STAP事件の小保方を擁護する武田邦彦氏とは? | 軽きに泣きて三歩歩まずのこころ

軽きに泣きて三歩歩まずのこころ

ブログの説明を入力します。

自称「科学者」の武田邦彦氏は、これまで論文を数百編発表していて、
今でも学術雑誌に投稿された論文の審査を依頼されているそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=EcAHWdbYFL4
だから、「STAP細胞」の小保方晴子氏を擁護しているのは十分根拠が
あってのことと言いたいらしい。黒木登志夫氏の「研究不正 - 科学者の捏造、
改竄、盗用」 (中公新書)には、「科学から遠い人ほど小保方を弁護する」
とある。黒木氏の見立てからすると、武田氏は科学から遠いと
思われるが、果たして、科学者武田氏は小保方氏を公に擁護できるくらい
科学的な見識が備わっているのだろうか。

実際のところ、学術論文を数百編発表するということは並大抵のこと
ではない。日本で言えば、立派な業績を挙げ、多くの弟子を育てた有名な
大学の大教授クラスということになる。私は、武田邦彦氏の経歴を見て、
彼がそれほど多くの学術的貢献をしていたとは思えなかったので論文を
数百編発表していると聞いて少し驚いた。

黒木氏の「研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用」 では、日本の上位
30大学の研究者の過去10年間の発表論文数の平均は約11編ということだ。
東大でも平均10報程度、最高は東工大の12報そこそこである。
このことからも、生涯で数百報の論文を発表するということは
並大抵ではないことがわかるだろう。もっとも、同書には、
小説を書くように論文を捏造した人は、10年で200報以上の論文を
発表したと記している。個人で論文を数百報発表するということは、
捏造でもしないかぎり、途方もなく難しいということである。

それくらい大変なことである。

なぜ、学術論文を発表するのに時間がかかるのだろうと思う人がいる
かもしれない。その理由として、研究成果が出るまでに時間がかかる
ことがあげられる。これは、研究者の能力に依存する。いつまで
経っても研究成果のでない人もいる。その上、かなり有能な研究者であっても、
学術論文を発表するまでには、どうしても物理的に数ヶ月は時間がかかる
のである。

では、一体、学術雑誌に論文を発表するというのはどういうことだろうか。

論文の発表とは、研究の結果、何か学術的に新しいことを見出した人が、
それを論文として書いて、それを発表するのにふさわしい
学術雑誌の編集部に送ると、編集長がその論文の内容に造詣が深い
学者に送って審査してもらい、審査結果が掲載可となったときに、
学術誌に掲載、発行される、ということである。

論文を審査する人はレフェリーと言われ、編集長ないし副編集長が同じ
分野の実績ある研究者から選ぶ。通常レフェリーは一人か二人で、
審査が揉めたりすると、つまりレフェリーが掲載不可の判断をした理由に
著者が納得出来ない場合には編集長に抗議して三人目のレフェリーに
審査してもらったりする場合がある。長引くと、投稿してから1年近く
編集部と手紙のやりとりをすることもある。その間は、著者はレフェリー
とのバトル(と表現する人もいる)を強いられる。自分の全知識、全能力を
使い、共著者の教授や指導教員、同僚や上司のアドバイスを参考にして
レフェリーに反論し、さらには論文の内容をより緻密に補強するなどして
掲載を認めてもらえるよう最大限努力するのである。

レフェリーに、論文に不足している部分を指摘されれば、著者はそれを加筆
修正して再投稿することになる。これを revise すると言っている。
投稿して、それがそのまま掲載されることは滅多にない。印象としては
10分の1以下ではないかと思われる。つまり、論文を書いて掲載されるまでは
通常数ヶ月は時間が掛かるのである。

論文は共著者で発表されるので、大型研究プロジェクトの代表者に
なれば、多くの研究者を抱えて、同時に多くの研究を遂行できるから、
そういう代表者の発表論文は多くなる。また、共同研究として、
複数の研究機関と共同して研究すれば、論文数は増える。
立ち回りが上手な人は多くの論文の連名に名を連ねることも
難しいことではない。

