今回は、中谷ののかさん(TS所属)の演目「BAD」を題材に、「ストリップにおける悪とは」について語りたい。
H30年4月頭の大阪晃生ショー劇場に顔を出す。
今週の香盤は次の通り。①井吹天音(フリー)、②真由美(DX東寺)、③寿恋花(晃生)、④橘メアリー(道劇)、⑤中谷ののか(TS)〔敬称略〕。
中谷ののかさんにとっては昨年H29年12月頭、1月結に続き、三度目の晃生となる。完全に晃生のママさんに気に入られて、晃生のコース・サイクルに組み込まれましたね。ありがたいことですね。
新作の「BAD」は、前回の晃生1月結で初披露された。「新作初出しパニックになってしまい大変でした。」「気を取り直して三回目にまた一からチャレンジしてみようと思います。」「一回目よりもマシだったかなぁ? 次観てもらう時にはかっこよくなっているよう頑張ります。」てな感じで、最初は演目自体にうまく馴染めていなかった。
というか、この時点で演目名を決めていなかったことからも窺えるように、新作で自分が表現したいテーマを明確に掴み切れていないため、新作を作ってはみたものの、テーマと実際の動きがちぐはぐになっているのではと感じた。
その後、2月のミカドで「だいぶ新作も落ち着いてきました。」、その次の3月の渋谷と拝見しながら、漸く自分のものとしてきた感じ。
私自身、この演目をどう料理してレポートにすればいいか考えあぐねていた。
いつも感じることなのだが、ののか作品の大きな特徴として、選曲が抜群にいい。聴けば聴くほどに音楽に魅了され、それを選曲したののかさんの音楽センスに魅了される。
ミカドで正式に演目名を「BAD」にしたと聞いてから、その表現したいテーマから、選曲を通して作品構成を味わい直してみた。と同時に、私としては単にステージ内容だけでなく、「ストリップにおける悪とは」をつらつら考えてみた。
以下に、遅くなったけど観劇レポートさせて頂きますね。
まずは、本作品の内容について語ります。
最初に、白を基調にした斬新な衣装で登場。頭には黒と赤の髪飾り。肩出しのロングドレス。上半身は黄色で、赤い帯紐がぐるりと背中の方で結われ、白のスカートがふわりと流れる。スカートには、中央部に金の線がぐるりと丸く描かれ、裾部に黄色地を二本の黒い線が挟み、先端は白いフリル状になっている。背が高いドレスなのでいくつかのアクセントを置いた感じ。なんといっても、この衣装の最大の特徴は、着物の袖のように長い、白い手かせ。音楽に合わせて踊る。
一曲目は、演目名「BAD」につながる、Avril Lavigne の「Bad Girl」。
アヴリル・ラヴィーン(Avril Ramona Lavigne、1984年9月27日生まれ – 現在33歳)は、カナダ・オンタリオ州ベルビル出身のシンガーソングライター。アメリカ合衆国に拠点を置いている。
一見ふつうに可愛い女の子に見えるが、彼女の経歴はとんでもない
モダン・ロック、パンク・ロック、ポップ・ロック、パワー・ポップなどの音楽性を持ち、2002年リリースのデビューアルバム『Let Go』は全世界で約2000万枚を売り上げ、アメリカでは6回プラチナディスクに選ばれた。2枚目のアルバム『Under My Skin』、3枚目の『The Best Damn Thing』は両方ともBillboard 200で1位にランク。シングルでは「Complicated」「Sk8er Boi」「I'm With You」「My Happy Ending」「Girlfriend」など11曲がトップ10入りを果たしている。現在、彼女のアルバムは全世界で4000万枚以上のセールスを達成。カナディアン・ビジネス誌は「アメリカ合衆国で活躍する最もパワフルなカナダ人ベスト7」に彼女を選出している。2007年12月、フォーブス誌はラヴィーンを「25歳以下の最も稼ぐ人物」の8位にランクしており、その年収は1200万ドル(約12億円)と記載している。
