ポラで悩んでいる踊り子さんは多い。今回の話は、そんな踊り子さんに渡した手紙である。

 

 

 年賀状というのは貰うのは嬉しいものだが、毎年書く季節になると鬱陶しい気分になってくる。仕事の付き合いが広がっていくとどんどん増えて、今では200枚くらいを書かないといけない。

 以前は住所書きだけでも大変な作業で、よく習字を習っている娘にアルバイトで頼んだりしていたのだが、今ではパソコンのお陰で物凄く楽になった。一日でほとんど処理できるようになったから劇的だ。

 考えてみたら、踊り子さんにとってポラのサインというのは年賀状とよく似ているのではないだろうか。毎日、年賀状を書いている気分では?

 日付や名前や劇場名は住所書きみたいなもの。

 問題はコメントを書いたり色づけしたりシールを貼ったりしてポラを飾る作業。年賀状でも単なる印刷だけだと味気なく、ひとこと手書きのコメントがあるだけですごく嬉しいもの。同じようにポラに自分なりの味付けをされている方が多い。大変でしょうがファンとしてはたまらなく嬉しい。

 パソコン処理のように簡単に済んだらいいのに、と思っている方もいるんじゃないかな。でも手作りだからいいんですよね。以前、引退した東洋の麻生祥子さんに「こんなにポラを頼まれたら食事をする暇もなくなるんじゃない。枚数を制限するとかしたらどう」と声をかけたファンがいましたが、彼女の答えは「ポラにサインをするのがとても楽しいの」。なるほど、私の娘なんかも小さい頃から夢中でお絵かきをしたり、交換日記、プリクラシール集めなどをしているのを見ると、女の子は本質的にこういうことが好きなんじゃないかなと思えてくる。

 

 ところで、踊り子さんはポラを撮られるのは嬉しいのだろうか?

 初めてステージにのり、ポラのときにおろおろしている新人さんは多い。やはり恥ずかしいし、抵抗もあるし、お客が怖く感じたりするのだろうな。いつだったか、新人さんがポラで足を開けなくて「そんなんじゃポラが売れないでしょ」と照明さんに叱られていたことがあった。結局その娘は二日ともたなかった。たかがポラのために、なんて可哀そうな、残念なことになったなぁと感じた次第。

 

 ポラができないために劇場に呼んでもらえない踊り子さんもいるようだ。

 ベテランの踊り子さんでもこんなことを言っていた。近年最もポラ人気の高い篠崎ひめさん(東洋所属)でも、「ポラが人気のバロメーターってゆうのはさみしい。ストリップは舞台なのに、そお思ったりするのです。きっとそお思ってる踊り子さん多いと思います。ポラを売るためにステージやってるんじゃないって」と言っていた。ポラの代金は一切踊り子さんには入らず、劇場の収入源になっているわけだから、踊り子さんにとってポラへの執着はなし。むしろ人気のバロメーターにされて困った存在なのかもしれない。

 

 2001年に渋谷道頓堀劇場が復活した当時は、ストリップ・ミュージカルが中心の舞台構成だった。したがって、他劇場からのゲスト以外は個人のソロも殆どなかったし、ましてやポラなんて全くなかった。それでも観客はかなり多かったし満足していた。

 ポラがないということは、お金がかからないし、ステージだけに集中でき、ポラ時間のような待つ状態がなくなる。だから、進行は予定時間通りになる。たしかにポラを撮らない人にとってはポラで待っている時間というのは長く感じるし全く無駄なものだと思っているだろう。

 しかし、いまや、ポラは劇場の大きな収入源になっている。入場料よりも見入りが大きいようだ。あの渋谷道頓堀劇場でさえ、路線を変更し、いまではポラ主体の時間編成にしている。ポラで時間が押せば一日三回公演はあたりまえ、時には一日二回公演ということさえもある。

 このように劇場側がポラに期待している現実は否定しがたい。

 となると、踊り子さんとしても、この現実を受け入れるしかない。

 

 私が踊り子さんにアドバイスするとすれば、

①.今の時代にストリッパーとなったからにはポラ撮影は受け入れざるをえない。お客がポラを撮りたいというからには、これもサービスの一環なんだ、これも仕事のひとつなんだと割り切るしかない。

②.なにもポラはエロポラだけとは限らない。まず衣装ポラだけでも撮らせたらいい。私のように衣装ポラで十分満足するファンだって沢山いますので。そして、慣れてきたらエロポラに進んだらいい。

③.最後に、ポラを楽しむこと。ポラは唯一お客とコミュニケーションをはかれる場です。ファンをつかみ親しくなれるチャンスの場として楽しめたら最高です。

 

以上、「ポラの功罪」みたいなことを考察してみました。

 

踊り子さんと一緒に、ポラを楽しみたいなぁと思うこの頃です。