以上のことは一流学術雑誌や少なくともある一定の評価を得ている
学術雑誌に限ったことである。

また、論文としての内容にそぐわいようなものでも論文としてカウント
される場合もある。実は、学術雑誌と言っても、ピンからキリまで
数えきれない位沢山ある。大学によっては学部の「紀要」という
学内のみの日本語論文の発表雑誌があったりして、投稿すれば審査なしに
掲載される。「紀要」の論文は、その大学の人さえ読まないという
存在意義が非常に薄い学術雑誌である。そういう雑誌の論文も
学術論文にカウントされたりする。

人によっては、一つの研究成果を、ほぼ同じ内容で複数の雑誌に
発表したりする。例えば、日本語と英語の論文に発表するとか、
学術雑誌に発表した論文を、国際会議のプロシーディングス(会議報告)
にほぼ同じ内容で書いたりする。二重投稿すれすれであるが、
最近は国際会議が増えてきて、発表者の負担を減らすのと、どうせ
どこかの雑誌に論文が掲載されるはずであるという両方の理由から
プロシーディングスを発行しない国際会議が増えている。

一方、Nature や Science といった学術兼商業雑誌には、
流行の先端を行くようなインパクトの高い内容の論文でないと
掲載されない。そのため一部の人はファッション雑誌と呼んでいる。
つまり、どういう学術雑誌に発表された論文であるのかを吟味しないで、
論文数だけで一概に研究者としての業績に甲乙をつけるのは難しい。
それで最近は学術誌にインパクトファクターという点数をつけて、
インパクトファクター点数で成果をアッピールする場合がある。
Nature に1本論文を発表すると、紀要230本に相当する、とか
言っている人もいる。

Nature に投稿した論文には2名ないし3名のレフェリーがつく。
編集委員が8名いて、論文を投稿してもすぐにレフェリーに
審査されるのではなく、まず流行に乗っているか、インパクトが
ありそうか否かがこの編集委員によって審査され、彼らの基準に
満たない場合はレフェリーに回されること無く、著者に原稿が返される。
だから、Nature に投稿しても、すぐに返ってきた場合には封筒を
開けないでも結果は知れている。最近はインターネットによる電子投稿に
なっているからもっと速い。

Nature に投稿した論文の英語は、レフェリーの審査に耐える程度の
英語であれば、最終的に編集委員が立派な英語に書きなおしてくれる。
だから、Nature に掲載された論文の英語が立派だからといって、
著者の英語の執筆能力が高いとは必ずして言えないのである。
武田邦彦氏は小保方がNature に投稿した論文を読んで、
大変立派な論文だと話していたが、それは著者の英語の能力とは
必ずしも関係ない。

一人で研究していれば、優秀な研究者でも、1年に1報か2報書くことが
せいぜいで、研究成果はそんなに次々に湧いて出てくるものではない
ということはわかってもらえるのではないだろうか。
研究が当たると、その結果をいくつかの側面から解析するなどして、
結果的に複数本論文を執筆することができるが、論文を執筆するのは
通常英語で書くことになり、図面の作成などもあって、かなり大変なので、
毎年4本も5本も執筆するのは容易ではない。

論文を書くのは、新規で有意な研究結果が出た時に、これは論文として
発表する価値があり、発表しなければならないと判断してから執筆作業に
入るが、書き上げるまでは、英語の実力や作文能力の個人差により、
数日から数週間かかる。刷り上がり2頁前後なら、実力のある人なら
一晩で書き上げるとか、土曜日曜に2本書いた(1報を2つに分けた)という
実力者もいる。しかし、一般には1週間は掛かる。長い論文は数週間かかる
ことも普通である。その後に、タイプと図面作成が待っている。
20年ほど前なら、タイプを1頁打つのでも平均45分、図面は墨入れする
必要があるのだが、1枚1時間から2時間はかかる。論文を書いて、
指導者や共著者に閲読してもらったりしていると、1週間はあっと
いう間に過ぎてしまう。修正の必要がある場合は、また同じくらい
時間がかかる。ましてや、研究を続けながら執筆するのはかなり難儀である。
早急に発表しなければいけないときは、勤務時間中の論文執筆も已むを
得ないが、論文執筆は、普通は帰宅後あるいは休日を潰して行われることが
ほとんどである。

