さいとう真央さん(ロック所属)の話が出てきたので、思いつくまま、彼女について書いた文章を掲載したいと思う。

 

 いま振り返ると、さいとう真央さんは本当に魅力的な踊り子だった。

 彼女について書いた最初のレポート(エッセイ)はこんな感じだ。この当時、仙台に住んでいたので、仙台から遠征したときのものだ。

 

 

「いま最も観たい踊り子さんは誰ですか?」と聞かれたら、即座に「さいとう真央さんです」と答える。

 先月11月25日に川崎ロックで、真央さんのステージを約半年振りに拝見した。2ステージ目のポラ・タイムに入場したのでフルにしっかり観れたのは3ステージ目だけ。そのときのステージがあまりにも素晴らしかったので、夜行バスの時間の関係で4ステージ目が観られなかったのが残念で残念でならなかった。4ステージ目の最初に真央さんのお顔を拝見しただけで劇場を後にしたが、本当に後ろ髪を引かれる思いだった。

 

 前回観たのはゴールデン・ウィークで、ちょうど真央さんのデビュー1周年。実はそのときも約半年振りに拝見したのだが、久しぶりにステージを観て真央さんの成長振りに目を見張った。周年の出し物(ピエロ)として気合が入っていたのは分かったが、真央さん自身に、そしてステージそのものに惹きつけられる魅力を強く感じた。

 更に今回の川崎ロックではハンマーで頭を殴られるほどの感動を覚えた。マーメイドの出し物から目が釘付けになり、そしてベッドまで一気に観終えた。まさに夢中で観ていた。

 

 真央さんがステージに登場した瞬間、お客の目を惹きつけ釘付けにする。真央さんにオーラを感じた。いま最も人気のある東洋の稲森しほりさんがもっている観客を酔わせるオーラと全く同質のもの。真央さんは完全に一皮剥けて、一気にストリッパーの頂点に立った。

 この魅力を私なりに表現すると「雰囲気に酔わせる」魅力。真央さんがステージに立っているだけで観客は満足してしまう。そこに居るだけで演じているのである。よく役者がそこにいるだけで演じていると云われるのと同じ。存在感だけで満足させられる。極端に言うと、動き(ダンスの振り)なんてどうでもよく、振りも曲も自然と真央さんについていっている。

 

 真央さんの新宿ニューアートでのデビューの頃を思い出す。ダンスでは振りについて行くのがやっとの状態で、実際よく振りが飛んでいた。「こんなにダンスがダメでも、お客さんは温かい目で見てくれる。お客さんは優しいね」と本人が言っていたくらい。曲名は忘れたが、ダンスはすごく乗りのいい曲だった。デビュー週は何度か通ったので週後半にはダンスも随分よくなっていて、私が「ダンスの選曲がとてもいいけど、真央さんのダンスも曲に負けなくなったね」と褒めたら、真央さんがとても喜んでくれた記憶が残っている。それを考えたら、今の真央さんの成長振りは隔世の感がある。

 

 いい女の条件を一言でいうと「雰囲気に酔わせてくれる女性」と言いたい。たまらなく男を酔わせてくれる女がいる。そういう女性のことをスナックやクラブなどで話題にすると、みなさん興味を示し、具体的に「どこがいいの? どうすれば彼女みたいになれるの?」のと訊いてくる。ところが言葉ではなかなか説明できない。しかもこれはマネできないもの。持って生まれたものというか、これまでの人生・生活をバックボーンとして自然と醸し出してくるものであり、他人が簡単にマネできるしろものではない。

 真央さんはそれをステージで表現できるようになった。観客も酔うが、おそらく表現者として彼女も酔っているはず。いまはステージに立つのが楽しくて仕方ないんじゃないのかな。

 あらためて、踊り子そのものが「作品」なのだと感じる。ステージのテーマ、構成、振り付け、衣装などは、その踊り子の魅力を引き出すための付け足しに過ぎない。最後は踊り子そのものの魅力に勝るものはない。

 

 

 真央さんのことを語るにはこれまであまりにも観る回数が少ないことを深く反省している。もっともっとたくさんステージが観たい。

 次回の年末の新宿ニューアートにはたくさん観に行きたいと思っています。