2006年のトリノオリンピック閉会式ではカナダ代表として登場し、2010年のバンクーバーオリンピックへの引継ぎイベント8分間に「Who Knows」を歌った。更に2010年のバンクーバーオリンピックにおいても閉会式に登場、地元カナダの歌手として、「My Happy Ending」と「Girlfriend」を歌った。冬期オリンピック2大会連続閉会式で歌った初の歌手となる。
私は今回ののかさんから紹介されて彼女の音楽を聴きながら、あの有名な「Hello Kitty」や「Sk8er Boi」など馴染の曲がたくさんあることに驚いた。
そんな彼女が「Bad Girl」という曲で不良少女を演ずる。「私は単なるいい子じゃないのよ」と言いたげに「かっこいい悪」を演ずる。これが今回の演目全体を通して一貫して流れているテーマに感じられた。
次の曲はTungevaag & Raabanの「Samsara」。とても独特なリズムで、本作品のイメージ曲とも云える。Tungevaag & Raabanはスウェーデンのアーティスト。Samsaraとは「輪廻転生」のことなので意味深だな。
長い手かせを外し、スカートを脱ぐ。上半身の黄色に合わせた、黄色のミニスカートが現れる。長い脚がすらり。左足ふとももに黒い紐をクロス。黒いブーツを履いて踊る。
音楽は、Krewella (クルーウェラ) の「Team」。Krewellaはシカゴ出身のElectro House/EDM/Dubstep ユニットで、ヤスミン&ジャハーンの二人姉妹と一人のプロデューサーの3人組。クルーウェラは、2007年にデビューし、当時はトラックメーカーのレインマンを含めたトリオでしたが、彼は2014年脱退。その後は姉妹2人で活動していますが、その音楽性は変わることなくとにかくアグレッシブ!二人姉妹がやんちゃっぽい感じで、楽曲も"ファンキー"という言葉が似合うかっこよさを持つ。 メロディアスなEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)ソングを2人姉妹のデュオで歌い上げるといったような感じ。EDM界のパーティモンスター姉妹と言われる。
ここで暗転。
音楽が、Cupcakkeの「Deepthroat」に変わる。いやはや、ディープ・スロートとは、女性が主導してペニスを喉奥に咥える行為ではないか。こんな過激な歌詞を書くCupcakkeはシカゴ出身のおでぶの黒人女性。生年月日:1997年5月31日 (20歳)。すごく才能あるリズミカルな音楽を創作。
白黒まだらの花柄衣装で登場。赤い襟で、法被のような衣装、黒い帯を締める。
そのままベッドショーへ。
アクセサリーとしては、赤い首輪、左手首に純金のブレスレットを二つ重ねる。
ベッド曲は、Siaの「Chandelier(シャンデリア)」(2014年3月17日に発売されたシーアの17枚目のシングル)。シーア・ケイト・イゾベル・ファーラー(英: Sia Kate Isobelle Furler、1975年12月18日 – 現在42歳)は、シーア([ˈsiːə])の芸名で知られるオーストラリアの歌手、ソングライター。彼女の音楽はヒップホップ、ファンク、ソウルをベースにしている。
Chandelier.は世界的に有名になったシーア渾身の一曲。2014年7月4日にリリースした6枚目のアルバム「1000 Forms of Fear」の先行シングル。2013年からSiaはメディアに顔を見せなくなったため、リリース後の音楽番組では背中を向けて歌うなどのパフォーマンスを行った。
Ryan Heffingtonが振付を担当したミュージック・ビデオは同年の「MTV Video Music Awards」で「最優秀ビデオ賞」と「最優秀振付賞」にノミネートされ、「最優秀振付賞」を受賞した。出演した11歳の天才バレエダンサーMaddie Ziegler(マディー・ジーグラー)はこのMVで一躍有名になった。
