始まりはいつも転校生気分
ここチェスターでは、最初の6週間を一般英語コースからスタートした。このコースは16歳から上の高校生・大学生がたくさん参加していた。というより、社会人は30代のスペイン人の英語教師だけだった。
そこで、自分が若いクラスメートたちに、どのように写っていたかを思い知らされて苦笑。
「転校生」あるいは「教室の異端者」となることは覚悟の上でのこと----と言っても初めの内はあまり楽しいものではない。登校拒否症になるのをこらえて、自分を励ましながら通い続ける。
しばらくすると、帰国する者と新たにやって来る者との入れ替わりが、毎週少しずつあるために、3週間目を過ぎたころから、クラスの中堅の位置に徐々に押し上げられてくるのだ。それにクラスにも徐々に溶け込んで、リラックスできる余裕もできる。そこで、新人を迎えるときには、寂しい思いをすることのないように、うんと優しい笑顔で声をかけることにしている。
4,5週目を一緒に学習したポルトガルの18歳の女学生二人とは、とても暖かい関係を築くことができた----と言っていいだろう。彼女たちの最終日のこと。授業が終わって校舎を出て数10メートル離れた私を二人が追いかけてきて、
「Misa,ありがとう。あなたのプレゼン(これは機会があれば後程)、すばらしかたった。お別れのハグをさせて----」
と言われた。
わずか二週間のクラスメートだったけど、何度か振り返って手を振りながら遠ざかって行った彼女たちの姿に、ちょっぴり涙ぐんでしまった。
General English Course のクラスメート
さて、その初期のころのGeneral English Course のクラスメートたち。左の写真の中に、アジア人っぽい顔が数人見られるが、日本人は1人だけ。他ののアジア系では、タイ人が1人、韓国人が2人。2人とも優秀で礼儀正しかった。
ヒラリー・クリントンさんの「そっくりさん」は、17歳のスペインの高校生。気の強そうな彼女だったが、授業中、発言した後には、男子の並ぶ席の方にチラリと視線を走らせる。(彼らの反応が気になるのか?) そうだよねぇ。この年齢はいつも異性が気にかかって仕方がない、めんどくさい年ごろ。「初恋の痛みを 遠く思い出ずる日」----なんて啄木の歌が頭に浮かび、遥か彼方に忘れ去っていた「胸キュン」の痛みが、フト思い出されたほど。
左上の写真はチリの17歳。授業中に魔法瓶から右上の茶碗(?)にお湯を注ぎ、飲み始めた。なんだか、そのキセルが麻薬っぽい雰囲気をかもしだしている。
先生がそれを注意すると、「これは僕の国のお茶だよ。みんなだって、ペットボトルで飲んでるじゃないか」と抗議する。先生はグッと言葉が詰まって、それ以上、おとがめの言葉が出なかった。そこで、クラスのみんなが騒めいて、「それ、どんな味?」と次々に身を乗り出して、回し飲みを始めた。
「わっ、ニガ~イ!」というのがみんなの感想。
以後、彼のこの薬草っぽい苦いお茶は、無視というか、公認となったというか----。 それにしても彼の「髭」、17歳にしては、少し濃すぎないか!? 顎だけすでにオッサンだナ。
IELTS 受験コースのクラスメート
IELTSコースのみんなは、実際に受験するメンバーだけあって、いずれも優秀だ。話すことにかけては、ネイティブ並みの流暢さ。そんな中で、私はほぼ「落ちこぼれ」状態。クラスで頭角を現すには会話力が絶対条件なのだ。頭の中身は言葉にしなければ伝わらないのだから。
----というわけで、身長170cm以上あるというメガネの女性は、秋から理系の大学院に進学するというトルコの女性。IELTSテスト6.5を目指している。左端の女性は英語以外にすでに2か国語をネイティブ並みに話す18歳。正面の少々前髪が後退したサウジアラビア出身の青年(おじさん?)(空軍のエンジニアとのことで、会社からの派遣)が、このクラスでは弁が立つことで秀でて見えた。しかし本人の告白によるとwritingは今一つということだった。
それに対して、唯一、私が合格圏にあるのはessay writing かな。これは“excellent!”を2回いただいた。あとは“Good!”。 writingはたいてい宿題になるので、家でたっぷり時間をかけることができるから----というだけのことなのだが。
実際の試験でのwritingは「1時間 250words」 以上という条件つきだ。夕食後、すぐに机に向かっても、4,5時間はあっという間に過ぎてしまう。しかし、ほとんど時間を忘れて熱中するなんて、本当に久しぶりのこと。若い頃にこれ程熱中して何かに取り組んでいたら、この歳までには「何者か」に成れていたのではなかったか----と、今更ながら悔やまれる。(まさに「老いの繰り言」)
で、今更、そんなに英語に取り組んでそうするつもり? と問われたら、叶えたい夢はあるのだが、視力が低下した今では、長期の読書に耐えられそうにないので(しかも英書ときたらなおさらだ)、それは心に深く秘めておくことにする。
そこで、シニア英語のコースに集まった同世代の人たち(といっても、みんな私より10歳も20歳も若い!)はどうなのだろうかと、勉強する目的を一人一人にしつこく聞いて回っているのだが、これについては次回に。




