京都で「藍染」が円熟した理由を説明しようとしてて


先日は風邪をひいて体調を悪くしちゃったんですが


今日はたっとという感じで、その続きをお届けすることにしましょう。


とは言っても、何となくこうなんじゃないかなという想像。


戦争が影響してるってのは前にも言った通りですが、


つまり、戦争の被害がなかった京都だからこそ


「藍染」もキチンと育てられたのではないかと思うのです。


あんなに大きな建造物が残っているくらいだから


伝統の技だってシッカリと発展することができたはず。


現に、「藍染」と同じ染物では「京友禅」が、織物では「西陣」などが


今でもたくさんの人たちを虜にしてるじゃないですか。


まとめてみると、徳島を中心に各地へと散った「藍染」は


長い月日を経る間、様々な変化に出逢いますが、


全国でも特に京都では自然な形で「藍染」が定着化して


他の染物や独自の織物と共存して現在に至る、みたいな


そんな変遷があったのじゃなかろうか・・・と。


これが前にチョット言いかけた「生みの親と育ての親」に


「藍染」の経歴をなぞらえようとしてた理由です。


説明するまでもなく、徳島が「生みの親」で京都が「育ての親」ね。


全くの想像なんで、信憑性は皆無だけど。


日本中のご当地名物とか、お国自慢なんていうのは


案外そんなところに、それぞれの理由があったりして!?


「水虫快足」は本当に色々と考えさせてくれます。

最悪だった2~3日前とは打って変わり、今日は体調もすこぶる良好。


普段は宵っ張りで夜中まで起きていたりするんですが


ここ1週間ほどは意識的に規則正しい生活を実践。


しつこかった風邪も、ようやくどこかへと消え去ってくれました。


随分久し振りに「キツイ」という間隔を味わったような気がします。


私は手足の先が冷える、いわゆる「末端冷え性」ってやつで


だからどっちかと言えば寒いのが苦手。


冬場は布団に入ってからも足が暖まらず、中々寝付けない。


でも、今年のウインターシーズンはちょっと違います。


それは、はるばる京都からやって来た「水虫快足」の大手柄。


あんなに薄い生地なのに、それはそれは温かい。


寒がりの私は前にも靴下を履いて寝たことがありましたが


厚手のものだったにも関わらず、これほどは暖まりませんでした。


今回は寝ている間に水虫治療もできるしと思いながら


保温性には期待してなかったんですよ。だって生地、薄いし。


良い意味での裏切りにあうと、人は何倍もの感動が経験できる。


「藍染」で興味を惹かれ、「水虫快足」で実感ってワケです。


そういえば京都と「藍染」の解説が、まだ途中でしたっけね。


体力も戻ったことだし、この次にタップリと書かせていただきましょー。


製品のことについては、こちら に詳しく掲載されてますので


少しでも興味のある人は、覗いてみることをオススメします。


と言うか、悩んでるくらいなら、即行動すべしですよ!

変なタイトルのエントリーですが、


それもそのはず、風邪をひいてしまったようなんです。


更新のブランクが空いたのも、そのせいで、


実は会社を2日も休むことになり、


その間、弱った体はほぼ1日中、布団にくるまれておりました。


どちらかと言えば抵抗力はあるほうだと自負してましたが


こうも気候の変動が激しいんじゃ、限界があるというもの。


このブログも気合と精神力でやっと書いている次第。


せっかく京都を舞台に「藍染」が育った理由を


解説しようと楽しみにしてたのに・・・。


しかし人間、体が資本、無理は禁物。


ここはグッと辛さをこらえ、完治目指して泣く泣くの休養です。


風邪が治った暁には、それこそタップリと


色々なお話を披露したいと思ってますので


取り合えず「水虫快足」を履いて、


ポカポカしながら寝ることにいたしましょ♪