翌年2015年の「第57回グラミー賞」では、「最優秀レコード賞」「最優秀楽曲賞」「最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス」「最優秀ミュージックビデオ」にノミネートされた。プロデュースを担当したGreg Kurstinは「最優秀プロデューサー」にノミネートされている。同授賞式でのパフォーマンスではやはり後ろ向きで歌った。⇒しかし、曲自体は、生きていくという苦しさに悩み、それでも前を向いて生きることを選択する人間の心の葛藤を見事に表現しており、きわめて前向きである。(笑)
また、2014年にBRW誌が発表した個人資産リストで彼女は40歳未満のオーストラリア人で97番目の資産家にランク付けされた。⇒単なる不良少女ではここまでなれないわな。(笑)
繰り返しになるが、今回の演目「BAD」の一曲目はAvril Lavigneの「Bad Girl」。直訳すれば不良少女。しかし、これを唄っているAvril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)は才能あふれる凄いシンガーソングライター。これだけ皆が憧れる「かっこいい悪」もいないだろうね。
私は地元の中学高校時代ずっと主席で通したので、田舎では「10年に一人の秀才」と呼ばれた。小さい頃から一緒に遊んでいた近所の幼馴染たちは勉強ができなかったので、中学ではサッカー部、高校は偏差値の低い農業科や水産学科などに進んだ。当時彼らはみんなカッコつけて、つっぱりの格好をしていた。ところが就職して結婚し、今では地元のいっぱしの親父連中になっている。一方の私は今やストリップ通いの親父。秀才と言われた私が、今では一番の不良親父である。(笑)
さて改めて、「世の中ではストリップ通いする男は不良・ダメ男なのか」「果たしてストリップが表現するエロスは悪なのか」「悪への憧れ」などを、自分の中に問い始めた。以下に、つれづれに思いつくことを記してみた。
インターネットが普及し性(エロス)に関する情報がかなりオープンな世の中になり、エロスもずいぶん変わったなと感じる。
世間というものは人間の本能としてのエロスは認めるものの、その領域をできるだけ限られたところに押し込もうとする。それを性風俗とする。そのためか、性風俗というと、いかがわしい場所という見方をする。性風俗の代表であったストリップもそのひとつ。
昔は、ストリップで働く女の人は何かしらワケアリで、そこに流れて来た感があった。そういう彼女たちを狙って、いわゆるチンピラと言われる男連中がヒモになろうと群がる。昔は宅急便もなかったから、踊り子の衣装運搬用に男の力仕事を必要とした。自然に踊り子とチンピラは結ばれていった。アングラな世界に落ちた男と女が淋しさを紛らわしたく結びついていくのである。そういう意味で昔はチンピラ・ストリップの時代だった。しかし、今はサラリーマン・ストリップの時代へと変わって来た。
今のサラリーマンたちは多くの性風俗の情報を持ち、インターネットでAVなど見放題なので、昔ほどエロスに対して淫靡な印象を持っていない。殆んどの男性はAVなどで安くエロスを楽しみ、それで満足できない人は直接的なサービスを求めてソープランドなどに足を運ぶ。
ストリップというのはAVとソープランドの中間に位置づけられる。AVのように全くの仮装空間でエロスを楽しむだけでは面白くなく、生の女性を見ることでより強い刺激を求める。しかし、直接的なサービスまでは求めない。そういう客層となると、どうしても性の現役を退いた高齢者が多くなるだろう。客層の高齢化とともに、AVや他の性風俗に押しやられて、どんどんストリップ人口は減退してきた。
しかし、ストリップは、昔のような本番生板ショーを始め何でもありのエログロ路線から、現在のようなショーアップを目指したアイドル路線に変わることで、生き残っている。特定のファンを獲得していることは間違いない。今ではスト女といわれる踊り子追っかけの女性ファンまで登場している。
ある意味、ストリップは健全化した。しかし、相変わらずストリップは性風俗の代表格みたいな意識が残っていて、そこで働く踊り子やストリップ通いしている客は世の中からは白い目で見られる。「ストリップは健康的な遊びだよ」といくら主張したところで、さすがに履歴書の趣味欄に「ストリップ通い」と書く人はいないのである。
