『駅前心療内科 時間外診察中』第21話
夜も深くなった。
誰かに見られたかもしれないし、騒ぎにならないうちに公園を離れたほうがいい。
私と藍沢栞は、生方君を車に乗せると、家まで送ることにした。
ぽつり、ぽつり、口を開く生方君によると、大西悟は3年生に存在するいじめグループのリーダー格で、生方君やほかの何人かが、ずっと前からいじめの対象にされてきたと言う。
母親を通して、何度か学校側に訴えたが、いじめは止まらなかった。
「大西たちは運動部だし、優等生なので、先生たちも甘いと言うか、見て見ぬふりなんです」
生方君の母はシングルマザーで、経済的に苦しいなか、大学進学率の高い中高一貫校に入れてくれた。
「母には苦労かけていますから、不登校になったり、転校したいとは言えません」
それに同じクラスの子が一人、生方君を何かと助けてくれた。その子のお陰で頑張ってきた。
ところが、8月末、新学期を前に、その子が自殺した。
「助けてくれた一矢が死んで、すごいショックでした。大西たちが何かしたに違いないです」
しかし、証拠は何もなかった。調査もされなかった。
そして、生方君たちへのいじめは、さらに苛烈になった・・・
顔や腕以外の見えないところを殴られたり、女子生徒の前でズボンを脱がされたりするのは日常茶飯事で、金も巻き上げられ、万引きも強要させられた。
「もう、これ以上、万引きは出来ないと言うと、それじゃ母に・・・母に、いたずらをするぞ、と脅かされました・・・」
ついにカッとなり、あとは覚えていないと言う。
私も藍沢も言葉を失った・・・
生方君の家に着くと私は躊躇せず、生方君の母親に会った。
いじめであれば、あるいは、その疑いがあれば、精神科医が介入しても何ら問題ない。
息子さんがケンカに巻き込まれていたところを通りがかったので助けた、とだけ伝え、私はクリニックの名刺を渡すと、心のケアが必要だから必ず受診するように勧めた。
生方君と母親は必ず来るだろう・・・
***
「先生、生方君の前では話せませんでしたが、自殺したという、その子の霊魂が、大西悟君に携帯ゲーム機を通して、呪いをかけたのだと思います」
クリニックへ帰る道すがら藍沢が語りはじめた。
「それで大西君は夜も眠れなくなり、不登校になったんです。それでも、大西君は仲間を動かして、いじめを続けたのに違いありません」
静かな口調の裏には怒りがこめられているのだろうか?
「自殺した子の霊魂は、もっと大西君を苦しめようと、生方君という肉体を使って、直接暴力に訴えることにした。なんとなれば、心霊というのは精神的に追い詰めることは出来ても、直接は人間に手をかけられませんから」
私は、ちらりと藍沢を見たが、マスクと前髪に隠れて表情は読めなかった。
「そしてきのう私は、公園で大西君を助けたので、その霊魂は私を敵とみなして、寝ているところを、金縛りで警告してきた、これ以上余計な手出しをするな、と」
「それじゃ、今度は、私も敵とみなされてオカルト攻撃されるのだろうか?」
「先生は大丈夫ですよ、さっき、大西君たち3人組に随分、痛めつけられていたでしょ。敵の敵は味方ですから」
藍沢はマスクの下でちょっと、いたずらっぽく笑った。
「生方君のこころのケアはどうしたらいいだろう?」
私は殴られた顎の痛みを思い出しながら聞いた。
「生方君には霊に憑依されたという感覚はないかもしれません。同い年の親友で、大西君という共通の敵がいる間柄なので・・・ むしろ問題は、現実のいじめをどうするかです」
「それについては、私にも考えがある」
藍沢が、霊と交信したり、霊を操って現実世界に介入することが正しいことなのか、私には、わからない。
そして、こうして藍沢に協力することにも、本当のところは、迷いがある。
しかし、いずれにしても、私は、私に出来る方法で、こちら側の世界の問題に対処しなくてはならない。
医者として出来ることはある。
まだ、片足はこちら側の世界に残しているのだ・・・
***
夜のドライブはあっと言う間に終わった。
私は藍沢も、家まで送るつもりだったが、彼女はかたくなに拒んだ。
「先生、ご心配なく。まだ電車もありますし。それに、さっき生方君に憑りついていた霊魂には、言い聞かせましたから、今晩は大丈夫です。いじめっ子の大西君もぐっすり寝ますよ」
藍沢栞は、公園での冒険などなかったかのように、軽やかに夜の街に消えていった。
(つづく)
次回は9月8日( 火) 投稿予定

