長らくご無沙汰いたしております(汗)。
書こう書こうと思っておるのですが、なかなかもティベーションが上がらず、手がつけられませんでした。
本日は月に一度の通院でした。
先月の通院時に採血をして、その結果を本日渡されたのですが、大変喜ばしいことに、これまで「高い、高い」と言われ続けてきた各種数値が、一応標準範囲に入り始めました。
具体的には2012年4月23日現在、
・肝機能関係
GOT(AST):29(U/L) (基準値:13~33)
GPT(ALT):31(U/L) (基準値:8~42)
・筋骨格系関係
CPK(CP):302(U/L) (基準値:62~287)
・コレステロール関係
LDL:113(mg/dl) (基準値:70~139)
・血糖関係
ヘモグロビンA1c:5.1(%) (基準値:4.3~5.8)
(基準値は、結果に併記された値)
という数値でした。
因みに、2011年9月7日現在の値は、
・肝機能関係
GOT(AST):63(U/L)
GPT(ALT):148(U/L)
・筋骨格系関係
CPK(CP):464(U/L)
・コレステロール関係
LDL:162(mg/dl)
・血糖関係
ヘモグロビンA1c:5.4(%)
GPTが148って・・・
未だCPKの値が高く、またUA(尿酸):6.4(mg/dl)(基準値:3.5~8.5)で、一応基準値内であれどもやや高めという状態ですが、「脂肪肝」と診断され(LDLが200以上の時もあった)、肝機能関係とコレステロールの改善が懸案であったために、今回のこの結果は、改善に向けて「一歩前進」と考えてよいものであると、前向きに捉えております。
今後も食生活をはじめとする生活習慣の一層の改善を心掛けて行きたいと強く感じた一日でした。
本文の前に・・・
元来の遅筆と、ここしばらくのモチベーションの著しい低下ゆえに、毎度の事ながら、長らく更新できず、申し訳ありません。
少々短いですが、前回からの続きをアップいたします。
「その7」より続き
「『瓜二つ』なんてオーバーな・・・」
という声が聞こえてきそうであるが、この「一世代前」の部品と今回の部品とでは、全長はともかくとしても、あちこちの幅や肉厚までもが、全く同じであったのである。
強いて違いを探せば、今回の部品のほうが、全体的に多少丸みを帯びていることぐらいであろうか。
はっきり言って、
「新たに部品を設計する必要があったのか?」
(「一世代前」の部品をそのまま流用すればよかったのでは?)
というほど、各部分の寸法が同一なのである。
さらに解析結果をよくよく調べてみると、今回壊れた「部品」を留めている「ピン」が大きくたわんでこの「部品」にもたれかかり、その部分が圧迫されて応力集中が生じている様相が浮かび上がってきた。
専門的に言えば「(ピンの)剛性が不足している」ということになる。
「まさか・・・」
嫌な予感のした僕は、今回の製品に使われていた、この「ピン」について調べてみた。
・・・予感は的中した。
今回使われていた「ピン」は、これもまた「一世代前」の「ピン」を、そのまま流用していたのである。
先にも述べたが、今回の製品は、「一世代前」の製品に比べて、大幅に性能が向上している。
単純にカタログデータを比較しただけでも、およそ3割増の性能向上である。
この「ピン」について、まず単純に「壊れないか」という強度計算(僕は「狭義の『強度計算』と呼んでいる」)を行ったのであるが、使用している材料から考えて、3割増の力でも壊れる可能性は低いと思われた。
しかし、大きな力が作用する以上、この「狭義の『強度計算』」のみでは不十分であり、「有害な変形」の検討(部品がたわむなどして、他の部品と当たったりしないかなど)が、どうしても必要なのである。
件の先輩が、このことについて知らないはずは無いと思うのであるが、いかんせん、先述のように、想定している力を小さく見積もってしまっているので、「有害な変形は無し」と結論付けられたものと思われる。
(続く)
元来の遅筆と、ここしばらくのモチベーションの著しい低下ゆえに、毎度の事ながら、長らく更新できず、申し訳ありません。
少々短いですが、前回からの続きをアップいたします。
「その7」より続き
「『瓜二つ』なんてオーバーな・・・」
という声が聞こえてきそうであるが、この「一世代前」の部品と今回の部品とでは、全長はともかくとしても、あちこちの幅や肉厚までもが、全く同じであったのである。
強いて違いを探せば、今回の部品のほうが、全体的に多少丸みを帯びていることぐらいであろうか。
はっきり言って、
「新たに部品を設計する必要があったのか?」
(「一世代前」の部品をそのまま流用すればよかったのでは?)
