築いた死体の山から、陣を敷いた敵兵の群れを見つけると
ニタニタと目を細めて笑いながら、足にグッと、力を込める。
一足飛びに敵陣の真ん中に飛び込み、混乱する敵軍に奇襲を仕掛け、また膂力にモノを云わせるつもりなのだろう。
飛び上がって敵陣目掛けて弾丸の速度で特攻する。
「まだまだ殺す。コイツらを殺し尽くしたら今度はアッチの奴らも殺す。 キヒヒッw」
自分の暮らす国の陣を見ながら如何にも楽しいと云った様子でまた嘲笑う。
瞬間
地面から無数の黒い腕が生えてくると、文字通り跳んでいた獣の身体を雁字搦めに縛って地に張り付ける。
地にうつ伏せに組み伏せられながら、なんとか顔だけ起こして状況の把握に努める。
丁度目の前、地面にポッカリと黒い穴が空いている。
何も無い、本当の黒で埋め尽くした穴だ。
「お前さんな。ちぃっとやり過ぎじゃねぇかい?」
突然、其の穴の中から声が響く。
「あぁ、良く知った嫌な声だ。」
頭の中で舌打ち混じりにそう呟く。
穴から顔を出したのは、死を司る神タナトスであった。
黒い長髪に無精髭、Tシャツにジーパンと云うなんともラフな出で立ちで、
心底面倒くさそうに気怠げな態度を隠そうともしない。
「チッ、仮にも一つの概念を司るカミサマが、こんな所までお出でなさって一体どういうつもりだ・・・?」
地に縛り付けられたまま、其れでも獣は悪態を吐く。
其れを気怠げな態度を崩さぬまま、小指で耳の穴を掻きながら聞くと
「最初にも云っただろ? お前さんやり過ぎ。 あんま無計画に此方に魂送って来るんじゃねぇよ。」
小指の先にフッと息を吹きかけながら獣の前で不良座りに腰を落とし、見下しながら続ける。
「お前さんさ、前にも同じ事やって記憶ごと封印されたの、忘れたのか?
もう一度出てきたと思ったら性懲りも無く繰り返すとは・・・こりゃ本格的に地に封印でもしちまった方が良いか?」
其の言葉を聞きながら、獣が反論する。
「何云ってやがる! オレを作ったのはお前らだろう!
オレとはつまりそういう仕組みで、地上に人が溢れないように生み出されたシステムだ!」
タナトスは「はぁ~・・・」と、心底面倒臭そうに溜息を一つ吐きながら立ち上がると、獣の頭を足蹴にする。
「だぁ~からよぅ、バランスの問題だっつってんだ此の犬畜生(ワンコロ)。
お前と同じように生み出された存在はなぁ、ちゃ~んと殺すべき対象や数が頭に入ってんのよ。
お前みたいに目に付く人間みんな殺してたんじゃあ、地上から人間がいなくなっちまうだろうが。
其れじゃあ困るんだよ。色々とな。此処まで理解は出来たか?欠陥品。」
ぐり・・・ぐり・・・と、頭を踏み躙られる。
己がそうしたように、一切の情も無く。
「でもなぁ。何故かお前みたいな欠陥品の方が妙に特殊な能力が付属してたりすんのさ。
お前の場合は人間とは比べ用もない程の怪力だ。ちったァ使えるかとも思って記憶を封印するに留めたが、
どうやら今回は俺の判断ミスだ。全く神だろうがなんだろうが自分以外の存在なんてちっとも思い通りにいきやしねぇ。」
もう一度、気怠げに項垂れて溜息を吐く。
「オレを、どうするつもりだ・・・?また封印するか?其れとも今此処でデリートしていくのか?」
言葉を無反応に聞き流しながら、タナトスは思案する。
しばらく其のまま黙り込んだままだったが、「ふむ。」となにか思いついたように一言零す。
「よし、お前を此のまま殺しはしないでやろう。」
怪訝な表情で其れでも黙って聞く獣。話の腰を折るより早く要点を聞きたいのだ。
「ハハッ、なんとも具合の悪そうなツラしてやがるな。どうだ気持ち悪ぃだろう?
・・・そんな眼でカミサマを見るもんじゃねぇよ、犬畜生(ワンコロ)。
お前は『やり直し』だ。お子様からまたやり直すが良い。
但し此の戦場のど真ん中で、お前の能力は人間並みに、記憶はお前の虚無の深淵に漂う者(アリス)に封印していく。
生き残って此の敵陣のど真ん中から帰って見せることだ。」
云い終えると獣の頭に手のひらを翳し、
人の聴覚では聞き取れない言語で一言だけ呟くと、
獣の意識は乱暴に消されたディスプレイの様に其処で途切れた。
「ま、なんとか生き残って見せろや。お前が運良く善行積んでりゃ誰か助けてくれるかもな。
悪行成して悪果を招けば此処で死ぬだけの話だ。・・・そう云うシステムなのさ、コイツはな・・・ハハッ」
皮肉と嘲り交じりに呟くと、なんともラフな格好の気怠げな神は冥界へと続く穴へと沈んでいった。