先日のインターネット放送で高山正之さんが、韓国が朝鮮戦争のときに日本に
対していかに残虐非道の犯罪を犯したのかということを話されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=9q-1ZMM0OEM
この歴史は私の世代でも覚えている人は半分もいないと思う。
私も実際に当時を生きていたわけではないので、つぶさに覚えているわけではない。
だから、ここで高山正之さんの話された内容をメモしておくことは重要だろうと思う。
1950年の6月に、突然北朝鮮共産軍が38度線を超えて韓国に攻め込み、
あっという間に釜山まで進軍して韓国軍は敗色濃厚となった。このとき、
日本にいたマッカーサーが米軍を率いて参戦し、仁川に上陸してからは
圧倒的な戦力で北朝鮮軍を押し返し、鴨緑江の北まで攻め込んだ。
鴨緑江に架かる長大な橋は日本統治時代に日本が建設したものであるが、
これも朝鮮戦争で破壊されてしまった。
北朝鮮が敗色濃厚になった12月、帰国目前で故郷に想いを馳せていた
クリスマス気分の米軍に、中国軍が突然押しかかって来て、戦争は
泥沼に突入した。韓国軍は中国軍が攻め込んで来たら算を乱して
逃げ出し、米軍の貴重な兵器を捨てて来た。米軍はこの卑怯な
韓国軍のためにどれだけ犠牲になったかわからないという。
実際、米軍は最初のうち在日米軍を逐次投入し、水原南方烏山の高地に陣を張った。
水原には60万の韓国軍が展開していたが、北朝鮮の6万の戦車隊が見えた途端に
壊走し、残された米軍は包囲されてしまい、単独で戦ったものの全滅させられた
という。ひどい話だ。裏切られて全滅した米軍がこれではあまりにも可哀想だ。
このことがアメリカの戦死者の家族に知らされたら、彼らは朝鮮人を何と
思うだろうか。
次の高山正之さんの話はこの後のことにつながる。
米軍と中国軍(公式には中国義勇兵)が朝鮮戦争で闘っているとき、
朝鮮人の李承晩は、突然日本海に李承晩ラインと言われる領海ラインを
引いて、独断で領海を設定し、日本が占領下にあって軍隊がないことを
いいことに竹島を不法占領し、本来なら日本の領海内で操業していた
日本の漁船に対して銃撃して340隻を拿捕した。これにより、漁民44人が
死亡し、約4000人が韓国に抑留された。李承晩の朝鮮人は、抑留漁民に対して、
2人しか入れられない監獄の監房に20人も押し詰めるという虐待の限りを
尽くした。
さらに、日本政府が拘留されている漁民を釈放するように要求したのに対し、
李承晩はその交換条件として殺人などの凶悪犯罪などで日本の刑務所に
入っている朝鮮人犯罪者全員の釈放を要求してきた。これによって、
日本政府は470人の朝鮮人凶悪犯罪者を釈放したのである。さらに悪いことに
李承晩は彼らを引き取ることなしに、釈放と同時に彼らに永住権を
与えることを要求したのである。
これらのことは4000人の漁民を人質に取られていたので飲むしかなかった。
釈放された漁民はガリガリに痩せて真っ黒になって帰ってきたそうである。
良く生きながらえてくれたと涙が出る。
以上が、高山正之さんが話した内容である。
この朝鮮人たちは、朝鮮のために中国と米国が戦争している最中に、
軍隊も警察もない日本に攻め入り、竹島を簒奪したのである。本当に
汚い民族である。今、このことは多くの日本人が忘れようとしているが、
決して忘れてはいけない。
朝鮮人が日本人に対して犯した悪逆非道はこれだけではない。
終戦時、朝鮮半島、満洲から帰国しようとした多くの日本人が朝鮮人に
虐殺された。日本に帰ることなく朝鮮人に虐殺された彼らの無念さは
いかばかりだろうか。
広島に原爆が落とされて全身に火傷を負った瀕死の広島市民の皆が皆、
水、水と助けを求め、末期の水を一口飲んだ後、「仇をとって下さい」と
言って息を引き取ったという。朝鮮で殺された日本人も、きっと同じ言葉を
言ったに違いない。決して朝鮮人の悪逆非道を許してはいけない。
決して彼らの残虐な蛮行を忘れてはいけない。そしらぬ顔をして
今われわれの周りにいる在日朝鮮人も終戦時日本人に同様の悪逆非道の
犯罪を犯した。これを忘れてはいけない。