「うわっ、なんだこれ太陽がついに堕ちたのか!?」
窓の外、ついさっきまで部活動に励んでいたはずの生徒達の姿が、すっかり消え去ってる。
それどころか、まだ青空さえのぞかせていた空が、完全に星空に取って変わられてる。
今日はセンセが出張でガッコに居ない。
なんでも他の学校へ勉強会に行ってるそうだ。つまんないなぁ。
そんなこんなでひたすらピアノに没入していた訳なんだけど、今日は止めてくれる人が居ないせいかこんな時間になるまで気付けなかったみたいだね。
ケータイを開いて時刻表示を確認すると、もう20時を若干過ぎた所だ。
いい加減帰らないと姉様が心配しちゃうだろうな・・・って。
何のためにケータイ持ってんだ私は。
「ね、え、さ、ま、お、そ、く、なっ、て、ご、め、ん、な、さ、い・・・・・・っと。」
ポチポチとメールを入力して送信する。
一人でメール打ってる時って何で声に出ちゃうんだろうなぁ。
とか思ってたらすぐに返信メールを受信。
From:姉様
Sub:安心しましたわ
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何事も無かったようで安
心しました。
心しました。
まだ学校に居らっしゃる
のでしたら、じいやにお
車で迎えに行かせまし
ょうか?
のでしたら、じいやにお
車で迎えに行かせまし
ょうか?
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うーん、あまり執事さんに手間を掛けさせたくはない・・・んだけど。
この時間まで姉様に心配させておいて、まだ自分の我侭を通すのも大人気ないよね。
「すみません姉様、お願いしても良いですか?っと。」
うん、こんな感じで良いかな。っとメール送信。
そして物凄い速さで返信が来る。
ピアノの上に置いた途端に着信したからちょっと肩が震えたよ!
From:姉様
Sub:畏まりました。
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すぐに向かわせますわ
。
ちゃんと安全な所で待
っているんですのよ。
ちなみに断られたら、妾
が一人で迎えに行きま
すからね、とメールをす
るつもりでした。
が一人で迎えに行きま
すからね、とメールをす
るつもりでした。
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あぁ、これはメールを打ちながら向こうで笑ってるんだろうなぁ。
結局どうすれば私が「お願い」を断れないか、しっかり熟知している辺り、やっぱり姉様にはどう足掻いても勝てそうにない。
しかし、ただ待っているのも退屈だなぁ。
クラスの子達はケータイゲームで遊んだりしてるのをよく見かけるけど、ああいうのは単純に趣味じゃない。
明かりも点いていない夜の音楽室の中には、眩しいと思える程の月明かりが差している。
もうしばらく、ピアノを弾いてようか。
いつもとちょっと違う。クラシカルな音楽じゃない。
もっと誰でも理解できて、誰でも好きになるメロディー。
こんな時間に校舎に残ってるのは私くらいだろう。
職員室は向かいの校舎だから、聴こえないだろうし。
少しだけ、弾き語り。
こんな日に綺麗な月が悪いんだ。私の所為じゃない。
「♪~♪~♪♪~」
いつもの意識まで飛ばすメロディーじゃなくて、ただ好きな唄。
私が唄いたくて、歌う唄。
「♪~・・・♪・・・~♪」
唄い終わって演奏も終えて、少しの間だけ余韻に浸る。
と、突然音楽室の明かりがパッと点いて明るくなる。
見回りの先生だったら嫌だなぁって思いながら振り返ると、椅子のすぐ真後ろに見知った顔が2つ。
「うわぁっ!!」
近さに驚いて思わず仰け反って倒れそうになる。
だけど無造作に投げ出した手を、二人一緒に掴んで支えてくれる。
「フフフ、もう、驚きすぎですわよスフィランシャ」
「アハハ!かななん先輩ったら、意図的におどかしたのにいじわるな言い草だよねぇ!」
姉様とれりりんか・・・もうびっくりした・・・
まだ胸がドキドキしてるよ、ホントに!