今は、パソコンのワープロや図面を作成するソフトができたので、
論文執筆に掛かる時間は大分削減されたが、それでも、若い研究者が
うなりながら英語の論文を作文する姿というのは、そういう環境では
良く目にする光景である。

研究成果に恵まれて、30年間毎年2報発表することができて、
60報である。これは前述の大学研究者の論文発表数の2倍である。
論文数が数百報というのはいかにすごいことであるかかという
ことが感じてもらえるだろうか。

以上は主として個人で研究している場合であって、研究グループを
率いる代表者の場合は組織的に論文が執筆される。
代表者が研究を指導して、新規な結果や特性などに一定の進展が見られれば、
分担して実験結果と手法の整理、不足していれば追加実験、データの解析、
新旧理論との比較と考察、論文の構成を決定して最後に執筆を
行い、論文の著者リストの最後に名前を載せて、
責任著者(corresponding author)となる。

武田氏は、こうした連名での発表論文も含めているのだろう。
それなら、研究者人脈が豊かであれば、連名の論文数も増える。
有能な准教授や助手(今は助教とも呼ばれる)を抱えていれば、
学生を指導させて、論文を量産することもできるだろう。
論文を執筆するのは准教授が多いだろう。豊富な実験を担当したり、
優れた実験結果を学生が得たりしたときには、その学生が論文の
第一著者となることが多い。有名大学の有名教授はこういう体制を
とっていることが多い。最近は企業の研究所も充実してきているので、
企業の研究所でもほとんど同じようにして論文発表が行われている。

しかし、こういった話は国際的な研究競争を繰り広げる最先端研究分野での
場合で、武田氏の研究分野のウラン濃縮技術、ごみリサイクル、環境問題の
分野ではそうそう論文発表するような研究成果が出るような気がしない。
同じ研究結果を、切り口を変えたり、解析方法を変えたりして論文を作成する
ということも考えられるが、裾野が広い豊かな分野でなければ、そういうことは
なかなか難しいだろう。それに武田氏はウィキペディアを見ると、
山ほど著書があるので、研究に割く時間はあまり多くないはずである。

武田氏は旭化成に学部卒で入社して、同社研究所に配属されてウラン濃縮の
研究をしているが、この頃の日本はやっとこうした研究が解禁になり、
いわばキャッチアップ研究で、アメリカの研究者が書く論文に
肩を並べる研究をするのがせいぜいのところであり、それさえ、
研究者の実力と言い研究環境といい至難の技であった。このことはまさに
現在とは天地の差がある。民間では、研究員が100人いれば、1年間に
論文を書ける人が一人いるかどうかという時代だったのである。
武田氏はそういうところに、研究の仕方も学術論文の書き方も知らない
学部卒として入社しているのである。

このことから言えることは、武田氏の入社時の指導者が非常に能力の高い
優秀な人だったのであろう、ということである。普通、こういう優秀な
指導者がいない環境では、学部卒の人が立派な研究者になることはほとんど
ない。こういう人の存在があってこそ、武田氏は順調に研究成果を挙げて
論文を数篇書くことができたのであろうと思われる。

東大卒業後、20年ほどして論文博士となり、すぐに研究所長を拝命しているから
その後は管理職でほとんど研究はできないだろうし、次の転職先の
芝浦工大ではやはり評議員、学長代理、学長補佐などの管理職を務め
ているので、研究の時間はとれないだろう。少なくとも一人で研究するのは
無理である。

そうすると、武田氏はどこでどういう論文を山ほど書いてきたのかという
ことがさっぱりわからない。

その武田氏が小保方事件の小保方晴子氏を擁護している。
https://www.youtube.com/watch?v=4UA6a1d3OXY
https://www.youtube.com/watch?v=8tjD41Dw2kk
その論拠は、「論文は間違ったことを書いてもよい」、さらには
「これまでの論文は間違ったことを書いている」と言う。
話を聞いていると、ガリレオを持ち出して、ガリレオ以前は、
地球が動いているということは間違いだった、だから新しいことは
常に間違いなのだ、ともっともらしく話すが、
これは科学の発展が思考空間の拡張と併行して進展して来たからであって、
ガリレオ以前の世界と、コペルニクス以後の世界は広がりが違うから
単なる誤りとかいう単純な言葉で表現するのはおかしいのである。

