久々の投稿。きっかけは読んだ本を紹介するために開設したブログでしたが、あれから年末年始とバタバタとした生活がすぎ、心に余裕のないまま年を越して今に至っています。
それでも、毎月何冊か本を読もうと意気込み、コツコツ読書は続けていますよ…!
読書も好きですが、映画も好きなので、いろんな文学と映像に囲まれてなんやかんや過ごしていると、普段自分の身の回りで起こったことを簡単に文章にできないかな、くすっと笑ってもらえるようなエッセイが書いてみたいなと思い、深夜テンションの筆致で綴ってみました。
面白いか面白くないかはともかく、いろんなコメントを頂戴できればと思います。
第一作目は『親指』です。
私は突如として、親指の重要性を思い知らされることとなる。
ある日、会社で大量の印刷物を封筒に入れるという作業を頼まれたため、従業員何人かで分担しひたすら印刷物を封筒に入れていると、途中から親指がどうも鈍い動きをするなと感じるようになった。私は一つの作業に没頭すると、なぜか勝手に対抗意識をもってしまう。そして、無神経にも力をこめてしまう。自分の性格は、大分捻くれている。と改めて思う。腱鞘炎になるかもしれませんねなんて笑い話半分で、まるで他人行儀っぽく派遣社員の女性に笑いながら言っていた。明日になれば治るだろうぐらい軽い気持ちで思っていたのだが、何日経ってもやはり親指がギクシャクする。
やっぱり腱鞘炎なのか。冗談半分でもなんでもないじゃないか。と自分に言い聞かせた。
それ以降、マグカップでコーヒーを飲むのも、本を読むにも、スマホで文字を打つにも、大分辛気臭く感じるようになった。(スマホでメッセージを送るときは基本全部親指でキーボードを叩き、それが習慣化しているので)
親指の力は偉大だ。親指を痛めて初めて思ったのだが、実は親指は思わぬところで力を発揮している。例えば、昔、理科の教科書に左手フレミングの法則の図が載っていて、その図を必死に素描したが、そこにも親指は重要な方向として位置づけられていたのを記憶している。何かを握るにも掴むにも親指がないと、やはりどこか不安定である。
親指の偉大さとともに、親指を労ることの大切さも学んだ。人間は骨が通っていて案外がっちりしているようでも、意外と柔らかいもんだ。自分のからだを労る時間も時には必要だ。と心に留めた。了
