今回は「オリンピックよりストリップ!? (その3)」。

 

  2010年2月のバンクーバー冬季オリンピックのフィギュア・スケートは近年稀にみるハイレベルな争いだった。

 女子では、ミスのない完璧な演技で世界最高得点を叩き出した韓国のキムヨナ選手が優勝した。同じ19歳の天才・浅田真央選手は女子では誰もできないトリプル・アクセルを三回も決めた。この天才ライバル同士の争いは間違いなくフィギュア・スケート界の歴史に残るだろう。

 男子も、四回転を華麗に決めるロシアのエフゲニー・プルシェンコが絶対王者と思われたが、アメリカのエバン・ライサチェク選手がミスのない演技で金メダルをさらっていった。日本の高橋大輔選手も世界一と言われる華麗なステップで銅メダルに食い込んだ。

 

 今回の大会では、女子では誰もできないトリプル・アクセルを三回も決めた浅田真央選手の技術点が低かった。そのため、真央選手は銀メダルではあったものの、金メダルのキムヨナ選手に総合点で大きく差をつけられた。私の目から見ても、順位は止むを得ないとはしても、この点差は納得いかない。真央選手はこのトリプル・アクセルに苦しみ、五輪出場も危ぶまれるほどのスランプを乗り越えて、今回の晴れ舞台での成功をつかんだ。日本人誰しもの心情として真央選手に心から拍手を送っている。それが全く点数に反映されないのだから真央選手の心中を察するといたたまれない。

 また男子も、四回転の技術点が低いため絶対王者であるプルシェンコも金メダルを逃した。アメリカのライサチェク選手は難しい四回転を避け、無難に演技をまとめることで金メダルを獲得した。高橋大輔選手は四回転に果敢に挑戦したが失敗した。この結果を受け、プルシェンコは競技後のインタビューで「四回転を成功させているのに、こんなに技術点が低いようでは、誰も難しい技に挑戦しなくなる。それではフィギュア・スケートに発展はなくなる」と手厳しいコメントを発している。全くその通りだ。

 

 より速くとか、より遠くへ等、記録を争う競技は順位をつけるのは容易だが、フィギュア・スケートのような人の評価に委ねる競技というのは客観的に甲乙をつけるのは非常に難しい。各国の思惑も含め、どうしても主観的な判断が入り込む可能性が残る。そのため、技術点や芸術点には細かい基準が定められてもいる。

 では、技術点と芸術点は本来どちらを重く評価すべきなのだろうか?

  フィギュア・スケートは氷上の芸術。より美しい方が高く評価されるだろう。スタイルも良く、ルックスも良い方がいいに決まっている。しかし、これらは持って生まれた資質に左右される。

 いくら資質がよくても、それを氷上で魅せるには技術がいる。その技術を習得するために、長い間の修練が必要になる。その技術の成果として資質が生かされ、それが芸術として評価される。フィギュアは技術なくして芸術は論じられない。技術が高まってこそ芸術の域となる。そもそも英語のArt(アート)には、芸術と合わせて、技術という意味をもつ。だから、芸術と技術は本来表裏一体なものなのである。

 資質が全てなら、誰も努力しなくなる。オリンピックは技術を争う場。美しさだけを追求するならプロに転向して、それでお金を稼げばいい。結論から言って、これからのフィギュアはもっと技術点の比重を高くする必要がある。

 

 さて、ストリップの場合はどうかな?

 ストリップの場合、どこまでが技術で、どこからが芸術なのか、区分が難しい。

  ストリップは女性のヌードを観賞する場であり、ヌードそのものがひとつの芸術と云える。その美しさは、踊り子さんの資質に大きく左右される。美人度、スタイルの良さ、若さを含め、男性は容姿の良い女性を求める。これは本能に近い。

 一方、ストリップはステージこそが芸術という見方もある。特に、踊りには技術が要る。やはり‘踊り子は踊れてなんぼの世界’。より良い踊りを追求しない人には踊り子としての成長はない。長くストリップの世界にいる方は人知れず努力を重ねている。真の芸術は、こうした努力の賜物として評価されるべきだろう。

 

 ただ、ストリップの場合、競技ではないから、要はお客さんを喜ばせられることが大切。お客の好みは千差万別なので、こうでなければいけないという絶対的基準はないのかもしれない。お客に元気と癒しを与えられれば、技術がなくてもかまわないとも言えそう。

 ストリップの場合は芸術とか技術を論じる前に、人気が重要になる。商売なので、客をたくさん集められ、更にポラをたくさん売れることが踊り子さんに求められる条件となる。そのため、美しさで客の目を癒したり、ダンスの上手さで客に元気を与えるのと同じくらい、ポラを売るための接客努力も必要になってくる。昔はただステージを観せるだけだったが、ポラ収入が劇場収入を支えるようになった昨今ではファンをたくさん掴むことが大きな人気のポイントになってきた。ポラが売れないと劇場に呼んでもらえないのだからシビアな話である。

 しかし、ファンの目は節穴ではない。一生懸命に努力している踊り子さんはしっかり評価している。踊りの修練は必ずステージに表れる。踊り子さんの成長を自分の喜びと感じて応援しているファンがたくさんいる。ポラタイムで気持ちよく接してくれるがゆえ、元気や癒しを与えてもらえる。自分の気に入った踊り子さんが気持ちよくステージを努められるよう精一杯応援したくなる。

 一方、いくら容姿がよくても、ステージでやる気が見えなかったり、客対応がおざなりだと、客はすぐに離れていってしまう。客は正直である。ただ単に、若くて可愛いだけの人は最初だけもて囃されても、いずれ飽きられて長続きしない。ストリップの世界も決して甘くない。

 オリンピックもストリップも、頑張った人が輝ける場であってほしいと願う。

 

平成22年2月