うつ病などの精神疾患が起こるメカニズムが研究によって、わかったと言う。


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130118/t10014881231000.html



成長期。人間で言う思春期に当たる時期のストレスが大きく関係している様子だ。



私には、兼ねてから疑問に思っていたことがある。


JWをやっていたから、病気になるのか、JWをやめたから、病気になるのか。
よく、JWをやめて幸せになった人はいない。
やめたら、病気になる人ばかりでしょう。
そんな文句を聞かされてきた身としては、どんなに荒唐無稽なことでも、そうなのではないか、と思ってしまうことがある。

でも、ある程度の決着はついた。



この研究結果が、本当に確かなら、


二世が病気になるのは、思春期のストレスこれが原因だ。

JWに関連したストレスもあるだろうし、そうではないストレスもあるかもしれないが、一般家庭という枠があったとする。

その二世の家族が、JWであることを除いて、一般家庭であるといえるのであれば、もしその二世が病にかかったなら、その原因は、JWと言えるのだろう。


もちろん、ストレスに対する耐性が弱いという因子も関係してくるのだろうけれど。

このことについては、また時間とともに詳しい研究結果と、人への効果によって更に解明されていくと思う。


 どうも、Minです。


 日常とは、川の流れのように絶えず変化を続けながら流れてゆくもの、と誰かが言ってた気がしますが、日がたてば、私を取り巻く会衆の様子も変わってきます。


 たとえば、一人の若い開拓者が開拓を降りそれから集会に来ていません。

 たとえば、高校生が、あるときを境に集会にも奉仕にも出てこなくなりました。

 たとえば、もう一人の高校生が、集会で、泣いているところを姉妹に慰められていました。


 もちろん、このすべては、女の子です。



 一昔前、私(Min)に、避けられた気がするのだけれど、何か気に触ることした?

 と言ってきた方。


 母に向かって、何度もそういうことがあるんです。と、泣きながらに訴えてきたそうな。


 母は私の部屋に押しかけてきて、「○○姉妹、おかしくなっちゃったよ。何度も無視されたんだって、あんたどーーーーーすんのよ!!!!」
 そっから、また家出るのどうのこうの。いつものパターンでした。
 もう、出れる出れないじゃなくて、出るしかないか、と言うところまで行きました。


 母親だけでなく、父親にも、出るしかないねと言われ、こりゃぁ、運も何も尽き果てたかと思った矢先でした。

 その次の日ぐらいに、母親が方針を転換。

 姉妹のことは、こちらが云々言うことではないし、それに振り回される必要も無い。そう結論したようです。その姉妹の必要を満たすのは、私ではなく、夫である兄弟だ、と言うのが、聖書的だろうと。


 今のままでは、家を出られないと訴えていた私の訴えを聞いて、看護師になるための学校へ、行ってみたらいいと、いけるんだったら、来年と言わずに、今年、試験を受けてしまえ。と。


 そんなわけで、約一ヶ月、受験勉強をしておりました。

 とりあえずの結果は、10日後です。


 問題は持ってかえれないので、答え合わせもできないのですが、不安でしょうがない。


 気にすると、不安になるので、後10日間忘れて、と言うか、受かった気分で次なる対策を練っていきたいと思います。




 ま、で、思ったこと。



 私さぁ、離れかけの良い子やってるわ。
 離脱しかけてるのに、優等生ぶっちゃってるよ。


 でもさ、ここまで離れるのに苦労してると、離れたらまず戻ってこないだろうね。www


 ちなみに、今年の目標。今作った。


 強い精神力。克己心をもっている自分に、来年の今頃になっていよう。


 言いたいことひとついえない関係。それは、親子関係として健康でない。



 そんなことを最近気づかされたというか、知りました。


 その関係をなおすためには、私がぶつかりに行かねばならぬことも、それが私自身のためでもあるはずですが、なかなか、そういう考えに至れないのが現状です。



 前に、ぶつかったことはありました。半ば、精神状態のおかしくなっていたこともあいまって、少々ぶちまけてみました。それなりにうろたえはしましたが、結局、それに対する答えは、最近出ました。