「姉様、もう家に帰っていたのでは?何でガッコに・・・?」
「実は、レリーチェにデッサンのモデルを頼まれて、美術室に二人で残っていたんですの。」
「何だ・・・、そうならそうだって仰ってくれれば良いのに、もう!」
「らーふちゃんからメールが着た時、かななん先輩が『脅かしに行こう』って、アハハ!」
れりりんはなんだかんだでこういうの、素直に楽しんじゃう人だし、姉様はコトが上手くいって実に満足そうだ。
「ぐぬぬー!」って心の中で思いながらも、多分すぐに仕返ししようとしても返り討ちに遭うだけだろうなぁ。
「また寝てる間にウサ耳結んでやる!」とウサ耳に視線を向けた瞬間、姉様の背後に「轟ッ!」と音を立てながら焔をバックに不動明王が浮かんだ。
「ヒィッ!?」
肩をビクッと震わせながら思わず声を上げると、姉様が「何か見えまして?」って極上スマイルで言った。
れりりんの笑顔も固まっている辺り、私の見間違えでも無かったんだ・・・言えないけど、言えないけど!
「そ、それにしてもあれだね!前に屋上で聴いた時も思ったけど、らーふちゃんって可愛い声してるね!」
「ぇ・・・聴いて・・・無いわけ無いよね、美術室すぐそこだし・・・はぁ・・・」
両手で顔を伏せてため息を吐く。
実は私は無意識で唄っていない時の、ガッカリ唄声を聴かれるのがとても恥ずかしい。
とは言え勝手に唄い出したのは私だし、非難なんてするつもりはないよ。
「それで、スフィランシャ、帰り支度は済ませてるのかしら?」
「はい姉様、戸締りをしてこのカバンを持てば良いだけですよ!」
「じゃあ、校門まで行って迎えを待ちましょうか。」
鍵盤をサッと拭いて、鍵盤カバーを被せる。
それから二人が手を挟んだりしない様に、ピアノから離れているのを確認してから、天板をゆっくり閉じる。
照明を落としてから三人揃って音楽室を出ると、鍵を閉めて戸締り確認。
ガタンガタンと扉が開かないのを確認してから、下駄箱に向かって歩き出す。
「れりりん、それは何を持ってるの?」
「ん?あぁ、これはスケブだよ!美術部の課題で人物のデッサンを提出しなきゃいけないんだ。
モデルさんも自分でお願いしなきゃ行けなくて結構大変なんだよ!」
「それで妾の所まで泣きついて来たんですのよね?突然三年生の教室に泣きながら飛び込んで来るんですから。」
「ア、アハハ。課題がまさか明日提出だったなんて・・・ホントにすっかり忘れちゃっててさ・・・」
「れ、れりりんらしいよ・・・」
そのシーンが脳裏に鮮明に浮かんで、苦笑いが浮かぶ。
「それで、デッサンは終わったの?この時間まで残ってたって事は、結構切羽詰まってるみたいだけど。」
「あー、それが実はまだ終わってないんだ。
一応、明日の部活の時間に提出すれば大丈夫だから、お昼休みとかにお願い出来るならギリギリ間に合うかもしれないけど・・・。」
「それでもギリギリなんだ・・・。うーん、今日このままうちにお泊りに来て、今夜の内にパパっと仕上げちゃうのはどうかな?
どうせうちの両親は今日も帰ってこないだろうし、気兼ねしなくて良いよ!」
「まぁまぁ!それは素敵なアイデアですわね!
もちろん、レリーチェのご都合次第なのですが。」
もちろん、レリーチェのご都合次第なのですが。」
姉様はパァッと表情を明るくしながら胸の前でポンっと両手を合わせて言う。
「え、良いの!?行く行く!!」
「わー、うちにお友達がお泊りに来るなんて初めてだよ。なんかわくわくしてきたなぁ。」
「にししし!帰りにコンビニ寄ってお菓子を買い込まないとね!」
急遽決まった事だけど、目一杯楽しむための計画を立てる。
れりりんは基本的にイベント好きだし、姉様はなんだかまだ夢を見てるみたいな表情のままだ。
多分色々とやってみたかった事があるんだろうな。
多分色々とやってみたかった事があるんだろうな。
「あ、れりりん。パジャマは私のでも大丈夫?スタイル的にはそんなに問題ないと思うんだけど。
替えの下着は、買ったばっかりでまだ使ってないのがあるからそれ使ってもらって。」
「うんうん、ありがとね。」
「まぁ、下着でしたら妾もまだ使ってないものg」
「嫌味ですか?」
「嫌味かな?」
思わず突っ込みがハモる。
いやいや。だって、姉様の下着ってあのボインの下着ですよね?
