「4時まで行きます」について | ボラとも先生のブログ

ボラとも先生のブログ

このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ209:来月、国に帰る学生が何かいいお土産はないかと聞いてきたので、デパ地下を教えてあげたら何時まで開いているか聞かれました。夕方は混むのでその前に行ったほうがいいと言ったら、「4時まできます。」と言っていました。そのときの日本語が何となく気になったのですが、どうして気になったのか自分でもわかりません。もし、その日本語に問題があれば教えてください。

 

ボラとも先生A209:「4時まで行きます。」はちょっとおかしいですね。次の文を見てください。➀A)の「まで」だと少し変ですが、➀B)の「までに」に替えるとふつうの文になります。

 

➀A)時まで行きます。(?)

B)4時までに行きます。(〇)

 

ここで「4時」という時間を「駅」という場所に替えてみると、➀とは反対に②A)の「まで」がふつうの文になり、②B)の「までに」がおかしくなっています。さらに、②の動詞「行く」の部分を「商店街がある」に替えてみると、③のように「まで」にしても「までに」にしてもおかしさはなくなり、ふつうの文になります。ただし、➂A)と➂B)とでは言っている内容(意味)が違ってきます。

 

A)駅まで行きます。(

B)駅までに行きます。(×)

 

A)駅まで商店街があります。(〇)

B)駅までに商店街があります。(〇)

 

なぜこのような違いが出てくるのかを少し考えてみましょう。「まで」という助詞は、場所の移動を表す場合は、「家から学校まで行く」のように、出発点を表す「から」といっしょに使って到達点(終点)を表しますが、時間の場合は「4時から5時まで寝る」のように継続時間を表します。その場合は「から」が始まる時間、「まで」が終わる時間を表すことになります。

 

ところが、「に」という(格)助詞は、場所の場合は「庭に鳥がいる」のように存在の場所(地点)を表し、時間の場合は「8時に起きる」のように動作をする時間(時点)を表します。つまり、抽象的に言えば、「に」は地点や時点の「点」を表すと考えられます。このように考えると、「まで」と「までに」の違いがわかりやすくなります。

 

たとえば、「からYまでZする」という表現は、動作「Z」が起きる場所や時間の範囲を限定するもので、「X」は「Z」が始まる「地点」や「時点」を表し、「Y」は「Z」が終わる「地点」や「時点」を表します。ただし、前後関係から明らかな場合は「Xから」や「Yまで」は省略されることがあります。

 

つまり、「XからYまでZする」と言えば、動作「Z」が「X-」の範囲で起きることを示し、「X」は「出発点」(場所の場合)または「開始時点」(時間の場合)を表し、「Y」は「到達点」(場所の場合)または「終了時点」(時間の場合)を表すことになります。そのため、「Z」が「ある」や「いる」のように連続動作や状態を表す動詞の場合は、「Yまで」は「Z」が「Y」の点までずっと続くことを意味します。それを図示したのが➃A)です。

 

➃A)[X――――――Y](XからYまで)

        Z→→→→→→ (YまでZ)(→➂A)

 

つまり、➂A)の文は「話している場所から駅」まで商店街がずっと続いているという意味になりますが、「Yまで」のあとに「に」をつけた「Yまでに」になると、「Z」が「X」から「Y」までずっと続くのではなく、遅くても到達点「Y」の前に「Z」という動作または状態が生じる、という意味になります。それを図示したのが➃B)です。

 

➃B)[X――――――Y](XからYまで)

                      ↑(に)

       Z………→… (YまでにZ)(→➂B

 

このように考えると、➂A)は、開始場所(X)はわかりませんが(おそらく話し手がいる場所から)、駅(Y)までずっと商店街が連続してあるという意味になり、➂B)は少なくても(最終地点の)駅までに商店街が一か所あるという意味になって、➂A)とは意味の違いがあることが➃A)と➃B)の図からわかります。

 

そして、②A)は➂A)と同じように目的地の駅()までずっと「行く」という行為を続けるという意味なので問題がないのに対して、②B)は駅に到着するまでのあいだに「駅に行く」という動作をするというおかしな意味になってしいます。