今も昔も、教育ママゴンみたいな人がエロスを極端に嫌う。しかし、人は誰しもSEX抜きに子孫を残せない。人間はエロスを避けられない宿命にある。それならば健全にエロスを楽しめばいい。隠すよりオープンにした方がいい。これだけネットの中でヌードが見れるようになったからには、日本も早く欧米先進国並みにヌード解禁すべき。そして、ストリップの良さをもっと認めるべき。
警察も弱い者いじめのようにストリップにガサ入れすることなく、もっと違うことに警察力を使ってほしい。ストリップがあるから軽犯罪をどれほど防いでいるか、もっと認知すべき。覗きや痴漢を防止するだけでなく、今のパンプレ人気を見ても、きっと下着泥棒など軽犯罪の防止になっていることは疑いない。
ストリップを悪だと思いたくないが、少なくともストリップは社会にとって必要悪なのだと思う。それは喫煙と同じである。タバコの煙は吸わない人に迷惑になるからと喫煙者のスペースはどんどん狭められてはいるものの、煙草は個人の嗜好品として認知されている。ストリップは限られた劇場という時空間で行っている限り、個人の楽しみであるのだから認めるべきである。劇場関係者や踊り子のようにそれを生業にしている人もいるわけだし、そしてストリップを生きる元気の糧にして生活のリズムにしている客もたくさんいる。煙草やギャンブルと同じ扱いをしてもらわないと困る。
女性客も増えていることからも、今後は、ストリップの認知度を高め、例えばボケや認知症予防の観点、老人が集まるコミュニティーとしての役割もある。先ほども話したがストリップの大きな客層として、時間つぶしに集まってくる年金受給の老人がたくさんいる。家に籠らず劇場に来ることが健康維持につながる。彼らは仲間を作って楽しんでいるのだ。老人仲間だけに限らず、若い人との交流にもなる。貯めたお金を劇場や踊り子へのチップで還元することは経済的にもお金の循環になっている。劇場がなくなると彼らが行くべき場所も生きがいもなくなってしまうことになる。これは大変な社会的問題である。
ストリップは粋に楽しむべし。
ストリップは女性のヌードを見れるところ。しかし、楽しみ方は千差万別ある。踊り子とのコミュニケーションも楽しめる。踊り子が喜ぶからとリボンを投げて楽しむ人もいる。私のようにステージからインスピレーションをもらって文筆を楽しむこともできる。ステージというのは美的なエロス的な愉しみもあるが、知的刺激にも満ち満ちている。大切なのはそれを感ずる感受性があるかどうかだ。
勉強やスポーツができない若者が音楽やダンスにのめり込むと思う人がいる。とんでもない勘違い。一流のミュージシャンやダンサーは天才であり、勉強やスポーツはめちゃ出来る人が多い。
同じように、勉強やスポーツができない子がエロスに走りたがると思われがち。そうじゃないんだな。勉強やスポーツができる子もエロスに興味がある。
エロスが必要悪なら「かっこいい悪」を目指したらいい。かっこよくストリップを楽しむ。そんな遊び人がたくさんいてほしい。私は前から「ストリップな紳士」でいたいと思っている。あるお姐さんが私のことをそう呼んでくれて、すごく気に入ったフレーズになった。ストリップという性格上、根暗の男性が多くて当然だと思うが、そういう中にも自分なりの楽しさを見つけられたら最高だと思う。根暗な人が他人の楽しみをネットで誹謗中傷することだけはやめてほしい。人間として最低限の行為だ。そうした心無い人たちがストリップ業界をダメにしている。
踊り子が素晴らしいステージをする。そして粋な人たちが楽しむ。そんな形でストリップが盛り上がってほしいものだ。
中谷ののかという踊り子は「かっこいい悪」を演じられる踊り子の一人である。
平成30年4月 大阪晃生ショーにて
今回の話のテーマは、本ブログのスタートである「ストリップ太郎の講義録『ストリップは違法なのか」』に詳細にまとめている。本ブログの核ともいえるものである。興味がある方は是非ご覧頂きたい。