というほど、各部分の寸法が同一なのである。
さらに解析結果をよくよく調べてみると、今回壊れた「部品」を留めている「ピン」が大きくたわんでこの「部品」にもたれかかり、その部分が圧迫されて応力集中が生じている様相が浮かび上がってきた。
専門的に言えば「(ピンの)剛性が不足している」ということになる。
「まさか・・・」
嫌な予感のした僕は、今回の製品に使われていた、この「ピン」について調べてみた。
・・・予感は的中した。
今回使われていた「ピン」は、これもまた「一世代前」の「ピン」を、そのまま流用していたのである。
先にも述べたが、今回の製品は、「一世代前」の製品に比べて、大幅に性能が向上している。
単純にカタログデータを比較しただけでも、およそ3割増の性能向上である。
この「ピン」について、まず単純に「壊れないか」という強度計算(僕は「狭義の『強度計算』と呼んでいる」)を行ったのであるが、使用している材料から考えて、3割増の力でも壊れる可能性は低いと思われた。
しかし、大きな力が作用する以上、この「狭義の『強度計算』」のみでは不十分であり、「有害な変形」の検討(部品がたわむなどして、他の部品と当たったりしないかなど)が、どうしても必要なのである。
件の先輩が、このことについて知らないはずは無いと思うのであるが、いかんせん、先述のように、想定している力を小さく見積もってしまっているので、「有害な変形は無し」と結論付けられたものと思われる。
(続く)
今更申し上げるまでもありませんが、
今日3月11日は、東日本大震災の発生から丸一年を迎える日です。
発生当時、僕は会社のバスで移動中であったので、揺れに全く気付かなかったのですが、
バスのラジオが地震発生と大津波警報を伝えており、
「津波警報」ではなく「大津波警報」という、聞き慣れない言葉に、
「これはただごとではない」
と感じてはいたのですが、
帰宅してテレビを点けたとき、そこに映し出された光景を見て、ただただ呆然とするばかりでした。
その後、日が経つにつれて、その甚大なる被害の様子が次第に明らかになっていくにつれ、
自然の猛威の前に人間はなんと弱いものか
ということを「身をもって」ではないものの、思い知らされた次第です。
「被災者の方々に手を差しのべる」
などといったような言葉は、おこがましくて口にするのも憚られるのですが、
「せめて何か一つでもできることはないか」
そう考えつつも、何もできずに、誠に歯痒い思いをした一年でした。
また、この震災で発生した未曾有の原子力災害については、
「将来的には(原子力発電の)廃止の可能性は否定しない」
としつつも、
「少なくとも今日においては、『エネルギーの自給』と『(特に近隣諸国の)国際情勢』の2つだけを踏まえただけでも、原子力発電の必要性は否定できない」
と主張してきた自分にとって、事故そのものも大変なショックでありましたが、事故後の東京電力・日本政府をはじめとする関係者の態度もまた、別の意味でショックを受けました。
ただし、こんなことを書いておきながら、不可解に思われるかもしれませんが、事故後も原子力発電に対する上記の主張は変えておりません。
しかし、現実に事故が起き、放射性物質を周辺に飛散させてしまったわけであり、
「土壌汚染や海洋汚染を何とかできないか」
「除染する方法はあるのか」
そして何より
「技術者として何とかできないものか」
そう悩み続けた一年でもありました。
もとより、僕ひとりの力などたかが知れており、今後の被災地域の復興にあたっては、ただ「見守るしかできない」というのが現実なのかもしれませんが、上記の
「せめて何か一つでもできることはないか」
という思いは、今後も持ち続けていく所存です。
最後になりましたが、震災で被災され、今なお不便な生活を余儀なくされている方々、および震災で負傷された方々、震災後体調を崩された方々などに、心よりお見舞い申し上げます。
また、震災後一年が経過した現在においても、未だ行方不明の方々が、一日も早く戻られることをお祈りいたしております。
そして、震災でお亡くなりになられた方々とその遺族の皆様におかれましては、その無念の思い、筆舌に尽くし難いものがありましょう。
哀心より、お悔やみを申し上げます。
合掌。
今日3月11日は、東日本大震災の発生から丸一年を迎える日です。
発生当時、僕は会社のバスで移動中であったので、揺れに全く気付かなかったのですが、
バスのラジオが地震発生と大津波警報を伝えており、
「津波警報」ではなく「大津波警報」という、聞き慣れない言葉に、
「これはただごとではない」
と感じてはいたのですが、
帰宅してテレビを点けたとき、そこに映し出された光景を見て、ただただ呆然とするばかりでした。
その後、日が経つにつれて、その甚大なる被害の様子が次第に明らかになっていくにつれ、
自然の猛威の前に人間はなんと弱いものか
ということを「身をもって」ではないものの、思い知らされた次第です。
「被災者の方々に手を差しのべる」
などといったような言葉は、おこがましくて口にするのも憚られるのですが、
「せめて何か一つでもできることはないか」
そう考えつつも、何もできずに、誠に歯痒い思いをした一年でした。
また、この震災で発生した未曾有の原子力災害については、
「将来的には(原子力発電の)廃止の可能性は否定しない」
としつつも、
「少なくとも今日においては、『エネルギーの自給』と『(特に近隣諸国の)国際情勢』の2つだけを踏まえただけでも、原子力発電の必要性は否定できない」
と主張してきた自分にとって、事故そのものも大変なショックでありましたが、事故後の東京電力・日本政府をはじめとする関係者の態度もまた、別の意味でショックを受けました。
ただし、こんなことを書いておきながら、不可解に思われるかもしれませんが、事故後も原子力発電に対する上記の主張は変えておりません。
しかし、現実に事故が起き、放射性物質を周辺に飛散させてしまったわけであり、
「土壌汚染や海洋汚染を何とかできないか」
「除染する方法はあるのか」
そして何より
「技術者として何とかできないものか」
そう悩み続けた一年でもありました。
もとより、僕ひとりの力などたかが知れており、今後の被災地域の復興にあたっては、ただ「見守るしかできない」というのが現実なのかもしれませんが、上記の
「せめて何か一つでもできることはないか」
という思いは、今後も持ち続けていく所存です。
最後になりましたが、震災で被災され、今なお不便な生活を余儀なくされている方々、および震災で負傷された方々、震災後体調を崩された方々などに、心よりお見舞い申し上げます。
また、震災後一年が経過した現在においても、未だ行方不明の方々が、一日も早く戻られることをお祈りいたしております。
そして、震災でお亡くなりになられた方々とその遺族の皆様におかれましては、その無念の思い、筆舌に尽くし難いものがありましょう。
哀心より、お悔やみを申し上げます。
合掌。