「~の勉強に行く」と「~を勉強しに行く」について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ188『みんなの日本語』という本を使って教えています。「京都へ遊びに行く」と「美術の勉強に行く」という例文があるのですが、「遊びに」は「遊ぶ」のマス形(語幹)「遊び」に「に」を付けたものだから、「勉強する」もマス形を使って「勉強を使うのはだめかと聞かれました。「勉強する」は動詞だから「美術の」を「美術を」に変えて、美術勉強に行きます」にすれば大丈夫だと答えたのですが、それでよかったでしょうか。

 

ボラとも先生A188:この例文は『みんなの日本語 初級Ⅰ 第2版 本冊』(スリーエーネットワーク)の第13課の練習A4.に出てくるもので、《目的》を表す「(~へ)…に行く/来る」という文型です。ここではいくつか注意しなければならないことがあります。

 

まず、“目的地”を表す「~へ」の部分は任意の情報なので、省略することができます。また、助詞は「へ」ではなく「に」でもいいのですが、目的を表す部分の「…に」と同じになってしまうのでここでは役割分担を明確にするために「へ」が選ばれています。

 

「へ」と「に」の違いについては、以前の記事No.2(方向を表す「へ」と「に」について)とNo.75(教科書の復習問題の解き方について)をご参照ください。

 

さて、“目的”を表す「…」には動詞マス形語幹(「遊び」)か名詞(「勉強」)を入れるのですが、この部分にはいろいろ問題があるようです。

 

ボラQ188さんの質問は、「…」の部分に「勉強」という名詞が入っているけれども、これを「勉強する」という動詞のマス形語幹(「勉強し」)で言い換えてもいいかという問題です。

 

以下のサイト(日本語教師のN2et「みんなの日本語の教案」)を見ると、次のように書かれています。

 

http://jn2et.com/Kyouan/L13.html

 

※「3gV(3グループ動詞)」と「N(=名詞)をします」は【Nに行きます】の形で扱う

「名詞部分+しに行く」は手引きではNGとされている。しかし、昔はどうだったかはわからないが、現代では多く使われているので、教えるかどうかは考えなければならない。

 

これを見ると、『みんなの日本語』の教え方の手引きには、「勉強しに行く」は教えてはいけないと書かれているようですが、『げんきⅠ 第2版』(The Japan Times)という教科書では、第7課(p.174)の文法の説明として「メアリーさんは日本に日本語を勉強しに来ました」という例文が挙げられています。

 

こうした違いは、おそらく『みんなの日本語』の教育方針として日常生活での使用頻度よりも学びやすさを優先した結果なのに対して、『げんき』のほうは自然な日本語を優先したためだと考えられます。

 

また、『げんき』では、「移動とその目的を表す文型」として「~(目的地)に/へ…(移動の目的)に行く/来る/帰る」という文型を示していますが、『みんなの日本語』の説明方法とは違って、この文型の「…」には「動詞のマス形(語幹)」(『げんき』ではstem form)を入れるのを基本にして、脚注として「買い物」などの名詞を入れることもできると説明しています。

 

日本で生活している初級レベルの人にとっては、動詞のマス形(語幹)を原則とした『げんき』の説明のほうが日常生活に即しているし、理論的(意味的)にもわかりやすいと思います。

 

というのも、この文型で使われる移動目的というのは基本的に移動する人の行為を表すわけですから、その行為を表す動詞のマス形(語幹)がまず「…」に入るのが原則であり、その行為を抽象化した“動作性名詞”は二次的な候補になるからです。

 

日本語では動詞のマス形(語幹)は、「これは遊びだ」の「遊び」のように名詞として使われることも多いのですが、「映画を見に行く」の「見」や「友だちに会いに行く」の「会い」などのように、和語動詞のマス形(語幹)がすべて名詞になれるわけではありませんから、「…」に入るのはまず動詞であり、“動作性名詞”はその次になると考えられます。

 

ただし、どのような名詞を“動作性名詞”と見なすことができるのかは人によって個人差があるようです。上記のサイト(日本語教師のN2et「みんなの日本語の教案」)では、次のような説明があります。

 

~へN(=名詞)に行きます ※スポーツは省いておく

Nは行為を表すものでなければならない(事が多い)が、スポーツは特殊で、可と不可なものがある。

 

この説明の下の【考察】の欄には、次のような解説が続きます。

 

1.学生よりも先生が悩むのが、A-4。「北海道へスキーに行きます」は違和感ないのに「公園へサッカーに行きます」はある。レジャー要素が強いものはOKなのだ(旅行に)。「サッカーをしに~」だと〇(私の語感だが)。いまいち違いがわかりにくいので、提出する語はT(=教師)が限定し、スポーツは全て「をしに」で教える

 

このような個人差が生じるのは、スポーツには自分が実際にやる場合と観戦する場合があり、自分がやる場合は“動作性名詞”になりますが、観戦する場合は普通の名詞になってしまうからです。

 

最後に、「美術を勉強する」と「美術の勉強をする」の意味の違いについて一言。

 

ネットで「動詞性名詞」を検索すると“現代日本語の動詞性名詞と「の」「こと」による名詞化について”という論文がヒットして読むことができます。この論文は東京外国語大学大学院の修士論文「現代日本語の動詞性名詞の研究」(佐藤 佑、2006)の一部を書き改めたものだそうです。

 

この中に①「英語を勉強する」②「英語の勉強をする」を比べている部分があるのですが、そこには①より②の方が“本格的に、明確な心構えを持って取り組む”という意味合い(ニュアンス)が強いと書かれています。

 

その理由として、①は単なる動作(行為)しか表さないけれど、②は「英語の勉強」という名詞表現を含むため、これが抽象的な概念としてまとまりを示し、この明確化された概念を「(実現)する」からだという説明が挙げられています。興味のある人はこの論文も読んでみてください。