ボラQ86:以前の記事(No.57)で「忙しいんですから、来られません。」は相手を非難するニュアンスがあるという説明がありましたが、この間テレビで見た「クマムシ」の「あったかいんだからぁ♪」という歌は「あったかいんですから」とほとんど同じなのに非難するというより、甘えている感じがあります。どうしてですか。
ボラとも先生A86:「~んだから」は「~んですから」のくだけた表現なので、以前の記事(No.57)の説明が当てはまります。ただ、No.57で取り上げた表現とは2つの点で違いがあります。
1つ目は「~んですから」というあらたまった文体が「~んだから」というくだけた文体になっていることです。つまり、話し相手が気の置けない間柄の人だということがわかります。前後の歌詞の内容から判断すると女性が恋人に甘えているようです。No.57の場合はそうした関係は考えられません。
もう1つの違いは、「~んだから」で文が終わっていることです。No.57の場合は次に「来られません。」という結果が表現されていましたが、「クマムシ」の歌では「~んだから」の前に「特別なスープをあなたにあげる」というセリフがあって、「あったかいんだからぁ♪」が続き、最後に「瞳の奥にあるわたしの大きな野望」で終わっています。
つまり、「あったかいんだからぁ♪」は「…わたしの大きな野望」の理由ではなく、「特別なスープ」を飲むことを催促している言葉だと考えられます。「温かいんだから早く飲んで」→「どうして飲まないの」という非難とも甘えとも取れる構造になっているわけです。
このように、本来は理由として状況を説明する表現だったのですが、その結果を表す言葉を表現せずに省略することによって話し手の気持ち(No.57では「非難」、この歌では「甘え」)を言外の意味として表現していると説明できます。
この歌が流行った理由として、「クマムシ」のコワモテの男性が女性っぽいしぐさをしながら歌っていることが挙げられますが、「~んだから」が持っている言外の意味がさらに大きな効果を出しているということも一因として考えられます。
このように本来の意味よりも言外の意味のほうが重要になってしまった同じような例として、子供がよく使う「辞書形+もん!」という表現があります。語尾を上げ調子で言うので、感嘆符(!)を付けることが多いようです。
たとえば、「公文式」の学習塾のキャッチコピーで「くもん、いくもん!」という宣伝文句がありますが、この「いくもん!」は、「あなたがどんなにダメだと言っても私は行くんだから。」という意味を表しており、単に「行く」ことを主張しているだけではなく、子供や女性が甘えたり、わがままを言うという言外の意味(話し手の気持ち)も表しています。
この表現のもとの形は、おそらく「子供は外で遊ぶものだ」のような「本性」や「本質」を表す「~するものだ」という表現から出てきた用法ではないかと考えられます。つまり、(私は子供・女性だから)「~するものだ」→「~するのは変えられない」→「~するのはしかたがない」というような自己中心的な考え方です。
「~するものだ」の「だ」が省略されて「~するもの」になり、最後に「の」(no)の「o」が省略されて「~するもん」になったというわけです。このように本来持っている意味が薄くなって言外の意味が主要な用法になることはよく見られることですが、そうした変化の兆候として、本来の表現が少しずつ省略されて(削られて)行くという現象がよく見られます。たとえば、以下のような表現もそうした現象の例だと考えられます。
①「~ではないでしょうか」→「~じゃない?」→「~じゃん?」
②「~かもしれません」→「~かもしんない」→「~かも」
③「~てしまいました」→「~ちゃいました」→「~ちゃった」
④「~なければいけません」→「~なけりゃいけない」→「~なきゃ」
⑤「~なくてはいけません」→「~なくちゃだめ」→「~なくちゃ」
『はなちゃんがいる風景』p.31