こうした論拠で、新しいことを発表した論文の一つして
小保方晴子氏の論文を取り上げているのだが、ごみリサイクルの研究者は
この論文のどこが問題なのか全く理解できていないらしい。
小保方氏は、ありもしない結果を画像処理など写真を合成することで
捏造したのであるから、これは新しい発見とは縁もゆかりもない
単なる犯罪行為なのである。それを武田氏は、写真をコピべして
何が悪い、論文では掲載する画像のファイルを取り違えただけで、
何も問題ではない、そういうことはよくあることだ、とまるで
自分の論文ではファイルの取り違えで間違った写真を沢山
載せていることを自白しているような発言をしている。

その他にも、こうやって書くのが馬鹿馬鹿しくなることを沢山話しているが、
いちいち指摘するのは止めよう。気が向いて、時間があれば、また
指摘するかもしれない。

ただ、一つ、特許に関して話したことが武田氏自身の論拠をぶち壊している
のが面白い。特許明細書には特許請求の範囲が確実に検証されたことを
示す実施例を書かなければならないが、これが間違っていたら、つまり
嘘を書くと、非常に厳しく罰せられる、理研が潰されるくらいの重い処罰
がある、と話している。(実際には特許による詐欺行為は、300万円以下の
罰金、または3年以下の懲役である。)
小保方氏の論文捏造は、この実施例に嘘を書いたのと同じ行為なのに、
特許の実施例に嘘を書く罪は重く、論文でデータを捏造するのは
当たり前と言っているから、矛盾しているか、論文というものの
理解が間違っているか、あるいはその両方なのである。
もっとも、武田氏は、特許は金銭に関わる権利の問題と言っているから、
論文とは違うという意見かもしれないが、これは特許の本来の趣旨を
理解していない発言である。

こういう御仁がテレビやインターネット放送に出てきて、言いたい放題を
言っているから、少し問題ではないかと思うのである。
学生は忙しいから、武田氏の話など真面目に聞いてはいないと思うが、
学生を経済的に支える親や学生になる前の子供を持つ親が聞いて、
おかしな考えを持ってもらっては子供に対する態度に影響するかもしれない。
こんな変な自称科学者は早々に退場して欲しいものだが、
なかなかそうはならないだろう。

武田氏は頭が良くて弁が立つ。しかも頭の回転が速い。しかし、回転の
軸が少し違っているのである。だから、こういう人が身近にいると
関係者は大変困る。迷惑なのである。こういう人は東大卒に時々
見かける。成績が優秀すぎて回転軸の修正機会がなかった人たちだ。
こういう人でもなぜ武田氏のように出世栄達するのだろうか。

以下は半分私の思い込みであるが、東大卒は非常に洗練された
学閥意識を持っていて、先輩や後輩が少し変な人であっても、
目に見えない形で回りに影響が少ないように処遇してあげるのである。
仕事の面でも、機会あるごとに、それとなく業績の上がるように見えない形
で支援して上げているのである。このこと自体は人を育てることにも通じて、
やり過ぎなければ好ましいことである。ただし、普通の人がそうして
あげることはかなり負担であるが、東大卒の人は優秀だから、難なく
やり通してしまい、支援された本人は、わかっているかどうか知らないが、
社会的には立派な地位で停年を迎えることになる。東大卒は同窓に対して大変
面倒見が良く、かつそれを表に出さず、そういうところを見ていると本当
に立派な人達である。そうした人達が洗練された手法で少し問題のある
同窓生を処遇してあげているのである。

私は、武田邦彦氏はそうして、旭化成の研究所長、芝浦工大教授、
名古屋大学教授、中部大学教授と処遇されて来たのではないかと
思っている。