「声をかけていたら、事故は防げた」について | ボラとも先生のブログ

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このブログは日本語ボランティアを始めた人、やっている人が疑問に感じたこと(特に文法など)について説明するために作りました。

ボラQ151:学習者といっしょに視覚障害者の人が地下鉄のホームから落ちて亡くなった事故についての記事を読んでいたら、その記事に「声をかけていたら、事故は防げた。」という表現がありました。この文の前半がなぜ「かけたら」ではなく、「かけていたら」のように≪進行形≫が使われているのかという質問があったのですが、うまく説明できませんでした。説明していただけると助かります。


 



ボラとも先生A151:「~ている」という表現は≪進行中の動作≫だけでなく、いろいろな意味用法があります。、以前の記事No36でも説明しましたので、そちらも参照してみてください。


 



今回の質問について調べていたら、「テイル形、テイタ形の意味の捉え方に関する一試案」(庵 功雄、一橋大学留学生センター紀要(20014: 75-94)という論文にもまとめがあったので、以下に例文とともに紹介しておきます。今回のボラQ151さんの質問はg.≪反事実≫に当たります。


 



a.≪進行中≫「田中さんは部屋で本を読んでいる。」(現在)

①≪進行中≫「外では雨が降っていた。」(過去)


b.≪結果残存≫「窓ガラスが割れている。」


c.≪繰り返し≫「田中さんは毎朝ジョキングをしている。」(同一人物)

③≪繰り返し≫「地球上では多くの子どもが栄養不良で死んでいる。」(複数の人物)


d.≪効力持続≫「この橋は5年前に壊れている。」


e.≪記録≫「犯人は3日前にこの店でうどんを食べている


f.≪完了≫「彼からの手紙を受け取ったとき、彼は既に死んでいた。」


g.≪反事実≫「彼が助けてくれなかったら、彼女は死んでいた。」


h.≪単なる状態≫「学校の北側に高い山がそびえている。」


 



この論文に興味のある方は以下のサイトをご参照ください。

http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/8579/1/ryugaku0000400750.pdf





dgの意味用法は中上級で学習するものなので、初級レベルの人には不必要ですが、日本で生活していればどこかで出会う可能性があるかもしれません。今回のように、実際の状況(事実)とは反対のこと(反事実)を仮定した場合には、「~ていた(ら)」が≪反事実≫としてよく使われます。


 



その前に、d.≪効力持続≫とe.≪記録≫とf.≪完了≫について簡単に説明しておきます。


 



d.≪効力持続≫はb.≪結果残存≫と非常によく似た意味用法です。


 



①⑴「この橋は5年前から壊れている。」≪結果残存≫

⑵「この橋は5年前壊れている。」≪効力持続≫


 



①⑴は5年前に壊れてからその結果の状態が現在まで残っているという意味ですが、①⑵は5年前に壊れた影響が残っているという意味なので、「また壊れる心配があるから再検査をしたほうがいい」というような場合に使われます。①⑴の結果は目に見えるものですが、①⑵の影響は目に見えないという違いがあります。


 



次に、e.≪記録≫は「~そうだ」「~ようだ」「~らしい」のような≪伝聞≫や≪様態≫の意味用法に似ていて、記録などの確実な証拠に基づいて述べたり、主語の経歴を述べたりするときに用いられるものです。


 



②⑴「犯人は3日前にこの店でうどんを食べている。」

⑵「犯人は3日前にこの店でうどんを食べたそうだ。」

⑶「犯人は3日前にこの店でうどんを食べたようだ。」

⑷「犯人は3日前にこの店でうどんを食べたらしい。」


 



②⑴は、文中には示されていませんが、「店の主人によると」などの確実な情報源による情報を述べたもので、それがすでに動かしがたい事実として「犯人」の証拠として挙げています。e.≪記録≫も一種のd.≪効力持続≫として考えることができます。


 



ちなみに、②⑵や②⑶や②⑷は、確実さは②⑴よりも低く、情報源の種類が違います。②⑵は人(耳)から聞いた話、②⑶はで見た様子、②⑷は目と耳の両方が情報源になっています。


 



また、f.≪完了≫というのは過去の出来事よりも以前に起こったことを表す表現で、日本語以外でも見られます。英語やドイツ語の過去完了、フランス語の大過去、韓国語の-/었었다に相当します。


 



③⑴He had been already dead when I received a letter from him.(英語)

Er hatte schon tot gewesen, als ich einen Brief von ihm bekam.ドイツ語

Il était déjà mort, lorsque je reçus une lettre de lui.フランス語

그의 편지를 받았을 때 그는 벌써 죽어있었었다.(韓国語)


 



さて、今回問題になっているのがg.≪反事実≫という意味用法ですが、これは事実とは反対のことを仮定する表現です。④⑴では後半の帰結部分に「~ていた」が使われ、④⑵では前半の仮定部分に「~てい(たら)」が使われています。


 



④⑴「彼が助けてくれなかったら、彼女は死んでいた。」

⑵「彼が助けてくれていたら、彼女は死ななかった。」


 



④⑴は、本当は「彼が助けてくれたので、彼女は死ななかった」という出来事だったのですが、事実とは反対のことを仮定することで、「彼が助けてくれたこと」を強調するという効果を出しています。それとは逆に、④⑵の場合の実際の出来事は「彼が助けてくれなかったので、彼女は死んでしまった」という内容で、その事実に対する後悔や不満や非難を表しています。


 



ボラQ151さんのお尋ねの「声をかけていたら、事故は防げた。」という文も④⑵と同じで、過去の≪反事実≫を表す「~ている」(「~ていた」)と考えられます。


 



この「~ている」の≪反事実≫という意味用法は、英語の≪仮定法過去完了≫(If+主語+had+過去分詞…, 主語+wouldshouldmightなど)+have+過去分詞…)に対応するものですが、「had+過去分詞」または「have+過去分詞」の部分が「~ている」や「~ていた」に当たります。


 



これは、以前の記事No109でも説明しましたが、「~ている」が英語の現在完了形の意味用法が似ていることから、「~ていた」も英語の過去完了と同じ意味用法を持っていると言えます。


 



最後に新聞記事の内容について一言。確かに「声をかけていたら、事故は防げた」かもしれませんが、声をかけられなかったりかけづらい状況も考えられますし、やはり鉄道会社がホームドアを一日も早くすべての駅に設置することが先決だと思います。