ストリップ・ファンとしていろんな劇場に足を運びますが、踊り子さんの香盤を抜きにして、この劇場は居心地がいいなとか自分の好みに合うなとかいう劇場との相性みたいなものがあります。ストリップだからステージが広くてゴージャスな劇場が良いかというと必ずしもそうとも限らず、狭い劇場でもアットホームな感じがして良いところもあります。
踊り子さんも同じように感じるのではないでしょうか。
ただ踊り子さんの場合、ステージの広さによって出し物の踊り方を変えなければならない大変さがあるようです。ベテランの踊り子さんなら劇場の広さによって出し物を変えることもできるでしょうが、新人さんはそうもいきません。大阪東洋でデビューした春乃霞さんが、広くて花道も長い大阪東洋のステージから狭くて花道のない浜劇に来たとき、曲に合わせて歩くのに歩幅を小さくしただけでは足りずに最後は盆をぐるりと回ることで調整したと話してくれました。こういう微調整は頻繁にあるのでしょうね。また広さだけでなく、高さが問題になることもあります。最近、藤咲茉莉花さんや若葉さくらさんのベッドショーで椅子の上で足を高々と上げるダイナミックな出し物がありましたが、足が天井のライトにぶつかりそうなって結構ハラハラさせられました。やはりダイナミックな出し物は広いステージで映えますね。
ともあれ、踊り子さんはこうした舞台調整を器用にこなさなくてはなりません。
舞台がひとつの器であるならば、その器に合うように出し物を変えることも、技のひとつなのかな。それが「器量」とも云えそうです。
前に、ストリップの心技体という話をしましたが、これは器量に通じる気がします。
器が体に通じ、量は心に通じる。器と量をバランスさせるのが技となる。・・・
さて、いつものように小難しい話になってきましたが、もう少し話を進めますね。
人には心を入れる器が存在します。心というのは様々な感情のことですが、これを入れすぎると普通の人はアップアップしてきます。全ての感情を入れ込める器なんてありません。あるとすれば神の器ということでしょうか。
器の大きな人(器量人)というのは、自分に降りかかった困難に上手に対処することができます。自分のことだけではなく、他人からの悩み事にも相談にのり、それも器用に対処してしまう。このことをもう少し詳しく見てみよう。彼は他人から持ち込まれた相談事、すなわち悩める感情を自分の器の中に包み込んでしまう。相談した相手は自分の悩める感情を包み込んで見えなくしてくれただけでも安心してしまう。更に彼は器の中で何をしているか。端的に言うと、彼はそれら悩める感情を器の中で消しているのです。凡人にとっては目の前の出来事が大変な悩み事と大騒ぎしていますが、器量人からみればたいしたことではないと判断されます。器量人は凡人に比べて大きい空間軸と時間軸をもっているがゆえに、彼はその広い目と長い目をもって相手の相談事を些事に過ぎないと判断し、データを消去してしまう。こうやって、つまらない感情を器用に捨ててしまい、大切なものだけを綺麗に残してある。だから素晴らしい器になっているというわけです。
「男は器用より器量になれ」とよく言います。私も仕事をしながら、この人は器が大きいなぁと思わされた人が何人かいます。彼らは急な困難に遭遇してもジタバタしません。上司がどんと構えていてくれれば、部下としても気持ちを落ち着かせて対処できます。「苦難の時に動揺しないこと。これは真に賞讃すべき卓越した人物の証拠である」。ベートーベンの言葉ですが、本当にそう思います。
器量人というのは、リーダーとしての度量、統率力のある人のことを云いますが、これは男性が対象になります。一方、女性に器量よしと云えば美人(別嬪)のことを指します。同じ言葉でありながら、男と女でこれほど意味が違う語も珍しい。
辞書に「器量負け」という言葉がありました。意味がふたつあって、男性用には①才能があるため、自負したり過信したり、却って失敗すること。もうひとつ女性用に②顔立ちが美し過ぎて、却って中々結婚できないこと、とありました。
本当にもったいない話ではありますが、器量負けしている踊り子さんが結構いるような・・・あっ、失礼しました!