姉様の胸元を見る。
自分の胸元を見る。
何故姉妹にありながらしてこの様な格差社会を生むに至ったか。
今夜も脳内議論は熱くなりそうだ・・・いや、そんな事はどうでもいい!
二人から同時に突っ込まれた姉様は「どうしてですの~!」と腕をパタパタさせながら怒っている。
やっぱりうちの姉は天然可愛い。
「さて、姉様。早く靴に履き替えてください。
ゆっくりお喋りしながら歩いて来ましたし、もう校門で迎えが待ってそうです。」
自分の靴箱を開いて、靴に履き替えながら言う。
「あ、あらあら、そうでしたわね。
レリーチェ、もし用意する物が在るなら、一度ご自宅に寄らせますが・・・」
「あぁ、うん。・・・いや、大丈夫だよ、かななん先輩。
さ、それよりお待たせしちゃってるなら早く行こう行こう!」
「きゃっ!?もう、急がなくてもちゃんと待っててくれるから大丈夫ですわ、レリーチェ!」
一瞬、ほんの少しだけ暗い表情を見せたれりりんは、気を取り直すように明るく笑ってみせると姉様の背中を押しながら行ってしまう。
私は一瞬だけ逡巡した後、「ま、いっか。」と後を追いかける。
「本日もご学業、ご苦労様でございました。カナンお嬢様、ストラーフお嬢様。」
深々と頭を下げながら執事さんが言う。
私は、「はい。」とカバンを渡すとさっさと後部シートに乗り込む。
姉様は執事さんに返事を返しながら、何か喋っている。
多分、れりりんとお泊り会する旨を伝えてるんだと思う。
そして姉様はれりりんを私の隣に乗り込むよう促す。
れりりんは隣に掛けると「ねぇねぇ。あの執事さんが苦手なの?」と聞いてくる。
「んー・・・。苦手でも勿論嫌いでも無いんだけど・・・。
小さい頃からこうだったのに、この環境にどうしても慣れなくて。」
「ふーん・・・。でも、なんかちょっと分かるかも。
自分だけ浮いてる感じがしちゃうよねぇ。」
また一瞬だけ暗い顔をすると、私が見ているのに気付いて誤魔化すように苦笑いを見せるとヒラヒラと手を振ってみせた。
そして姉様も乗り込んでくるととても楽しそうに「サンドイッチですわ!」と身を寄せる。
姉様の無邪気な様子に三人で思わず笑いながら、執事さんの「では、お車を出します。」という言葉に「はーい!」と元気よく返す。
重力も感じさせず、スルッと走り出す。
やっぱりプロなんだなぁ、なんて感じながら「あ、帰り道のコンビニによって。」と伝える。
執事さんは振り返らないで「はい、畏まりました。」と返す。
私の素っ気無い言い方に姉様は溜息を吐き、れりりんは苦笑いを浮かべていた。
コンビニに到着すると、姉様が執事さんに「そのまま待っててくださいませね?」と執事さんがエスコートに降りてくる前に言う。
「わー!お菓子だお菓子だ!」
真っ先にれりりんがコンビニのドアを開く。
「んー、私は炭酸水。」
私は足がある時に買い込んでおこうと、いつもの炭酸水を目指す。
「レリーチェ、帰ったら夕飯も用意されていますから、程々に、ですわよ。」
「はーい!」
姉様はそう言ってアイスクリームのコーナーへ真っ直ぐ向かうと、ハーゲンダッツの新作を厳しい目で吟味し始めた。
今までに見たことも無い程の鋭い目だ・・・!
私は買い物カゴに5本程炭酸水を突っ込むと、姉様の吟味のお邪魔にならないようにれりりんの方へ。
れりりんはポテチのコーナーで楽しそうにチョイスしてる。
「こっちは前に食べたけど微妙だったんだよねー。お、君は新顔だな?
『わさび納豆マヨネーズ味』・・・うん、君は・・・うん・・・」
れりりんは手に取ったそれを、そっと棚に戻す。
「それ、食べたよ。あんまり美味しくなかった!」
「えっ!?あはは!むしろなんで買っちゃったのさ!」
「味覚への挑戦!と、もしかしたら美味しいかもしれないっていう仄かな期待で・・・。
あ、でもセンセは『イケるイケる』って食べてたよ。」
「あ、あの先生、味覚系大丈夫なのかな・・・?!
