「おいておきます」について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ198:教科書に「おいておきます」という言い方がありました。この意味があまりよくわからなかったので隣の会員に聞いたら、「準備のために置く」とか「将来に備えて置く」という意味だと教えてくれたのですが、どうして「おく」を繰り返すとそういう意味になるのかよくわかりませんでした。できるだけわかりやすく教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします

 

ボラとも先生A198:『みんなの日本語 初級Ⅱ』(スリーエーネットワーク、1998)の第30課に次のような例文があります。①A)は練習A(p.36)、①B)は練習B5の例(p.38)です。

 

①A)あした会議がありますから、いすはこの部屋においておきます。

B)この傘を借りてもいいですか。…ええ、使ったら、あの隅に置いておいてください。

 

①A)では「おいておく」が全部平仮名で書かれていて、①B)では前半の「置いて」だけが漢字で書かれていますが、前半部分の「おいて」と「置いて」は「何かをどこかへ移動させる」という動作を表す動詞「置く」のテ形です。

 

それに対して、①A)の「おきます」と①B)の「おいてください」の「おく」は、「移動させる」という意味ではなく、「何かの(目的の)ためにあることをする」という意味で使われています。

 

つまり、①A)では「会議」のために①B)では「次に使う人」のために、「置く」という行為をするという意味になります。①A)のように目的がはっきりわかる場合もありますが、①B)のように状況によって判断しなければならない場合もあります。

 

このように、本来の意味とは違った使い方をする動詞を「補助動詞」と言うことがあります。補助動詞にはこのほかに「~てみる」の「みる」や「~ている」の「いる」、「~てある」の「ある」などがあります。

 

こうした補助動詞はふつうの動詞とは違って抽象的(文法的)な意味を表すため、ふつうは漢字を使わずに平仮名で書きます。ただし、「降り出す」の「出す」や「歩き始める」の「始める」のような「複合動詞」の場合は漢字を使うこともあります。

 

以上が「~ておく」の簡単な説明ですが、おわかりになったでしょうか。

 

は、以前の記事(No.189:「~ている」と「~てある」と「~ておく」について)でも「~ておく」という表現(文型)について触れたことがあります。以下はその記事(No.189)の補足です。

 

そこでは、『げんき』という教科書の解説を紹介して、次の②の3つの文の意味の違いについて説明しました。

 

➁A)財布の中にお金が入(はい)っています。」

B)財布の中にお金入(い)れてあります。

C)「財布の中にお金入(い)れてあります。」

 

今回(初級を教える人のための)日本語文法ハンドブック』(スリーエーネットワーク、2000)の解説(p.63)を紹介します。

 

まず③のような例文を挙げ、その次に◆の説明が続きます(例文の番号は変更してあります)。

 

③A)(空気をきれいにするために)窓が開けてあります。」

B)「窓が開いています。

C)「教室には鍵がかけてあります。」

D)「教室には鍵がかかっています。」

 

◆テイル形以外の「状態の継続を」を表す形式「~てある」があります。「~てある」は常に他動詞といっしょに使います。

◆自他の対応がある(→§10)とき、「自動詞+ている」と「他動詞+てある」はよく似た意味を表します。

両者の違いは、「~てある」には行為をした人(動作主)の存在が含意されるのに対し、テイル形にはそうした含意はなく、出来事は自然に起こったように表現されている、という点にあります。従って、③A)の「空気をきれいにするために」や次の「寒いので」のような明確な目的や理由を表す節がある場合には「~てある」しか使えません。

 

しかし、この説明には不満があります。たとえば、上の説明によれば④A)B)や⑤B)C)D)はおかしいはずですが、自動詞でも④A)B)のように「~てある」を使いますし、明確な目的や理由を表す節があっても⑤B)や⑤C)、⑤D)のように「~ている」を使う場合があるからです。

 

A)明日の試合のために、十分に寝てあります。」(×)

B)「コースに慣れるために、何回も走ってあります。」(×)

 