 「Minはすべてを他人のせいにしたいみたいだけど、違うからね、すべては自分のせいだからね。」と、半ばマイコン気味に言われましたとさ。。。


 私は、一人の人間のはずなのになぁ。いつまで彼らのために生きねばならぬのだろう。

 あんたらのために生きてるわけじゃない。と、言ったところでそれがあの人たちの心に響くことはないのでしょう。あの時、こういったよね、こんなことしたよね。

 口を開けば、過ぎたことを蒸し返す。いつまでも根に持つ。


 言えば言った分だけ、私への攻撃材料が、蓄積されていくだけなのです。

 私がどんなにひどい言葉をぶつけられていようとも、傍観を決め込んできた家族なんて、信じられるでしょうか。


 私はそんなにお人よしじゃない。



 家族に本音をぶつける話をしていたとき、私の頭に、
 ある記憶がよぎりました。

 一緒に奉仕をした姉妹と話していたとき、母親と言い合いとかして、あとで、言わなきゃよかったとか、言い過ぎたとかって、思うこと無い?と聞かれた。

 そんなことしたことがなかった私は、正直に答えました。


 傷つくじゃん親が。って。まずいと思うことは、無意識的に選別していわないようにしてる。と。

 そんなことができるんだすごいねぇ。なんていわれた気がしますが、その意外そうな顔がなんとなく心に引っかかっていました。


 だってねぇ、下手を踏めば、衣食住を取り上げられると思っていたし、私自身が、親の言葉に傷ついてきたわけなので、そんな馬鹿なことはするまいと思っていました。



 やられたらやり返すなんて、いけないことだと小さなうちから教わっていましたし、ましてや自分の奥底にあるドロドロにたぎった憎悪をぶつけてしまったら、仮初の平和とはいえ、知らぬが仏だった人を、私の手で突き落とすことになってしまうのではないかと本当に恐れていましたし、今も、そうなのでしょう。



 本気を出しても、言いくるめられてしまうかもしれない。という恐怖もありますが、一番の恐怖は、それだけの博打に出ても、何の効果もないかもしれないということです。受け入れてはもらえないだろうという予想が、大きいのです。




 安心してぶつかれる相手じゃないのです。




 私も弱いけれど、彼女も、弱いのです。



 何か、いいわけじみてるけど、ま、言い訳だわな。


 よくわからない。www
 JWであれば、「ムチられる」ことは子供時代よくあったことだと思います。


 かく言う私も、これまでの記事で小出しにしてきたように、ケツを叩かれたことは何度もあります。とはいえ、全盛期の方たちに比べれば、かわいいもんだったでしょう。


 ムチされたときのシチュエーションを、昔のことなのに今でも結構はっきりと思い出せるのは、それだけ印象深かったということなのでしょう。


 「後で懲らしめね」といわれて、いつ懲らしめがはじまるのか、ものすごい緊張していたあの時間。

 ムチを受けているときの、非現実感。後何回で終わるだろうか、と耐えていた最中。


 赤ちゃんぐらいのときからムチは始まっていたそうです。

 母親の話によれば、最初はお尻を叩くことはどうしてもできなくて、ひざを手で叩いていたそうです。
 ただ、ひざを叩かれても私は笑っていたそうで、懲らしめを懲らしめと認識できない頃から始まっていたわけですね。


 そのうち、家にはガスホースが登場して、主流はガスホースでした。(あれ痛いのよね……)

 今、40代後半の人は、竹竿みたいなやつで叩かれたって言う人もいます。
 大きくなっても、JW的にNGなことをした(集会休みガチとか、色々ね)と感じると、あーお尻を叩かれるーと、感じることが今でもある。って言ってました。そういう恐怖がよぎるんだとか。。。

 私にはそういうことがなかったので、どうしてそう感じるのかわからなかったんですが、その頃は、きっとムチの全盛期だったのだと知って、改めて考えてみると、その恐怖も頷けます。想像でしかないですけれど。


