チェリストの水谷川優子(みやがわゆうこ)さんを取材した。彼女は、近衛秀麿の孫である。水谷川さんに最初に会ったのは、彼女がまだ高校生の頃である。チェリストの倉田澄子先生のご自宅で取材に協力してくださったのが最初である。その場には、やはり高校生の長谷川陽子さんもいた。

最近、インタヴューでは、きっと答えるのが七面倒くさいだろう質問をよくするのだが、水谷川さんは、乗ってくださる方だ。例えば、固定ド、絶対音感、ピッチのことなど。
水谷川さんは、いろいろいい言葉を言ってくださった。例えば、一般論として私が、演奏家にとって、感性は大事で否定しないけれど、感性という言葉に逃げるのはどうなのか、という話をすると、感性と分析の両立、自覚した感性、といったとても腑に落ちる言葉を言ってくださった。

水谷川さんは、十代の頃、自分のイメージと現実とのギャップに苦しんだそうだ。昔、若いという字は、苦という字に似ているという歌があったが、若いからといってすべてがバラ色なわけがない。
でも、水谷川さんは、いま、すべてが合致しだして、とても充実している様子がうかがわれた。
大学時代からの親友と久々に飲んだ。彼は、宗教に詳しく、自身はクリスチャンだが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の相関関係、仏教の歴史的背景等を教えてくれた。改めて知ることも多く、非常に勉強になった。考えてみれば、あまりにも不勉強すぎた。
釈迦は、悟ることができなかったことを悟った。ソクラテスは無知の知を悟った。
彼曰く、スピリチュアルな世界もこれからは求められるだろうとのことだった。
ヨーロッパに住むあるチェリストは、日本人は、宗教と本当にうまく付き合ってきた、それは、日本人の最も凄いところだ、と言っていた。確かに、お宮参りに行き、クリスマスを祝い、キリスト教会で式を挙げ、葬式は仏教で行なうことになんの疑問や抵抗を抱かない我々は、ある意味、宗教と上手く付き合ってきたと言えるし、何より実におおらかである。おそらく、情緒というものが我々の行動規範なのだろうと思う。

それにしても、飲んでいた席の近くの女性の団体客の声の大きさと、笑い声の凄まじさには、たびたび親友との会話を中断せざるを得なかった。何しろ、凄い笑い方で、音量は凄まじく、耳をつんざくなんてもんじゃなく、不本意にも頭蓋骨に声が共鳴して、ひびが入るのではないか、と思われたほどだ。あそこまで行くと、耳が難聴になるかもしれないという不安を戴かせる。4、5人だけであったが、50人分の音量はあった。もう少し情緒というものを大切にして欲しいものだ。

昨日は、ヴァイオリニストのレーピン氏の取材と土屋賢二先生のライヴがありました。
レーピンさんとは、13年ぶりでした。13年前、ストリングの表紙としてインタヴューをしました。あのころは、天才少年としてデビューした頃のあどけなさがまだ残っていましたが、今では、大人の男、ハードボイルドそのものでありました。食べ物に関するつまらない質問にも、真摯に答えてくれました。その結果、彼は、赤みの肉はほとんど食べない、ということが分かりました。
彼の、音程に対する考え方を知ることができて、有意義でありました。時間が足りなく、音律や固定ド、移動ド他の問題にまで、言及できなかったのは残念でしたが。彼は絶対音感を持っている、と言っていました。しかも440のピッチでの絶対音感であると言い切っていました。そこで、ピッチの異なるオケとコンチェルトをやるとき困らないか、と聞いたら、ほんのわずかなピッチの違いだから、微調整できる、ということでありました。音程の問題に関してはかなり突っ込みましたので、是非、ストリングの5月号(予定)でお読み戴ければ幸いです。

その後、新しくなった銀座のヤマハの地下スタジオで、ジャズピアニストでもある土屋賢二先生のライヴを聴きました。題して、土屋賢二トーク&ジャズライブ「ツチケンナイトvol.1」メインゲストが、あの超絶トランペッターのエリック宮城さん、そしてベースが納浩一さん、ドラムが岩瀬立飛さんという、今日本で考え得る最も豪華なメンバー。

エリック・ドルフィ・アト・ザ・ファイヴスポットに勝るとも劣らない歴史的一夜でありました。全曲、土屋先生のオリジナル作品でありましたが、すでにスタンダードなのではないかと思うほど、親しみやすい作品ばかりでありました。是非、CD化して欲しいと思うくらいでした。

エリックさんと言えば、自身率いるEMバンドのときのような超絶ハイトーンが魅力の方ですが、昨晩は、アドリブとトランペット、フリューゲルの音色の魅力を最大限に表現されていました。特にバラード調の演奏が素晴らしかったです。年輪を重ねるとともに人間としての優しさがあふれ、トランペットの表現にも繋がってきているように思いました。

土屋先生は、エッセイでは、ご自身の演奏を悲惨に書かれていますが、あの文面をそのまま受け取ってはいけないと思います。もちろん、土屋先生の中では、もっともっと理想が高いのだと思いますが、聴衆から見れば、凄いピアニストだと思います。

彼の抱腹絶倒のトークと絶妙なセッション、感動の一夜でありました。