今月の玉木宏樹先生の原稿は、暗譜についてです。
本当に音楽を音楽的に奏でるためには、まず暗譜してから、というふうに思うことが多いと思います。確かに、そういう気もします。暗譜したら、そこからようやくやりたい音楽ができる、本来の音楽を追究することができる、と、私も最初はそう思いました。しかし、最初に暗譜ありき、ではなく、結果として暗譜していた、というベクトルの方が自然のような気がします。つまり、暗譜するには暗譜のことを忘れる、という逆説を立ててみたいと思います。

玉木先生の原稿は現時点でまだ戴いていないので、本当の中身はまだ分かりませんが、楽しみであります。
今月は、編集作業が少し遅れ気味です。今日出勤して、少し遅れを取り戻しました。
毎月、苦しさ加減が増しているように思えてなりません。
でも、iPhoneとツイッターのおかげで結構楽しいかも。
世界的に景気が良くなくても、アップルはきっといいのだろう。
私もずいぶん貢献したものな。でも、ほんと面白いものをつくるなぁと思う。
iPhoneは、使い方次第では、いいかも。
朝青龍が引退したことがどうしてもまだ納得できないでいます。
彼にも同情すべきところがたくさんあると思うからです。
彼はハワイへ行ったそうですが、そのことすら、もう批判している人がいました。
彼をどうしてそこまで言うのでしょうか。
遠くへ行って一人になりたいだろうに、何故それを批判するのか。ハワイだからいけないのか?
彼は、いろいろなことで拘束を受けていますが、それが悪循環になっていたように思います。
品格という言葉が気になって仕方ないです。
品格という言葉は、実に曖昧で分かるようで分からない言葉だと思います。

例えばガッツポーズ。どうしてこれが品格がないのか。
ガッツポーズをしている他のスポーツは品格がないのか?
そういえば、昔、高校野球の地方大会で、ある高校生がホームランを打ってガッツポーズをしたら、そのホームランは取り消されたとか。だいたい、取り消すことができるということ自体、驚きであるが、とにかく、ガッツポーズをしただけで、品格がないとされるのである。じゃあ、ゴルフは品格がないのか? 
それから、相撲にはしょっきり相撲があります。あれを最初見たとき、度肝を抜かれた記憶がある。信じられない思いだった。お相撲さんが、ボクシングを始めたり、バレエを始めたり、こういうのは、品格とは関係ないのか? 興行の面が大きいから、やはりファンサービスがあってしかるべきなのであろう。
朝青龍も、彼独自のパフォーマンスでファンサービスをしていたように思う。
彼のようなお相撲さんを認めてあげられない日本というのは、ちょっと狭いのではないか。