あちこちで桜が咲き始め、首都圏の桜の名所じゃ
今週末は花見客で満開てな感じでしょう。
桜が咲くと、花見=宴会って公式が発動して
学校やら職場では、宴会奉行が場所取りだ、買出しだと
はりきっているところでしょう。
しかし、なんでまた桜だけを"花見"として特別扱いするんでしょうか?
形が似てる梅だっていいじゃんね。
あ、梅じゃまだ寒いか。
なら菜の花だって紫陽花だって、コスモスだっていいでしょ。
実際、花見って名の宴会は
桜の木の下で飲んだくれるだけってのが実際でしょ。
他のバラとかツツジとか菖蒲の立場は?!
なんてことをグダグダ考えてしまう今日この頃です。
日本に数多くある公園や、学校、川岸の堤など、
どんな都会でも桜だけはどどーんと植林されてます。
こんなふうにお上の手で植えられたのは
桜くらいじゃないでしょうか。
そこで、日本にはなぜ桜が多いか、
ちょっと調べてみました。
古来、歌の世界では花と言えば梅でしたが、平安時代あたりで桜に替わって行きました。
ここでその移り変わりが分かる歌を2首紹介します。
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける 紀貫之 [古今和歌集]
(あなたの心はどうかわかりませんが、この懐かしい場所の梅の花は昔どおりに香っています)
吉野山 去年のしをりの 道かへて まだ見ぬかたの 花を尋ねむ 西行 [新古今和歌集]
(吉野山を去年の覚えて登った道を変えて、まだ見たこともない桜の花を尋ねてみましょう)
「匂ひ」つまり嗅覚に訴える「梅」と、「まだ見ぬ」とビジュアルに視点を置いた「桜」という違いがはっきりすると思います。
ちなみに古今和歌集は905年(平安時代)の成立、新古今和歌集は1205年(鎌倉時代)の成立ですので、だいたい300年くらいの経過があるわけです。
また、桜自体はもともとヤマザクラなどの自生の種で、当然上の歌に詠まれたのもヤマザクラなわけです。
平安時代になって天皇とか貴族が花見をするようになって、それが下々へと移っていき、室町時代になると、品種改良も進み、庶民も花見をするようになったようです。皆さんご存知のソメイヨシノ(いわゆる桜です)は、江戸時代末期になって品種改良によって誕生しました。
公園とか学校に植林された桜のほとんどはこのソメイヨシノってわけです。
こんだけ古くから花見があるんだから、ほぼ年中行事の一つとして組み込まれているのも頷けます。
あと日本人が花見好きなのは、やっぱりイベント=祭好きって国民性、もう『血』と言ってもいい。これがあるからだと思います。
夏、秋の祭りの後、冬が終わってさぁ、春だ!!
ってテンションがアゲ♂アゲ♂、更にワハハ本舗のボディスーツでクレームテンパイって感じですかね。
しかし、ひねくれモノの僕は皆が盛り上がっている場所では
テンションをアゲられません。
ひっそりと楽しもうと思います(笑)