 

もちろん、⑤A)のように、「Y」が駅ではなく、駅に行く途中にある場所(たとえば、コンビニ)で、そこに立ち寄ってから駅に行く、という意味であれば、⑤B)の文も理解可能な文になりますが、そうした特殊な状況であっても⑤A)の文を言うことはあまりなく、⑤C)のように言うのがふつうだと考えられます。

 

A)駅までに行きます。(=②B)(×)

B)駅までに(コンビニに)行きます。(〇)

C)コンビニに寄ってから駅に行きます。(〇)

 

以上、「まで」と「までに」の違いについて説明しましたが、日本語の時間を表す表現のなかには「に」があるかないかで文法的な正しさや意味に違いが出てくるものがあります。たとえば、「~とき」と「~ときに」、「~あいだ」と「~あいだに」なども似たような違いがあります。興味のある方は『(初級を教える人のための)日本語文法ハンドブック』(スリーエーネットワーク)の§22複文と接続詞⑵-時間-(pp.200-207)をご覧ください。

 

ちなみに、以前の記事(No.19:時間を表す「に」の有無について)では、「2020年に」や「1月6日に」のように「に」が付く時間表現と、「今年」や「きょう」のように「に」が付かない時間表現があることを比べて、「に」が付くか付かないかは問題となっている時間表現が発話時間から見た表現になっているかどうかによって「に」の有無が決まることを見ましたので、興味のある方はそちらもご覧ください。

 

さて、最後になりましたが、➀A)の「4時まで行きます。」という文がなぜ「?」(少しおかしい)のかについて説明します。②A)の「駅まで行きます。」については、➂A)で説明したように、4時(Y)までずっと連続して「行く」という動作をするのだから問題ないように思えますが、「行く」という動作は基本的に場所の移動を表すために、➀A)の「4時まで行きます。」の表す意味が微妙に違ってくるのです。

 

たとえば、「歩く」や「走る」は「行く」と意味が似ていますが、移動そのものを表すわけではなく、移動方法を問題にしますから、「4時まで歩く」といえば、4時までずっと「歩く」動作を続けることを意味します。

 

それに対して、「行く」は「来る」や「帰る」と同じように「X」(出発点)から「Y」(到達点)までの場所の移動そのものを問題にしますから、「4時まで行く」といえば、4時までずっと場所の移動を続けることを意味することになります。

 

ボラQ209さんのお話からわかるように、➀A)の「4時まで行く」という文は、帰国する学生がデパ地下に行くという移動を4時までずっと続けるという意味で言ったのではなく、「遅くとも4時にはデパ地下に到着するように行く」という内容を伝えようとして言ったのだろうと考えられます。

 

そういう場合には、日本語では「期限」を表す「までに」を使うと教えてあげれば簡単だと思います。ちなみに、英語でも似たような意味の違いを表す表現(前置詞)があります。“until”と“by”です。参考までにの英訳を⑥に挙げておきます。

 

⑥A)I will go there until four o’clock.(←➀A:4時まで行きます。)(×)

B)I will go there by four o’clock.(←➀B:4時までに行きます。)(〇)

 

また、このようなuntilとby の用法の違いについて大修館の『ジーニアス英和辞典』のbyの項目に次のような説明が出ていますが、最後の例文を見ると、英語でも⑥A)(=➀A)の「4時まで行きます。」はおかしな文になることがわかります。

 

語法[byとuntil]byは「〈未来のある時〉まで(に)は」という動作・行為の完了の時点を示すのに対し,untilは「〈未来のある時〉まで継続した状態の終点を示す。したがって、byは継続を表す動詞と,untilは瞬間を表す動詞と共には用いない: I slept until [×by] midnight. / He will come by [×until] [midnight.

 

ただし、韓国語にはこのような区別はなく、➀A)も➀B)も両方とも➀A)に対応する⑦A)のように言うそうです。そして、「期限」を表す「までに」を区別したいときには「까지」(まで)に「는」(は)を付けて「까지는」(までは)を使うそうです。

 

⑦A)4시까지 갑니다.

B)4시까지는 갑니다.