『駅前心療内科 時間外診察中』第22話
長いミーティングのあと、私は大西悟から受け取った携帯型のゲーム機を手にして、どうしたものかと思案していた。
もう診察時間はとうに終わっており、クリニックには私一人しかいない。
生方君から奪ったというこのゲーム機が、たぶん、OFFの状態でも文字が浮き出て、公園へ呼び出されたという、あのゲーム機なのだろう。だから、大西悟は返却を急いだのだ。
そう思うと少し気味が悪い。
大事なものではあるので、私は鍵のかかる引き出しを開けると、そこにしまおうとした。
すると、ゲーム機の小さなジョイスティックが、プルプル動いたような気がした。
電源は入っていないのに?
急に肩が重くなり、息苦しくなる。
なんだろう? 私は医学的に今の状態を解釈しようとしたが、何も思い浮かばなかった。
引き出しは諦めて机の上に置くと、気分が少し楽になった。
やはり、ジョイスティックがプルプル動く、誰かが操作しているみたいに・・・
前にもあった、ポルタ―ガイストみたいなものだろうか? それとも幻覚か?
「誰かいるの?」
私は聞いてみた。
ゲーム機は動かなくなった。
「何か話したいなら、聞くよ」
ゲーム機は動かない。静けさがかえって不気味に感じる。
頼むから、何か答えてくれ・・・
机の上のゲーム機を見つめたまま、胸の鼓動ばかりが高鳴る。
その時、突然、けたたましい音が鳴り響き、私の心臓は凍りついた!
「なに、なに、なに?」
私は椅子からずり落ちそうになり、アームレストにしがみつくと、その音がスマホの着信音だと気づいた。
スマホを握ると、まともにディスプレイも見ずに耳にあてた。
―― 先生、藍沢です。大丈夫ですか? 夜分恐縮ですが、ちょっと心配になり、かけさせてもらいました ――
***
その後のことは、よく覚えていない。
藍沢の声を聞くことができて、ほっとしたのは確かだ。
―― 先生、そこに例のゲーム機があるのでしょ、そのゲーム機と交信できるように、先生のスマホを向けておいて、しばらくお待ちください ――
私は藍沢に言われるままに、スマホをゲーム機の方に向けて、固まっていた。
目の前で起きていることは信じがたい。
ゲーム機とスマホを通して、誰かの・・・たぶん一矢君の霊魂と話しているのだろうか?
霊魂と藍沢の間に、そんなややこしい手順が必要なのだろうか?
私は思考停止になったが、ともかく藍沢に任せるしかない。
やがて、ふと思いついたように、スマホを耳に当てた。
―― 先生、終わりました。ゲーム機はもう引き出しにしまってもらって、大丈夫です。あした生方君に渡しましょう――
「そうか、ありがとう・・・ 詳しいことは・・・ あした聞くのでもいいかな?」
―― もちろんです。きょうはお疲れでしょう。いろいろ、あって ――
藍沢のねぎらいの声に心が安らいだ。
「では、おやすみ。また、あした」
―― おやすみなさい、先生 ――
ゲーム機を引き出しに入れると、クリニックを出た。
私は、まるで、たった今、悪夢から目が醒めたような表情をしていたに違いない・・・
***
翌日の午後、私と藍沢は、受診しに来た生方君に、ゲーム機を返した。
「先生、ありがとうございます! このゲーム機は実は一矢のものなんです」
生方君はゲーム機を手に取ると、慈しむようになでた。
「一矢が、いじめられていた僕を元気づけようと貸してくれたんです。ウチは母子家庭で、なかなか買えないので・・・」
私は、目頭が熱くなった。
「そしたら、一矢は間もなく自殺してしまい、返すに返さないで持っていたら、大西に見つかって、奪われてしまったんです」
私の書いた「診断書」の効果で、いじめはピタリとやみ、大西悟から正式に謝罪の申し出があったと言う。学校の教師の態度も、いじめは許さないという雰囲気に変わった。
「これからも頑張って、高校へ進学します」
「よかった。医者の私に出来るのは、ここまでです。でも、何かあったら、いつでも来てください」
別れ際に、生方君は藍沢にも、お礼を言った。
「藍沢先生! 先生は不思議な方ですね。夕方の公園や夜の公園で、僕が暴走するのを止めてくれて、ありがとうございます」
藍沢“先生”も、前髪とマスクの間で、黒目がちな瞳をうるうる、させていたようだった・・・
***
その日の診察時間が終わる頃、私は藍沢に聞いてみた。
「生方君は、あのゲーム機を通して、これからも一矢君と友情を結ぶのだろうか?」
「それは、わかりません。一矢君次第とも言えるし、生方君次第とも言えます。一生続くかもしれないし、ある日、突然終わるかもしれません。それは二人だけの秘密ですね」
「そういうこともあるのか?」
「あります。先生の目の前にも、そういう人がいるでしょ」
藍沢栞は、マスクの下で、少し口角を上げると、くるりと背を向けて部屋を出て行った。
( おわり)
