今日は、事務の日・・・と決めて、テレビを見ながら(つけたまま?)仕事仕事・・・。


でも、光市の母子殺害事件。考えさせられます。

9年の裁判・・・。。そして、まだ続く裁判・・・。


でも、裁判って何なんでしょう。

真実を解明して、それ相応の刑罰に処するというのは、裁判とは別のところにある気がします。


だって、裁判で出た結果が真実になるわけだから、無罪にするために、弁護士は戦略を練って、戦うんですよね。もちろん、本当に被告人にありえないくらいの罰が与えられて、人間はもともと善なのだから、ちゃんと救わなければ・・・ということだったら理解できるのですが、、、。


弁護士さんにもいろんな人がいるし、検事さんにもいろんな人がいるし、そこは、私には計り知れない部分ですが、マスコミの報道みていたら、何が何だか分からなくなってきますね。

報道番組でさえ、本当のことを伝えたいと思ってはいても、方や、視聴率も大事だろうし・・・。

悲惨な事件のときの報道合戦は、みている方が辛くなってきます。


不慮の交通事故などの、殺意のない場合での殺人が起こってしまった場合でも、犯人になった人は、テレビに出てしまいます。もちろん、いけないことをしてしまった人は、それ相応に罰せられなければならないけど、これこそ、社会復帰が難しくなる。人は他人に対して無関心だから、今のように毎日毎日、殺人事件が報道されれば、1つ前のことは、忘れてしまうかもだけど、報道されるかされないかも、運になるのは問題です。

罪の重さより、事件として興味深く報道できるものが優先的にニュースになります。(たぶん、気のせいじゃないと思う。)


テレビがなかった時代はどうだったんだろう??

もしかすると、モラルは今より、守られていたのかもしれません。

テレビから、子供たちが受ける悪い影響は少なくありません。

インターネットも同様です。


私が子供の頃なんて、父がスパルタだったから、絶対逆らうことも出来ず、、母も几帳面で、小言が多く、昭和の普通な家庭だったと思います。ゆとり教育もないし、田舎の子だから、毎日外で遊んでいたし、悪いことしても、近所の人にも叱られ、家に帰っても叱られ。

幼稚園の時、犯した罪は、近所の農家の夏みかんを、自然に生えてるみかんの木と勘違い、家にお土産に持って帰ろうとして、見つかって農家のおじさんに追っかけられたこと。小学生の時は、間違って火災報知機に触ってしまって、学校中に爆音を鳴り響かせちゃったこと。

中学生のときは、学校帰りにソフトクリームを制服のまま買い食いして、先生に捕まったこと。


そんな些細なことだらけ・・・田舎なので、たくさんの大人の目があるため、まじめにまじめに暮らしてました。

しかも、いちいちものすごく反省していました。

それが、普通だったから、東京にびっくり!でした。

私にとってのマナーが守られていないと感じることが、多いこと。モラルがない子供はモラルのない大人になり、命の重さや罪の意識が薄れている社会になってくる。そういう風に思ってしまいました。

人口が多いから、いろいろな人がいるんだとも思いますが、でも、優しさはマナーになるということを、教育で何とかできないでしょうか?


人として、大事なことを子供の頃にちゃんと教えてあげれば、命の重さも理解できて、人に迷惑をかけない大人が、社会ができるんじゃないかな・・・。

命はね、1回なくしちゃうと、努力や金銭では、どうしようも出来ないということ。

もっときちんと受け止めないといけないですね。