⑤A)「寒いので、窓が閉めてあります。」(

B)「寒いので、窓が閉まっています。」(×

C)「空気をきれいにするために、窓が開いています。」(×)

D)「日曜日なので、店が閉まっています。」(×)

 

もちろん④A)や④B)は「~ている」を使うべきだと言う人もいますが、実際に言ったり聞いたりすることがあるのではないでしょうか。⑤B)や⑤C)も、はじめて見たときはおかしいと思う人が多いかもしれませんが、室内の温度や状態に応じて自動開閉する窓であれば言うことができますし、特に⑤D)は問題のない日本語だと思われます。

 

つまり、『日本語文法ハンドブック』の説明のように、自動詞か他動詞か、あるいは動作主がいるかいないかという判断基準では説明できない例があるのは確かだと思います。

 

さらに、『日本語文法ハンドブック』には、「~てある」と「~ておく」には次のような意味関係があると書かれています(p.64)。

 

◆上で、「~てある」には「ある目的のためにある行為を行い、その効果が今も残っている」という意味があることを見ました。これとよく似た意味を表すのが「~ておく」です。「~ておく」の意味は「ある目的のためにあらかじめある行為を行う」ということです。…(なお、「~ておく」は自動詞とは使えますが、無意志動詞とは使えません)。

 

この説明を読むと、「~てある」と「~ておく」は次のような関係にあるということになります(後半の注意書きは、「~ておく」が目的や意図のための動作なので、目的を持つためには意志が必要だからです)。

 

⑥(ある目的のために)「~ておく」→(その結果、現在は)「~てある」

 

また、同じページに「~てある」の前の助詞は「を」を使うのが普通だと書かれていますが、この説明にも不満があります。

 

もちろん、「初級を教える人のための」という副題が付いているので仕方がない面もありますが、以前の記事(No.189)で問題になった➁B)と➁C)の「を」と「が」の意味の違いについて(少なくとも教師用に)解説があってもいいと思いました。

 

以前の記事では『日本語の類意表現』(森田良行、創拓社、1992)の第三章15(p.132-142)の記事(「窓があけてある」か「窓があいている」か)という記事を紹介しました。

 

そこでは、⑦A)と⑦B)の意味の違いを説明しています(p.134-135)。

 

⑦A)店先に本並べてある。

B)店先に本並べてある。

 

 

説明を簡単にまとめると、⑦A)はお客(結果の状態を見る人)の立場から見た発想であるのに対して、⑦B)は本を並べた店員(目的の行為をした人)の立場から見た発想の違いだとしています。

 

つまり、➁B)の「お金入(い)れてある」は財布の中にお金があるのを見て、誰かが入れておいてくれたのだろうと考えたときのことばであり、➁C)の「お金を入(い)れてある」はお金入れた人のことばだというわけです。

 

この本の説明はかなり専門的で読み慣れないと難しいので、私の以前の記事ではあまり詳しく紹介しませんでしたが、興味のある方は読んでみてください。

 

ちなみに、④Aの)「寝てある」と④B)の「走ってある」が可能である理由の説明として、次の文章が参考になります(p.141)。(ただし、読みやすくするために例文は番号を付けて別枠にしてあります。)

 

「僕は手を洗ってある」などとは言わない。他者のなした眼前の事実なら、「たらいの中にシーツが洗ってある」と言えるが、自分の手を見て「手が洗ってある」と言うことは有り得ない。自身の行為は、ある目的意識に基づいた結果であるから、⑧A)B)のように、以後に起こる事柄に備えて事をなすという状況設定の場合であり、このような状況はまさしく「…は…を…てある」の理由説明文の発想に合致する。表題の「窓があけてある/窓があいている」も「が」を使えば、開放状態にある窓を見ての事実確認。だれかが窓をあけたのである。一方、「を」を使えば、行為者がある目的に備えてわざわざ窓を開放状態にしてあるという手回しのよさを述べる文になる。

 

⑧A)「もう手を洗ってある人は、もう一度洗う必要はありませんよ。」

B)「次は家庭科の時間なので、私はちゃんと手を洗ってある。」