 そんなムチも、小学生の低学年ぐらいで終わりを告げるわけですが、あれさ、お尻にアザできるのよね。ホースにあわせて線状に。

 プールが近い時期にムチられたとき、アザができて、母親だかに水着からはみ出てあざが見えたら、先生が驚くかしらね。と心配しておりました。私も心配してた覚えがあるんですが、ギリギリ隠れたので、事なきを得た気がします。


 ある時から、ムチ者が父親に代わっていました。まぁ、なるべく父がムチるように、っていう流れがうちの中でありまして。

 お父さんは、道理的考え方をできている人だったのか、ムチるのが好きじゃない人だったのか、私が手玉に取っていたからなのか、単に嫌われたくないと思っていただけなのか。

 まぁ、すべての要素が含まれているとは思いますが、私とちょっと協定を組めていたりしました。弱めにやってもらうとか、やらなくて済むようにしてもらうとか(これはほとんど母によって無効ww)、回数減らすとか。

 もしかすると、私が何がいけなくて、どうしなければいけなかったのか話すことができていたからなのかも知れませんが、そんなときは、お父さんありがとう。と思っていたわけです。


 そんな気持ちも、ムチが足りないのは、愛情の不足と同じだという話をダブルで聞かされ、私はなんて悪い子なんだろうと気持ちがどん底まで落ちたことは言うまでもありません。


 そして、ムチは私にとって恥ずかしいもの、そして父親からのムチは性的な意味でも恥ずかしいものだったのかもしれない。と最近になって冷静に見ることができるようになりました。

 少なからず、そういう側面もあったのではないかと。


 まぁ、小4ぐらいまで一緒にお風呂は言ってた私が言うのもなんですがねwww

 王国会館でムチられる時の恥ずかしさは、また格別でしたね。ええ。泣いて家に帰ってからにしてくれと懇願した覚えがありまする。ええ。






 きっとね、Mなのも(?)そこらへんの性癖が関係しているのだよ。




 これは仮説だけどね。JWには、Mが多いのにはこれがきっと関係してるよ。

 ムチられることを、逆に快感として認識し、自分の中で消化することにしたんじゃないかと。ね。そう私は思うのです。

 ちょっと前の話をしまする。


 母親が再訪問をしていたあるおばあちゃんがいました。

 そのおばあちゃんから見て、お嫁さんと言う人が、おばあちゃんがエホバの証人とかかわりを持っている、と知り、「カルトの子」をおばあちゃんに読むよう渡したそうです。


 そのおばあちゃん、読んでも特に何ということはなく、特にJWを危険視する様子も無く。私の母に、こんなものを渡されたのよーなんていって、母に見せたそうです。


 それで母は、その本を借りて読んだのでした。



 ある日、仕事から帰ってきたら、「カルトの子」がおいてあって、一瞬、血の気が引くかと思いました。理由を聞いてみれば、そんな事情で、私は感想を聞いたのでした。



 母はこう一言。

 JWやめちゃうと、嘘ついてもなんとも思わなくなるのね。だそうです。


 あぁ、手の施しようがないですね。うすうす、そういうだろうと思っていたけれど!


 逆に、それほど、信じられないくらいショッキングでしたかぁ!?


 どうやったらそれを本当だと、思ってもらえるのか、と考えたんですけれど、ま、無理だわな。



 うちの母親は、20年前からしかやってないわけだから、その時代知らないのよね。


 かといって、私も、実体験しているわけじゃないから、なんともいえないけれど、さすがにあの言いようは、ひどすぎる。



 JWなら、そんなことはしないと、心のそこから信じているのね。



 やっぱり、手が付けられません。

 しょうがないね、私に言った言葉の数々も、何一つ「覚えてない」で切り抜ける人だからね。



 都合がいいったらありゃしないww┐( ̄ヘ ̄)┌



 今はまだ、それでもしゃーないと思えるけれど、そのうち、しゃーないなんて言ってられなくなる日が来るだろうなぁ。

 その日までに、私は検証を済ませなければね。



 よぉーし、がんばろ(ノ´▽`)ノ ⌒(呪)