎めないキャラクターに描いていることに作者の思いを感じたりした。以前、そのことをエッセイに綴ったこともある。
アンパンマンは決してかっこ良いヒーローではない。相手を一方的にやっつけたりしない。やなせさんは先の戦争での出征体験から、この世には絶対の正義なんかないことを知っていたのだろう。本当の強さとは優しさであることをこの物語は気付かせてくれる。
やなせさんは遅咲きの人。今では漫画家として有名だが、ずっと漫画家としては芽が出ず、漫画やイラストの仕事よりも舞台装置の製作や放送作家、作詞家としての仕事の方が多かった。「アンパンマン」を生んだのは50代も半ばになってからで、「アンパンマン」が人気を博すようになったのは70歳になってからだった。そうした経歴を見ると、私は自分が今こうやって沢山のストリップ童話を書いていることにすごく励みを覚える。いつかは自分も芽が出ると信じて書き続けたいと思う。
ふと、彼の経歴を読んでいたら、「ワレメちゃん」という性教育用語を、「ウルトラQ」脚本家北沢杏子とともに考案したことが知られているとあり、笑ってしまった。私と同じく、ジョークを解するスケベなファンタジストなのかなと親近感を覚える。
アンパンマンを生み出した彼のエピソードが心に沁みる。
高知で育った子供時代、出かけた帰りに電車賃を落とし、遠路を歩いて帰ったことがあった。へとへとになったときに、知り合いのおじさんからアンパンをもらう。ひもじい気持ちの中、涙が出るほど嬉しくて、またアンパンが元気をくれた。この味は一生忘れられない、と語っている。アンパンマンがひもじい人に自分の顔をちぎって食べさせるのは、そんな思い出が下敷きにある。
私も、若い頃は女性にもてなくてひもじい思いをしていたから、やなせさんの「ワレメちゃん」に負けないように、童話「マンマンマン」(?)を書いちゃおうかな。
ななは小さい頃からアンパンマンの大ファンだった。だから、ひもじい人たちに何かをあげる仕事をしたいとずっと考えていました。
年の離れたお姉さんがストリッパーの仕事をしていたことから、ストリップの仕事に興味をもつ。女性にもてない男性、奥さんに相手にされなくなった旦那など、ひもじい男たちが集うところがストリップ劇場。「私のこんなヌードでよければ、男性を喜ばしてあげたいわ」と思い、ストリップ界のアンパンマンならぬストリップ界のマンマンマン(?)になる決意をしました。
ななの可愛い笑顔はたくさんの男性のハートを鷲掴みにしました。
最初のうちは夢中でステージを努めました。しかし、人前でヌードを晒すのはすごく恥ずかしくて抵抗がありました。でもお客さんがとても喜んで、元気になるのが分かりました。まるでアンパンマンが自分の顔をちぎって相手に与えるごとく、あそこを指で開くと、お客の笑顔が開きます。次第に見せるのが快感になり、ななのオープン爆弾は定評になりました。今では立派なマンマンマンです(笑)。
一人の客が毎日のように、ななに会いに来ました。彼はいつもニコニコ笑顔で、眩しそうにななを見つめていました。ななは彼の笑顔、手拍子、彼のくれる手紙などの応援に励まされました。お客さんを元気にするはずが、逆に自分が元気になります。ななは彼のことを私のアンパンマンだと思いました。
他にも、ななを気に入って、ファンになった客がたくさんいました。長谷川ショクパンマンや鈴木カレーパンマンなどなど・・・
ななはアンパンマンが現れるのをいつも心待ちにしていました。最初のうちはたくさん会いにきてくれたアンパンマンがぷっつりと顔を見せなくなりました。アンパンマンに事件があり、もう会いに来れなくなったみたい。
久しぶりに顔を見せたアンパンマンは言いました。
「ぼくは、ななさんのアンパンマンではない。事情があって、いつも傍にいて元気にさせる存在にはなれなくなった。でも、もちろん今でもななさんのことが大好きだよ♡
たまに、ふらりと現れたときには笑顔で迎えてほしいなぁ~」
彼はバイバイキーンと言って立ち去って行きました。
ななは思いました。「彼はアンパンマンではなく、バイキンマンだったのかしら?」と。
おしまい