童話『新ちから姫』

 

第26話 インド舞踊の魅力

     

             

 新生TS劇団の次なる目的地は二つあった。

 ひとつは、旧TS劇団のメンバーが主張するインド。彼女たちはアラビアンダンスと関連が深いインドの古典舞踊に強く興味を持っていた。

 もうひとつは、中国。先に中国雑技団を観て全員が中国古典舞踊に興味を持った。中国古典舞踊は武道と関係が深いこともあり、アゲハッチョとニジッポ、カエラッチの男性陣が特に強く要望していた。

 いずにせよ、この二つの目的地に行くルートはシルクロードを通るしかない。

 

 最初はインドに向かった。

 インドと言っても、それはそれは広大な大地である。

 博識のユイリィがインド舞踊について説明してくれた。

 インド舞踊は4000年もの歴史を誇る世界最古の民族舞踊です。しかも単なる踊りではなくかつては人と神との交流手段として発達し、感情や精神を微妙に表現し得る優れた踊り手と「ヴェダ」という讃歌によってのみ神も応えて舞うと信じられてきました。

紀元前1世紀ごろには、音楽と舞踊の経典バーラタの「ナティヤ・シャストラ」が書かれています。バーラタはインドの古典舞踊を体系づけ、詳細に記したものです。が、その影響は今日の現代舞踊の中に見られるだけでなく、他のアジア諸国に伝わる民族舞嬬の原型となっています。なかでも、タイ、ビルマ、インドネシア、などではそれが最も顕著です。

西洋のダンスとは違い、踊りが神との意志交流を図る唯一の手段だったため一挙手一動作に意味があり、わずかな目の動きにも魂が込められていますこのようにインド舞踊は宗教と深いかかわりがあったため、踊り手は寺院に直属していました。南インドのバラタナティヤムを踊る人は「デーヴァダーシー」とよばれていますが、これは神様の召使という意味です。オディシイ・ダンスの「マハリ」やマニプリ・ダンスの「マイビ」も子供のころから寺院に仕え、神聖な課業に厳格に生きた人たちです。

 

 さて、インドの舞踊というと一般には古典舞踊だけを取り上げる傾向があるが、実際インドに行ってみると、さまざまな舞踊があることがわかる。大きく分ければ、古典舞踊classical danceと、民俗舞踊country danceと、部族舞踊tribe danceの3種類である。

 インドの古典舞踊にはその生まれた地域の別から、4つの大流派があります。

 バラタナティヤム(南インド、タミルナードウ州発祥)

 カタカリ(南西インド、ケララ州発祥の舞踊劇)

 カタック(北インド、マトゥーラ・ブリンダバン地方)

 マニプリ(北東インド、マニプール)

 この四つをインド4大古典舞踊と言うことが多いが、それは絶対ではなく次の三つを加えて7大古典舞踊と言うことだってある。クチプディ(アンドラ・ブラディシュ州) オディシイ(インド東海岸オリッサ州) モヒニアッタム(ケララ州)

それぞれ大きな特徴があるわけだ。

 

その中で、新生TS劇団のメンバーが注目したのが、ムガル王宮で発展した北インドの宮廷舞踊「カタックダンス」。インド4大古典舞踊の一つで、北インドで最も多く踊られています。

一説にはフラメンコの源流とも言われ、足にグングルと呼ばれる真鍮の鈴を巻いて力強く軽快にステップを踏み鈴音を奏でながら踊るカタックダンスは、 アラベスク模様を象ったともいわれる、左右対称の切れの良い所作と華やかな旋回、口唱歌(ヴォイス・パーカション)とアビナヤ(マイム)を特徴とし、幅広い種類の踊りがある。

 繁栄を誇ったムガル宮廷では、砂上に輝く美しい月夜の晩に、音楽と舞踊の宴が催されていたと言われます。人々は月を愛し、月に関する詩や曲、そして月を模した所作で踊るダンスが多く作られました。伴奏には、北インド一帯で演奏されるサーランギー、パカワジ、シタール、タブラ、バンスリーなどの楽器が用いられました。それを聞いて、月の化身ムーンがうずうずしました。(笑)

 ちから姫の一行皆が、このカタックダンスをユカリーナに見せてあげたいと思いました。

カタックダンスは現在インドの他、アメリカ、イギリス、ドイツなど世界各地で広く踊られています。

 

