FACTAが、月曜日から編集期間に入り、20日に発行だという。恐ろしく速い編集だ。
もちろん、主な取材期間は別なのであろう。いわゆる編集実務が開始されるということだと思う。
ストリングは編集者が少ないから、毎月頑張っているが青息吐息ってところだ。

それにしても、この世界に入ったときと比べて隔世の感だ。
驚く無かれ、私が新入社員で入った頃は、活版印刷であった。文字組は一つ一つ職人さんが、活字を組んでいく。絵や図表は、亜鉛版や樹脂板。であるから、やれることというのは限られていた。私は、出版というのは、こんな原始的なものなのか、と驚いたものだ。
しかし、すぐに写植の時代になり、ところが、写植もあっという間に電算写植を経て、終焉を迎えた。
そもそも、写植も活版もせっかく組んだページがデータとして後に残らない。データの使い回し、再利用ができないのである。無駄である。マックのDTPが出てきたら、あっという間にとって替わられたのは、自然なことであろう。しかし、これで、印刷業界は慌てた。今思えば、写植代というのは、高かった。それが、無くなるでのあるから。

とはいえ、DTPが完璧だったかというと、そうでもない。理想は理想として素晴らしかったが、現実はそれほど甘くはなかった。未だにDTPの世界が完成されたとは思えない。そのうちに、クラウドDTPということになりそうだ。そうなると、本当のDTPの理想に大きく近づけるのかもしれない。紙媒体と電子と共存の世界なのであろう。その意味でFACTAは、時代の先端を行っている。
iPadの概要が見えてきた。いろいろなことを書いてくださる方が多いので、本当に有り難い。これは、かつてアラン・ケイが提唱したダイナブックそのものではないだろうか。

もしかすると、すべてがIpadでまかなわれる時代が来るのかもしれない。生まれてから、これで絵本を読み、教科書を読み、参考書を読み、辞書を読み、百科事典を読み、小説を読み、あらゆるジャンルの本を読み、テストもこれで行なわれ、採点もつけられ、記録も残る。戸籍謄本も、住民票もこれでまかない。死亡届もこれで行なう。言ってみれば人生のハードディスクだ。これを無くしたら大変だと思うこともない。全ての記録はクラウド化されるからだ。つまり、我々はすでにクラウドというロボットに管理されているのである。

星新一のショートショートで、コンピュータを神にするというプロジェクトが組まれ、どんどんあらゆる情報がそのコンピュータにインプットされていくのだ。あらゆる学問、宗教、情報、歴史、もうありとあらゆるものがその中にどんどんインプットされていくのだ。そのうち、そのコンピュータは、見た目にも神々しくなっていく。そしてある日、ついに完成するのだが、そこにあるはずのコンピュータは見えない。つまり、神が目に見えることはあり得ないから、というオチで終わるのだが、目に見えないクラウドは、言ってて見れば、そのうちありとあらゆる情報がインプットされていくことになるのだろう。つまり、それは星新一的に言えば、神をつくることにほかならない。
知る人ぞ知る、総合情報誌FACTAの編集長、阿部重夫氏と飲んだ。
彼は、実は従兄弟である。何十年ぶりに会った。ほとんど初対面に近い。
重夫氏は、NHKのラジオ番組に出演して、その足で駆けつけてくれた。背が高いのに驚いた。
テレビにも月に何本か出ている。
ずっと会っていなかったが、重夫氏のことは、母や父からずっと聞いていた。
東大から日経新聞へという超エリートに、一種あこがれのようなものもあった。
積もる話が、といっても、双方にそれぞれあるわけだが、親戚のことで初めて聞く話もあって面白かった。それから、さすがに社会のいろいろなことを知っていて、驚くべき真実というものもたくさんあった。
FACTAは、年間予約購読の会員制の雑誌。インターネットと紙媒体との二本立てという月刊誌である。ビジネス関連情報を中心に、内外の政治、経済、社会、文化などをあつかった読み応え抜群の記事で構成されている。情報収集力、スクープ、調査報道にかけては、圧倒的な力を誇る。
おそらく、ふだんは編集長として、オフィシャルな表情を見せるのであろうが、相手が従兄弟ということもあって、気さくでうち解けリラックスした表情をしていたように思う。
また重夫氏は、とても酒が強かった。