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「認知症のある人へ嘘をついてはいけない」
認知症への対応の基本とされていますが、この言葉が認知症ケアをややこしくしている。
私は認知症の専門家ではありませんが、介護士として現場で働いているとそう感じます。
そもそも何故嘘をついてはいけないのでしょうか?
大きくまとめると倫理的な問題。
認知症があってもなくても、相手は「人」である。人に嘘をつくのは良くない。
そういう基本的な理由です。
もし「認知症のある人には嘘をついても良い」としてしまったら、どうなるでしょうか?
嘘を前提としたコミュニケーションでは、その場しのぎの誤魔化しが横行するでしょう。
目の前の問題を解決するためだけの小手先の言葉は何ひとつ認知症のある人のためになりません。
不潔行為や一人歩き(徘徊)、介護拒否などの行動はその人のストレスが噴火した結果であり、根本の問題は別のところにあるからです。
「認知症ケア」とはその人の今までの生活、性格、生い立ち、趣味嗜好、社会的地位、人間関係、仕事その他様々なことを考慮し、多職種間で相談し、プランを立ててその人に合ったケアを行うことです。
なので、ある意味「嘘をついてはいけない」は正しいとも言えるでしょう。
ここまで聞くと「認知症のある人へ嘘をついてはいけない」は間違っていないように聞こえます。
しかし嘘は絶対に必要です。
理由は二つ。
一つ目がその人の背景や困り事を突き止めて、より良いケア方法を見つけるには時間も労力もかかるからです。
在宅介護でも施設介護でも嘘を一つもつかないケアを行おうとすると、介護者側が疲弊したり余裕がなくなったりして、結果的に介護が出来なくなる場合があります。
きれい事だけでは介護はできません。
私は理想を目指す仮定として使うなら、多少は仕方ないと思っています。
二つ目がケアの選択肢を減らさないためです。
嘘も方便という言葉があるように、認知症のない人同士でも嘘を使うことはあります。
100%相手のためを思ってつく嘘もあります。
「認知症の人が見ている世界に合わせて話すのは良い」
そう言われたりもしますが、認知症ケアの一環としての嘘は良いと思っています。
例を出すと、老健の利用者様(以下A様と呼びます)で「洗濯物なおしたかしら?」と頻繁に心配される方がおられました。
職員が「なおしておきましたよ。」と答えると「ありがとうございます。」と落ち着かれます。
ここまでの情報だけでは、家事をしたいという希望がある可能性や実は外に出たいだけという可能性も考えられますが、A様はお天気が悪い時だけ洗濯物の心配をされます。
そして基本的に施設の事を旅館だと思っておられます。
つまりA様に観えている世界は「宿泊先で雨が降ってきたから、洗濯物を直すのを手伝ってあげよう。」そういう風に予想できます。
職員の「洗濯物をなおした」という言葉は嘘ですが、A様を否定することなく、A様のお気持ちを無下にする訳でもない。
ベストな選択ではないでしょうか?
勿論、事前の情報収集と多職種での相談、その後の様子観察が必要不可欠ですが…
「嘘をつかない」ことに固執してしまえば、より良いケアを目指せなかったのです。
このように嘘が必要なこともあります。
他人に嘘をついてはいけないという理想的で正しい言葉と、嘘も方便だという現実的で少し問題がありそうな言葉が対立し、認知症ケアややこしくしています。
しかし本質的には「認知症ケアの一環として、嘘が必要な場合もある」この言葉こそが正確なのです。
「認知症のある人へ嘘をついてはいけない」という言葉を忠実に守っていると、認知症ケアの根本を見失ってしまうのです。