 もうひとつ注目したのが、西インドの砂漠の舞「ラジャスタンダンス」。アラビアンダンスはインド・ラジャスタンのジプシーの踊りが元になっているという説もあります

 この踊りは、ラジャスタン地方の民族舞踊です。その大地の多くが砂漠に覆われ、砂漠やオアシスに住む多種多様な民族の生活慣習にあわせて楽器が作られ、音楽が生まれました。その音楽に合わせて軽快なテンポで踊られる舞踊は、ときには郷愁をも誘います。

 

 旧TSメンバーたちは、自分たちのアラビアンダンスとの違いをチェックしました。

 まず、音楽が違います。アラビア音楽とインド音楽という違いです。

 ステップも違う。アラビアンのステップは腰の動きと連動したもので、エレガントに自然に出されるものが多いですが、インド舞踊は足全体で踏み鳴らしたり、跳ねるような軽快なステップが多くなっています。

 一番の違いは手の動き。アラビアンでは手は基本は指は揃えて指先を綺麗にみせ、あまり動かさない方がエレガントとされています。ところが、インド舞踊の手の型には、片手のジェスチャーが28種、両手が24種と多種多様。基本である「パタカ」、孔雀の意味の「マユーラ」、蓮の花の「プシュパプタ」など、それぞれに意味があります。指で円を作ったり両手でかかげたり、様々な神秘的な動きです。

 

 こうした違いは感じられるにせよ、アラビアンダンスのスタイルは、この北インドから 東ヨーロッパ、トルコ、スペインなどを西へと旅を続けたジプシーたちが作り上げたのは間違いない気がしてきます。

 その土地の音楽や踊りを自分のスタイルに取り入れる才に長けていたジプシーたちは、アラブの民族舞踊を自分たちの踊りに取り入れ、ストリートパフォーマンスを行うことで、生計を立ててきました。それらは生活に根ざした動作が踊りに反映されているという特徴 を持っていました。

 衣装にコインが縫い付けられているのは、全財産をアクセサリとして身に纏っていた彼女たちの名残と言われています。

「この踊りも、この衣装も、今の私の全てよ。しっかり観ていってね。」ジプシーたちがそう叫びながら踊る姿が見えてきました。彼女たちは危険も覚悟で、まさに命がけで身を曝けだして踊っているのです。そう思うと、旧TS劇団のメンバーはみな泣き出しました。自分たちの祖先にあたる人々の苦労を想うと自然と涙が込み上げるのでした。

 

 ユイリィは、インド舞踊の進化として現代の「ボリウッドダンス」についても触れました。

 ボリウッドダンスはインドのボンベイとハリウッドをかけた言葉で、インド映画に出てくるダンスを指しています。ストーリーの合間に台詞を歌いだし、皆で踊り出す…。本当に軽快で楽しいムービーです。インドの舞踊と演劇は密接に結びついて発達してきたのがよくわかります。腰の動きよりも、跳び跳ねたりするステップや肘から先の素早いモーションが多様されています。

 これを見ると、古典舞踊とのギャップに首を捻る人も多いことかと思われる。現代インドでは、潮流として、一頃の日本の能や歌舞伎が衰退して行ったように古典舞踊が急速に過去の物になりつつある。海外でインド古典舞踊は相変わらず脚光を浴びてはいるが、インド国内に限って言えば、若者たちは映画音楽やダンスに興味を持つが、古典舞踊にそれほど魅力を感じなくなってきているようだ。実際、古典舞踊を観ても、日本の多くの人たちが、能や歌舞伎を観るのと同じように、欠伸を噛み殺し、その意味さえ理解できなくなってきている若者が増えてきているのが現状である。

 

 アラビアンダンスも、実は将来どんどん進化して新しいジャンルが生まれていっています。このボリウッドダンスにフューチャーしたり、ポリネシアンダンスの要素を取り入れた融合系なんかも出てくる。笑

 インド舞踊は「踊るヨガ」とも言われていて、フラメンコのルーツでもあると言われているわけだし。インドネシアのケチャダンスもとても似ている。

 いろいろ融合し進化するのもダンスの宿命かもしれないね。でも、どんな世界中のダンスも根っこではつながっているのかも?と思うとなんだかワクワクしてくるよね。

 

                                    おしまい