・・・そいえばさ。前々から聞いてみようと思ってたんだけど、らーふちゃん、あの先生好きなの?」
「うん、大好きだよ!優しいし、ちょっと不真面目だけどちゃんと私の事をちゃんと理解してくれるし!」
そこまで言うとれりりんは「ふーん。」って相槌を打ちながら少しだけ首を傾げた。
「ま、いいや。らーふちゃんはなにか気になるのある?」
「うーん、じゃあこの『ドロッ!ドリアンカレーミント味(濃厚)』n・・・」
「うん、味覚への挑戦は今日は止めておこうね・・・」
若干言葉もかぶせ気味に、苦笑いされながら棚へと押し戻される。
むぅ、割りと自信の在ったチョイスなんだけど、駄目だったか。
二人でワイワイとお菓子を選んで、姉様も誘おうとアイスコーナーを見ると、まだ真剣な眼で吟味している。
「かななん先輩、決まらないならこのガリガリ君でm」
「はい・・・?何か仰られまして・・・?」
「「Σヒィッ!?」」
目、目が全く笑ってない・・・!?
「ウフフ、冗談ですわv取り敢えず妾は期間限定のこちらに決めましたv」
「も、もう、姉様。驚かせないでください・・・!」
まだ胸がドキドキしてるよ!
今度は三人で、お菓子をチョイス。
姉様が居ると意見がすぐにまとまるから、パパパッと済んじゃった。
でも、やっぱり三人とも少しいつもと違う日っていう意識が在るのかな。
気がついたらカゴはお菓子で一杯になっていて。
「ねぇ、らーふちゃん大丈夫?カゴ、重いなら一緒に持とうか?」ってれりりんが心配する程で「大丈夫大丈夫、これくらいなら!」とレジに差し出す。
まぁ、私は人より怪力だしね。こういう時こそ有効に使わないと。
会計を済ませると、また袋を一人で持って車へ戻る。
案の定、と言うべきか。後部座席のドアの前には執事さんが立っていた。
私達がコンビニから出てくるのに気付くとドアを開いて柔和な笑みを浮べている。
そして私が見るからに重そうな袋を提げているのを見ると慌てて「お嬢様、お持ちします。」と言う。
今度はあんまり素っ気なくならないように
「うん、これくらいなら大丈夫だよ。・・・みんなで選んだものだから、自分で持ちたいの。」
と、笑いながら返す。多分、笑顔はすっごくぎこちないと思うけど。
執事さんは慌てた表情からまた柔和な笑顔を浮かべて「左様で御座いますか」って、なんとなく嬉しそうに言った。
また車に乗り込むと、今度こそ自宅へ向けて出発進行。
まぁ、学校まで歩いていける距離なんだし、車でそこまで時間がかかるわけも無く。
程なく自宅に到着。
車を確認して守衛さんが門を開く。
執事さんは手を軽く挙げて守衛さんに挨拶をすると、庭に車を入れる。
そして玄関前まで到着すると、メイドさんが後部座席のドアを開く。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
少し顔を伏せ、主人と目は合わせない。
メイドさんの鏡だなぁ、なんて思いながら「ただいま。」って声をかける。
「お菓子類は私の部屋に。姉様のアイスは冷凍庫、私の飲み物はいつも通りに。よろしくね。」
メイドさんに買い物袋を手渡す。一瞬すごい重そうな顔したな。
「へぇー!やっぱりかななん先輩はお嬢様なんだね・・・!いや、知ってたのは知ってたけどさ!」
私の後に続いてれりりんが降りてくる。物珍しいのか色々と見ている。
姉様は反対側の座席からさっさと降りて、外の空気を惜しむように吸いながら背伸びしてる。
「お嬢様、お食事にされますか?入浴のご用意もしてあります。」
「んー、そうだね。お腹も空いてるし食事からにしようか。」
「畏まりました。ではすぐに。」
「よろしく。」って言うとまずは着替えるために部屋に戻る。
「あ、れりりん。先ず着替えよう。私の服、部屋にあるから付いて来て。」
「はーい、了解!」
ビシッと敬礼してみせるとテテテっと後に続く。
姉様は私の部屋の隣の自室に戻る前に
「今日は、三人で一緒にお風呂に入りましょうねv」
って楽しそうに言った。