最近はまったりした日々を送っています。
決してお天気のせいではありません。笑
お蔭様でやる事は色々とあるのですが、気持ちがまったりしていると言いますか。
心の奥底が湯船に漬かりきってしまった感じと言いますか。
とあるプロジェクトに何故だか参加させて頂くようになり、そちらに少し心を向けていたら、本業の不動産業の方が少し疎かになってしまっていると、、、そちらで更に驚くような不運が重なっていつの間にかもの凄く厳しいピンチを招いたりもしたのですが。笑
一体何なんだ~!
そんなちょっとした不運で過酷な嵐のように見える日常の中で色々な思いを経験し、学ぶ事が本当に多く、妻の素晴らしさも感じながら、女性性、母性というものの意味についてもとてもとても大きな理解と体感を得るここ数か月でした。
※まだ一部現在進行形ですが。笑
女性性や母性と男性性の関係性やバランスに関してはまた別の機会に書いてみたいなぁと思っています。
それで最近の心の中は本当にボーダーレスという言葉がピッタリで。
少し前の自分から見たらただの「バカ」かもしれません。笑
もう、リアルバカボンのパパ状態。
これでいいのだ~♪
それに対して『おーい!大丈夫か!?!?!?』という心の奥底の声が出ては消え、出ては消えを繰り返しているうちに、次第にその『おーい!大丈夫か!?!?!?』が
ただただ『大丈夫』に収まってきている感じです。
独立して会社員時代よりも何気に心穏やかにゆったり暮らしてきたようで、実は心の奥底にあった焦燥感や不安というものが、ここ数か月の出来事のお蔭で更に炙り出されてきて、それを体験と共にしっかりと対面し、心の中に受容していった時に急にフッと軽く感じる心の領域に入っていきました。
心や魂のデトックスかもしれません。
こうなったら失敗だー
絶対嫌だ―
そう思っていたものが、心の中で真剣にその可能性を受け入れると驚くほど嫌でも失敗でもなかったり。笑
腹をくくるといった感じでしょうか。
※そして、腹をくくると案外結果はそうならないという神秘。笑
そのなれ果てがボーダーレスな感じです( ̄▽ ̄)
成功と失敗
喜劇と悲劇
光と闇
善と悪
男と女
あらゆる対比の世界の中で確かに今も生きているわけですが、少しずつその対比の基準を作ってくれていたボーダーが自分の中で薄れていく感覚、そんな領域。
自分の人生の中で、今は成功している時期or成功の為の準備期間or失敗から学ぶ時期。
とか
あの時期は楽しかった時期or辛かった時期。
とか
これからの理想的な暮らしor最悪な暮らし。
ついつい現在や過去、未来を無意識のうちにそんな風に色々と分類してしまいがちです。
今日は頑張ったなーとか
今日はあんまり頑張れなかったなー、もっとやれたかなーとか
そんな風に自己採点、自己評価してしまう事も少しずつ無くなります。
それはどんな日々であっても「本当は」100点だってなんとなく解ってしまったから。
どんな自分もその瞬間瞬間で最高の自分を表現し続けているって事がなんとなく解ってしまったから。
目の前にある毎日、瞬間瞬間。
それこそ「本当は」完璧なゴール、形であり、
それこそ「本当は」完璧なプロセスでもある。
目指すゴールは何か遠い未来にあるわけではない。
そのゴールへのプロセスに正しいも間違いもない。
そんな自分の人生の進路への絶対的な信頼。
※まぁ、信頼出来なくても大丈夫で。全ての人の人生は「本当は」完璧に進んでいますよ~
だから本当の意味では人生に成功も失敗も無いって事がようやく腑に落ちてきています。
『ありのまま』
『あるがまま』
このたった5文字の言葉の意味が持つ破壊力。笑
その深さと幅はまるで宇宙のそれに等しいのです。
そして、その5文字を感じさせなくする正義感も罪悪感もどちらも完全な球体の自分にあるトゲのようなものでした。
社会や誰かに向ける正義感や危険意識も、面白い事に裏を返せば自分への罪悪感です。
社会や誰かに何らかのラベルを張る時、ただ自分が自分に張っているラベルに気づかされます。
そんなラベルやトゲの形や大きさを一つ一つ知り
そして、それを受け止め、受け入れていく事で
そのラベルやトゲはいつの間にか球体の中に収まっていく
それは母の温かい子宮の中に収まる胎児のような状態。
どんな人間でも誰しもが必ず経験、体験していた状態でもあります。
球体のまま右に左に、前に後ろにと揺られながら転がっている人生は素晴らしく
前に進むから成功
後ろに進むから失敗
ではなく
右に進めたら楽しく
左に進んだら悲しい
でもなく
ただ、その時に見える景色、聞こえる音、感じる空気。
目の前の出来事や人々がただただありがたく
そんなこの世界は気持ち悪いくらい(爆)「有難い」世界だったー
という事に気づかされました。
感謝って自分で努力してするのは難しいし、モヤモヤ気持ち悪いですよね。
正義感や罪悪感という沢山のボーダーが織りなす山あり谷ありの世界もそれはそれでスリリングで楽しいのですが、この母の胎の中で球体に揺られているような感覚もとてもとても心地よいものです。
そして、そうであっても人間ですから感じる感情はしっかりあります。
喜怒哀楽
そのどれもその時々において十二分に感じ、大切に扱う事、扱っても良いという事。
そうする事で人生はより安心感のうちに彩りを持ちます。
決してなにか怒らない人生、悲しまない人生が成功ではなく。
赤ちゃんと同じですよね。
喜怒哀楽の無い赤ちゃんは気持ち悪いですよね( ̄▽ ̄)
それと同じく喜怒哀楽をコントロールしている、いや出来ていると思っている大人ももっと気持ち悪いんです(笑)
喜怒哀楽のネガティブな感情をコントロールできる=大人
そう自分も本気で思っていました・・・( ̄▽ ̄)
もちろん、それを他者にそのままダイレクトに表現する事には注意が必要で、それは気を付けなければいけないのですが、そもそもの感情そのものが悪いわけでは決してないという事。
僕も感情と向き合う中での失敗もありました。
そうした出来事は反省する必要はないですが、必要な出来事は沢山ありますね。
全てが完璧なプロセスの一部です。
あれ?何の話だったかな。。。笑
そう、そんなボーダレスのお話。
そして、それは自分の周りの女性性や母性、もしくは自分自身の内なる女性性や母性に目覚め、しっかりと抱かれつつ
改めて胎児や幼児のようなまっさらな気持ちで自分の外の世界を見つめ、構築し直すプロセスの先でもあるのです。
